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第25話
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「この状況で逮捕できるの?」
「もちろんです。ですが……」
ヘリが止まっている豪華客船前方のヘリポートへ向かうと自動小銃を持った男たちにぐるりと包囲された。別に制圧が目的なら、光学迷彩服による周囲に溶け込ませていたのをわざわざ解除して姿を現したりしない。
ここで無理やり捕まえても問題が起こる可能性が高いので、話し合いたかった。
「ふーん、まあ、娘さんとの賭けの件もあるから聞いてあげるよ」
飯塚楼もまた海外の政府要人クラスが最近よく使用する「ジンガサ」と呼ばれる透明な携帯型シェルターを解除した。ジンガサの防弾性能は米国立司法省研究所が制定した規格「IIIA」相当となっている。拳銃弾程度であれば、44口径の弾丸でもまず貫通を許さない。
このジンガサもダンジョン資源により新たに生み出されたもので、一般の市場にはまだ出回っていない希少な物。
「アキラ・パーヴロヴィチ・ザイツェフ」
「へぇ……調べたんだ……だったらなに?」
一郎が彼の本当の名を口にした途端、飄々としていた飯塚楼の雰囲気が変わった。強い怒り……己の触れてほしくない過去を覗き込む不届き者に対する激しい嫌悪感。
「君は被害者だ」
「──ッ!?」
だが、一郎の口から出た言葉は、飯塚楼はまったく想定していなかったようだ。目を見開き、数秒間、見つめ合う形となる。
「君の父、パーヴェルは現ロシア政府の抵抗勢力なのは知っていますか?」
「まあね、取るに足りない連中だから、超巨大国家の政権を奪取するなんて到底無理な話さ」
「だが、そんな取るに足らない彼らの研究は偶然、成功してしまった」
「……なにが言いたい?」
「人工的な天才を生む実験、右脳覚醒強化実験の成功だけじゃない」
「は? んなわけないじゃん」
やっぱり気が付いてなかったか。
「心理的神経接続再計画」
「なにそれ?」
「思考がコントロールされている、と言った方が早いかも」
「んなバカなッ!?」
人間の感情や思考をコントロールする。
簡単に聞こえるが、これほど恐ろしい研究はないと一郎は考える。
これまで「洗脳」という技術が思想・思考改変に用いられてきた。だが、その方法は実に野蛮で暴力と言葉により、自我の一部を破壊し、認識の歪みを相手に埋め込むという手法で、その効果は不十分で議論の余地が残されていた。
そのため、外務省対外諜報機関「八咫烏」などでは、諜報員が海外で捕まった場合、帰国後、元捕虜が洗脳の痕跡を確認する手段として身体を確認する必要がある。だが、身体的拷問の痕がない場合、その者が反政府的思想を持っているのかは確認するのが非常に困難である。
もし、ロシアの民間研究所……アキラの父の狙いが人工的な天才を生み出し、かつ、本人の意思で動いていると信じ込ませ、実は思い通りにコントロールしているとしたら? 彼は自力で日本へ亡命したつもりだが、気づかれることなく裏で手引きされていたら? ──疑えば枚挙に暇がない。
飯塚楼のような天才であれば世界がひっくり返るような事件を起こせる可能性が高い。
「ここからは君の記憶を元に答え合わせしてください」
一郎はそう伝え、彼の心の中にある施錠された扉の合鍵を渡す。
「強烈な欲求があるはずです。それは世界を巻き込むものではないですか?」
「──ッ!?」
まさしくその通り。
頭の中の隅で常に自分自身にささやき続けている言葉がある。
歴史に名を残すような偉業。善悪など関係ないと考えているつもりだが、行動を振り返れば、悪行ばかりが自分の足跡に残っている。
まるで自分という存在を今、生きている人間だけでなく後世の人間にも記憶として刻み込みたいという衝動にも似た欲求。
個人ダンジョンを使って日本を混乱に陥れる。
その後、不正に得た巨額の資金を持って他の国へ渡って、もっと大きなことをするつもりだった。
自分を信じて……いや、自分だけを頼りに実行していたことが、すべて思い出すだけで身の毛もよだつ父親に仕組まれたものだとしたら?
「あ……なにこれ?」
「亜理紗、無事でよかった」
「お父さん」
ダンジョンコアが光りだしたので、懐から出して床へ置くと、亜理紗がゲートの中から出てきた。AI人格の方がうまくやってくれてホントに良かった。
せっかくダンジョンから脱出してきたのに20人近くの男たちに銃口を向けられて顔が青ざめている。
「下がっていいよ」
飯塚楼が合図をすると男たちが、自動小銃を下して、建物などの陰へと消えていく。
「どうやら賭けはキミの勝ちのようだよ」
飯塚楼が亜理紗に向かって語りかける。
「キミは父なら両方を成し遂げるって言ったね? なんでそう言い切れたの?」
飯塚楼は、海風でなびく前髪をそのままに亜理紗へ何かを投げてよこした。一郎は、飯塚の表情から危険はないと判断し、それを止めなかった。
「だって、父はとても優しくて、すごく真面目だから」
一見、冷たく見えるが、すごく家族想い。あれが演技というなら役者にでもなればいい。だけど父はすごく演技が下手だ。様々な面で、とても器用だけど、笑っちゃうくらい不器用な一面もある。そして、とても勤勉でどんな些細なことにだって全力投球な人。だから理不尽な二択を迫られても、愚かでもまっすぐ進んで成功させると感じた。だから、二択ではなく三択目の答えを選んだ。
「もちろんです。ですが……」
ヘリが止まっている豪華客船前方のヘリポートへ向かうと自動小銃を持った男たちにぐるりと包囲された。別に制圧が目的なら、光学迷彩服による周囲に溶け込ませていたのをわざわざ解除して姿を現したりしない。
ここで無理やり捕まえても問題が起こる可能性が高いので、話し合いたかった。
「ふーん、まあ、娘さんとの賭けの件もあるから聞いてあげるよ」
飯塚楼もまた海外の政府要人クラスが最近よく使用する「ジンガサ」と呼ばれる透明な携帯型シェルターを解除した。ジンガサの防弾性能は米国立司法省研究所が制定した規格「IIIA」相当となっている。拳銃弾程度であれば、44口径の弾丸でもまず貫通を許さない。
このジンガサもダンジョン資源により新たに生み出されたもので、一般の市場にはまだ出回っていない希少な物。
「アキラ・パーヴロヴィチ・ザイツェフ」
「へぇ……調べたんだ……だったらなに?」
一郎が彼の本当の名を口にした途端、飄々としていた飯塚楼の雰囲気が変わった。強い怒り……己の触れてほしくない過去を覗き込む不届き者に対する激しい嫌悪感。
「君は被害者だ」
「──ッ!?」
だが、一郎の口から出た言葉は、飯塚楼はまったく想定していなかったようだ。目を見開き、数秒間、見つめ合う形となる。
「君の父、パーヴェルは現ロシア政府の抵抗勢力なのは知っていますか?」
「まあね、取るに足りない連中だから、超巨大国家の政権を奪取するなんて到底無理な話さ」
「だが、そんな取るに足らない彼らの研究は偶然、成功してしまった」
「……なにが言いたい?」
「人工的な天才を生む実験、右脳覚醒強化実験の成功だけじゃない」
「は? んなわけないじゃん」
やっぱり気が付いてなかったか。
「心理的神経接続再計画」
「なにそれ?」
「思考がコントロールされている、と言った方が早いかも」
「んなバカなッ!?」
人間の感情や思考をコントロールする。
簡単に聞こえるが、これほど恐ろしい研究はないと一郎は考える。
これまで「洗脳」という技術が思想・思考改変に用いられてきた。だが、その方法は実に野蛮で暴力と言葉により、自我の一部を破壊し、認識の歪みを相手に埋め込むという手法で、その効果は不十分で議論の余地が残されていた。
そのため、外務省対外諜報機関「八咫烏」などでは、諜報員が海外で捕まった場合、帰国後、元捕虜が洗脳の痕跡を確認する手段として身体を確認する必要がある。だが、身体的拷問の痕がない場合、その者が反政府的思想を持っているのかは確認するのが非常に困難である。
もし、ロシアの民間研究所……アキラの父の狙いが人工的な天才を生み出し、かつ、本人の意思で動いていると信じ込ませ、実は思い通りにコントロールしているとしたら? 彼は自力で日本へ亡命したつもりだが、気づかれることなく裏で手引きされていたら? ──疑えば枚挙に暇がない。
飯塚楼のような天才であれば世界がひっくり返るような事件を起こせる可能性が高い。
「ここからは君の記憶を元に答え合わせしてください」
一郎はそう伝え、彼の心の中にある施錠された扉の合鍵を渡す。
「強烈な欲求があるはずです。それは世界を巻き込むものではないですか?」
「──ッ!?」
まさしくその通り。
頭の中の隅で常に自分自身にささやき続けている言葉がある。
歴史に名を残すような偉業。善悪など関係ないと考えているつもりだが、行動を振り返れば、悪行ばかりが自分の足跡に残っている。
まるで自分という存在を今、生きている人間だけでなく後世の人間にも記憶として刻み込みたいという衝動にも似た欲求。
個人ダンジョンを使って日本を混乱に陥れる。
その後、不正に得た巨額の資金を持って他の国へ渡って、もっと大きなことをするつもりだった。
自分を信じて……いや、自分だけを頼りに実行していたことが、すべて思い出すだけで身の毛もよだつ父親に仕組まれたものだとしたら?
「あ……なにこれ?」
「亜理紗、無事でよかった」
「お父さん」
ダンジョンコアが光りだしたので、懐から出して床へ置くと、亜理紗がゲートの中から出てきた。AI人格の方がうまくやってくれてホントに良かった。
せっかくダンジョンから脱出してきたのに20人近くの男たちに銃口を向けられて顔が青ざめている。
「下がっていいよ」
飯塚楼が合図をすると男たちが、自動小銃を下して、建物などの陰へと消えていく。
「どうやら賭けはキミの勝ちのようだよ」
飯塚楼が亜理紗に向かって語りかける。
「キミは父なら両方を成し遂げるって言ったね? なんでそう言い切れたの?」
飯塚楼は、海風でなびく前髪をそのままに亜理紗へ何かを投げてよこした。一郎は、飯塚の表情から危険はないと判断し、それを止めなかった。
「だって、父はとても優しくて、すごく真面目だから」
一見、冷たく見えるが、すごく家族想い。あれが演技というなら役者にでもなればいい。だけど父はすごく演技が下手だ。様々な面で、とても器用だけど、笑っちゃうくらい不器用な一面もある。そして、とても勤勉でどんな些細なことにだって全力投球な人。だから理不尽な二択を迫られても、愚かでもまっすぐ進んで成功させると感じた。だから、二択ではなく三択目の答えを選んだ。
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