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第19話
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「すみません、俺がついていながら」
市立病院のエントランスで、唇を切った傷痕や両頬とこめかみに青あざを作った鬨人が、田中一郎とその妻、百合子に頭を下げる。
「私の会社の同僚も駆け付けたけど、別の何者かに襲われたようなんだ」
本当のことはもちろん話せない。だが、亜理紗を守ろうとしてくれたその心意気には感謝している。しかし、義理の息子として認めるかは別の話……。
ピエロの仮面をした男たちは警察署に連行された。一郎の同僚役、佐々木以外の亜理紗の友人3人は、そのまま救急車で搬送されたが、3人とも搬送中に救急車の中で目を覚ました。3人ともその後も意識がはっきりしていて、外傷もそれほどではない。病院で軽い検査を受け、問題がなかったことから彼らの両親が迎えに来るまでの間、一郎と百合子が付き添っている。
外傷はないが、亜理紗の親友は心に深い傷を負ったようだ。男たちに拉致されるなんて日常ではまずありえない体験をした。その上、自分のせいで親友がさらわれたのではないかと、顔が青ざめている。本当は亜理紗に原因があるのだが、それを話せないのが大変心苦しく思う。
佐々木の方は、駆け付けた警察に任意同行を求められた。だが、警察署で事情を説明し、上層部に掛け合ってもらいすぐに釈放された。
警察の方は神籬が話を通しているため、子ども達に対して事情聴取をする必要はない。だが、亜理紗の友人、小路雷汰がライブ配信を行っている最中にピエロの仮面の男たちに襲われた。ライブ配信を見ていた視聴者が通報し、救急車や警察も出動したことから、報道関係のマスコミが方々で取材して回っている。そのため形式上の捜査を明日以降行われることになっている。
雷汰少年の配信は闇バイトで雇われた3人の男たちに襲われた直後、スマホを落としてしまい、その反動で配信が途切れた。男たちが亜理紗を乱暴目的で配信しようとしたスマホも佐々木が機転を利かしその場で破壊してくれた。
「すまない、亜理紗を危険な目に遭わせてしまって」
鬨人、麗音、雷汰の3人の保護者が迎えに来たあと、一郎は妻に謝罪する。
詳しいことは言えないが、自分の責任だと説明した。
「あなたが大嘘つきなのは昔から知っているわ」
顔を上げた一郎は妻、百合子の厳しい視線と向き合った。
「でも……」
百合子は視線を移した。
救急外来の診察を終え、会計待ちの赤ん坊を抱っこしている母を見る。
「あなたの嘘は私たち家族を守るための優しい嘘」
そして、その嘘の中には娘の亜理紗同様、卑怯な嘘は何ひとつ含まれてないことも知っているわ、と百合子は嘆息を漏らしながら話した。
「心当たりがあるなら早く助けに行ってちょうだい!?」
「う、うん、わかった」
妻には敵わないな……。
一郎は、すべて見透かされているのでは、と冷や汗が流しながら、表情には決して出ないように気を付けながら何とか返事をした。
「田中一郎さんですね?」
百合子はそのまま病院の仕事へと戻った。
一郎は病院の外へ出て、その足でラビキン社を隠れ蓑としている秘密組織のひとつ神籬世田谷支部へ向かおうとしたら、呼び止められた。
長髪の20代後半のイケメン。
線は細いが、よく鍛えられた体をしている。
気配や動きが、ただ者ではなく、瞳の奥に「色」がない。
そこから導き出される答えに田中一郎は覚えがある。
業種は不確かだが、修羅場を何度も潜ってきた歴戦の強者であり専門家。
こんなに簡単に接触してくるとは、ずいぶんと見くびられたものだ。
すこし手強そうだが、田中は内心、怒りが頂点に達している。怒りの捌け口にはちょうどいい。
「だったら、なんです?」
「勘違いなさらないでください。私は敵ではありません」
低い声で、聞き返したらこちらの意図に気づいたようだ。両手で左右に手を振り敵意がないことをこちらへ伝えてきた。
「では、何者です?」
「御前様の使いで来ました」
御前様……東日本の黒幕、京極梨泉は部下にそう呼ばれていると聞く。
「李 錫永です。よろしく」
「どうも、さっそく用件を聞かせてください」
握手を求められたので握り返す。握手は多くの国で礼儀作法に当たる。だが、同時に相手の力量がある程度読み取れるのは、裏の世界で生きる人間にとっては常識である。握手した結果、神籬のエージェントに匹敵する腕前だと一郎は推し量った。
「通称『ロー』こと飯塚楼とご息女の現在位置が判明しました」
京極梨泉へ依頼したのは飯塚楼の素性。だが、こちらが今、最も欲しい情報を闇社会の怪物はお見通しのようだ。
日本海の九州玄界灘に浮かぶ島、対馬。
その対馬の近くに個人が所有している豪華客船が停泊しており、その豪華客船に飯塚楼が乗船している。彼に雇われた傭兵が亜理紗をそこへ運んでいる途中とのこと。
「他にも伝言があります」
李 錫永は何もない空を見上げ、田中一郎へ伝言の内容を話す。
「『今回の事件で目の前に立っている男は役に立つはずだ。使ってくれたまえ』です」
なるほど、たしかに使えそうだ。
高度200メートルの上空で監視している神籬のビー玉くらいの大きさしかない超小型ドローンに気が付いた。
これが例の相応の贈り物、と言っていたものか……。
裏社会の人間の行動は裏社会の人間にしかわからないこともあるのだろう。
市立病院のエントランスで、唇を切った傷痕や両頬とこめかみに青あざを作った鬨人が、田中一郎とその妻、百合子に頭を下げる。
「私の会社の同僚も駆け付けたけど、別の何者かに襲われたようなんだ」
本当のことはもちろん話せない。だが、亜理紗を守ろうとしてくれたその心意気には感謝している。しかし、義理の息子として認めるかは別の話……。
ピエロの仮面をした男たちは警察署に連行された。一郎の同僚役、佐々木以外の亜理紗の友人3人は、そのまま救急車で搬送されたが、3人とも搬送中に救急車の中で目を覚ました。3人ともその後も意識がはっきりしていて、外傷もそれほどではない。病院で軽い検査を受け、問題がなかったことから彼らの両親が迎えに来るまでの間、一郎と百合子が付き添っている。
外傷はないが、亜理紗の親友は心に深い傷を負ったようだ。男たちに拉致されるなんて日常ではまずありえない体験をした。その上、自分のせいで親友がさらわれたのではないかと、顔が青ざめている。本当は亜理紗に原因があるのだが、それを話せないのが大変心苦しく思う。
佐々木の方は、駆け付けた警察に任意同行を求められた。だが、警察署で事情を説明し、上層部に掛け合ってもらいすぐに釈放された。
警察の方は神籬が話を通しているため、子ども達に対して事情聴取をする必要はない。だが、亜理紗の友人、小路雷汰がライブ配信を行っている最中にピエロの仮面の男たちに襲われた。ライブ配信を見ていた視聴者が通報し、救急車や警察も出動したことから、報道関係のマスコミが方々で取材して回っている。そのため形式上の捜査を明日以降行われることになっている。
雷汰少年の配信は闇バイトで雇われた3人の男たちに襲われた直後、スマホを落としてしまい、その反動で配信が途切れた。男たちが亜理紗を乱暴目的で配信しようとしたスマホも佐々木が機転を利かしその場で破壊してくれた。
「すまない、亜理紗を危険な目に遭わせてしまって」
鬨人、麗音、雷汰の3人の保護者が迎えに来たあと、一郎は妻に謝罪する。
詳しいことは言えないが、自分の責任だと説明した。
「あなたが大嘘つきなのは昔から知っているわ」
顔を上げた一郎は妻、百合子の厳しい視線と向き合った。
「でも……」
百合子は視線を移した。
救急外来の診察を終え、会計待ちの赤ん坊を抱っこしている母を見る。
「あなたの嘘は私たち家族を守るための優しい嘘」
そして、その嘘の中には娘の亜理紗同様、卑怯な嘘は何ひとつ含まれてないことも知っているわ、と百合子は嘆息を漏らしながら話した。
「心当たりがあるなら早く助けに行ってちょうだい!?」
「う、うん、わかった」
妻には敵わないな……。
一郎は、すべて見透かされているのでは、と冷や汗が流しながら、表情には決して出ないように気を付けながら何とか返事をした。
「田中一郎さんですね?」
百合子はそのまま病院の仕事へと戻った。
一郎は病院の外へ出て、その足でラビキン社を隠れ蓑としている秘密組織のひとつ神籬世田谷支部へ向かおうとしたら、呼び止められた。
長髪の20代後半のイケメン。
線は細いが、よく鍛えられた体をしている。
気配や動きが、ただ者ではなく、瞳の奥に「色」がない。
そこから導き出される答えに田中一郎は覚えがある。
業種は不確かだが、修羅場を何度も潜ってきた歴戦の強者であり専門家。
こんなに簡単に接触してくるとは、ずいぶんと見くびられたものだ。
すこし手強そうだが、田中は内心、怒りが頂点に達している。怒りの捌け口にはちょうどいい。
「だったら、なんです?」
「勘違いなさらないでください。私は敵ではありません」
低い声で、聞き返したらこちらの意図に気づいたようだ。両手で左右に手を振り敵意がないことをこちらへ伝えてきた。
「では、何者です?」
「御前様の使いで来ました」
御前様……東日本の黒幕、京極梨泉は部下にそう呼ばれていると聞く。
「李 錫永です。よろしく」
「どうも、さっそく用件を聞かせてください」
握手を求められたので握り返す。握手は多くの国で礼儀作法に当たる。だが、同時に相手の力量がある程度読み取れるのは、裏の世界で生きる人間にとっては常識である。握手した結果、神籬のエージェントに匹敵する腕前だと一郎は推し量った。
「通称『ロー』こと飯塚楼とご息女の現在位置が判明しました」
京極梨泉へ依頼したのは飯塚楼の素性。だが、こちらが今、最も欲しい情報を闇社会の怪物はお見通しのようだ。
日本海の九州玄界灘に浮かぶ島、対馬。
その対馬の近くに個人が所有している豪華客船が停泊しており、その豪華客船に飯塚楼が乗船している。彼に雇われた傭兵が亜理紗をそこへ運んでいる途中とのこと。
「他にも伝言があります」
李 錫永は何もない空を見上げ、田中一郎へ伝言の内容を話す。
「『今回の事件で目の前に立っている男は役に立つはずだ。使ってくれたまえ』です」
なるほど、たしかに使えそうだ。
高度200メートルの上空で監視している神籬のビー玉くらいの大きさしかない超小型ドローンに気が付いた。
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