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第1話
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「いつものオバサンは?」
「山本さんは、昨夜から風邪を引いて休んでまして」
「えーと田中一郎、さん……リストに載ってないね」
「ええ、他のふたりも今日は休みなので、私が代わりに来ました」
「あ、そう。じゃあこれが入館証ね」
見た目がパッとしない30代半ばくらいの男性。四角い黒縁眼鏡をしている以外は特にこれといった特徴のないごく普通のオッサン。警備部の窓口担当の男は清掃会社の社員証の提示を求め、コピーを取っておくことにした。
田中一郎は、入館証を首に提げビル内に入った。午前中に1階部分のハードフロアの清掃を終え、地下1階へと向かう。
地下1階へ降りる階段は非常階段のみ。階段には扉があり常時、施錠されていて、地下1階側からしか解錠できない仕組みになっている。田中は1階奥にある社員用エレベーターで清掃員用入館証をかざした。すると消えていたパネルの地下1階のボタンが点灯して選べるようになった。
地下1階に降りて掃除機をかけながら通路の奥へと進んでいく。いくつか通路を折れて「開発薬剤保管庫」と書かれた突き当りの部屋の前までやってきた。
「オッサン、音がうるさいんだけど?」
「ええ、すみません。すぐに終わらせますんで……」
保管庫の前には小さなカウンターテーブルがある。保管庫の警備担当の男がスマホに目を落としたまま、田中へ呼びかけた。
「掃除機の音で、動画の音が聞こえないって言ってんの!」
「そうですか、では中を先に掃除してきますね」
「あぁ? オッサン外国の人かよ! 言葉通じてる?」
保管庫の中は、管理人の男が立会した状態じゃないと清掃ができないルールがあるらしい。
「では、私はどうすれば?」
「3時間後に来いよ、そしたら交替して俺はもういねーから」
「そうですか、あっ、これをどうぞ!」
「はぁ? なんだこれ………………接続しました」
「ではドアを開けてください」
「……はい」
田中から急に渡されたものが何なのかよく見ようとした男は、身体をビクリとさせた直後、急に素直になった。
警備の男は呆けた顔のまま、手をかざし扉を開ける。
「中に監視カメラか集音マイクは?」
「……ありません」
「よろしい」
入ってきたドアが自動で閉まる。警備の男へ監視装置が無いことを確認した田中は掃除機の蓋を開けて何やら小型の機械を取り出し、保管庫の中を歩き回る。
「発見しました。識別番号無し、未登録のダンジョンゲートです」
眼鏡の縁の裏側にあるボタンを押して通信を始めた。
(了解、ダンジョン法第232条2項による臨検及び差押えを許可、臨検班が約13分後に傲萬製薬本社へ到着します)
眼鏡の耳掛け部分から音が出て、本部から指示がなされた。
その直後に保管庫の部屋の照明が消え、非常灯が赤く点滅し始めた。
田中は、ターゲットであるダンジョンゲートを顕出させる「コア」を掃除機の中から出した金属の箱へ入れた。
入り口の扉が開き、3人の男が入ってきた。
手には日本で使用、所持を禁じられているテーザー銃を持っている。
田中は掃除機カートに吊るしてあったモップの柄をひねり、中から棒状の麻酔銃を取り出す。
テーザー銃から発射されたダーツ矢が盾にした警備の男に当たった。その間に麻酔銃で3人の男を昏睡させた。その後、警備部の人間が何人も駆けつけたが、保管庫へ立て籠もり、臨検班が到着するまでひとりでダンジョンコアを守り抜いた。
「潜入捜査お疲れ様です。コードーネーム【〇一烏】」
常時、映像を本部に送信していたため、彼ら傲萬製薬が証拠隠滅を図ろうとした罪も追加される。田中はダンジョンコアの入った金属の箱を臨検班に提出して、製薬会社のビルを出た。
「ただいま」
「お帰り……」
都内某所にあるマンションへ帰宅した。リビングでくつろいでいた娘が、小さな声で返事をして、子ども部屋へと入っていった。去った4月に中学1年生になった娘は昨年辺りから反抗期に入っており、会話が極端に減った。
田中と入れ違いで出勤した妻は近所にある市立病院の看護師をしている。明日朝方まで夜勤のため、自分と娘ふたり分の夕飯の支度を始めた。田中はキッチンに立ったまま、テレビニュースで今日解決した傲萬製薬の未登録ダンジョン摘発事件の速報を見る。
田中家は妻と娘ひとりの3人家族。
家族には自分が国の秘密機関の特殊工作員であることを話していない。
食事を準備すると「先に風呂へ入っているから」と娘に説明し、夕飯を食べておくように伝える。妻がいない日は、ふたりで食卓を囲むと互いにスマホやテレビに目が行き会話がない。娘の思春期が落ちつくまでは多少の配慮が必要だと田中は音を出さないよう気をつけながら、ため息をついた。
寝室に着替えを取りに向かうと、クローゼットの上に飾ってある写真立てが目に入った。娘の七五三の時に近くの神社にお参りした時の写真が飾ってある。娘を挟んで家族3人で手をつないだ1枚。田中にとっては、ついこの前の出来事に感じるが、子どもからしたら、ずいぶんと昔の記憶なのよ、と妻が話していた。
眼鏡に微かな電流が流れる。スマホ等、市販の通信機器は情報漏洩のリスクがあるため、伝達手段は特殊な仕様になっている。
娘にビールを買ってくると嘘をついて外へ出る。エレベーターのボタンをある法則に従って十数回押すと、階数の表示がされてないにもかかわらず、エレベーターは7階建てのマンションの屋上へと上がっていった。
「山本さんは、昨夜から風邪を引いて休んでまして」
「えーと田中一郎、さん……リストに載ってないね」
「ええ、他のふたりも今日は休みなので、私が代わりに来ました」
「あ、そう。じゃあこれが入館証ね」
見た目がパッとしない30代半ばくらいの男性。四角い黒縁眼鏡をしている以外は特にこれといった特徴のないごく普通のオッサン。警備部の窓口担当の男は清掃会社の社員証の提示を求め、コピーを取っておくことにした。
田中一郎は、入館証を首に提げビル内に入った。午前中に1階部分のハードフロアの清掃を終え、地下1階へと向かう。
地下1階へ降りる階段は非常階段のみ。階段には扉があり常時、施錠されていて、地下1階側からしか解錠できない仕組みになっている。田中は1階奥にある社員用エレベーターで清掃員用入館証をかざした。すると消えていたパネルの地下1階のボタンが点灯して選べるようになった。
地下1階に降りて掃除機をかけながら通路の奥へと進んでいく。いくつか通路を折れて「開発薬剤保管庫」と書かれた突き当りの部屋の前までやってきた。
「オッサン、音がうるさいんだけど?」
「ええ、すみません。すぐに終わらせますんで……」
保管庫の前には小さなカウンターテーブルがある。保管庫の警備担当の男がスマホに目を落としたまま、田中へ呼びかけた。
「掃除機の音で、動画の音が聞こえないって言ってんの!」
「そうですか、では中を先に掃除してきますね」
「あぁ? オッサン外国の人かよ! 言葉通じてる?」
保管庫の中は、管理人の男が立会した状態じゃないと清掃ができないルールがあるらしい。
「では、私はどうすれば?」
「3時間後に来いよ、そしたら交替して俺はもういねーから」
「そうですか、あっ、これをどうぞ!」
「はぁ? なんだこれ………………接続しました」
「ではドアを開けてください」
「……はい」
田中から急に渡されたものが何なのかよく見ようとした男は、身体をビクリとさせた直後、急に素直になった。
警備の男は呆けた顔のまま、手をかざし扉を開ける。
「中に監視カメラか集音マイクは?」
「……ありません」
「よろしい」
入ってきたドアが自動で閉まる。警備の男へ監視装置が無いことを確認した田中は掃除機の蓋を開けて何やら小型の機械を取り出し、保管庫の中を歩き回る。
「発見しました。識別番号無し、未登録のダンジョンゲートです」
眼鏡の縁の裏側にあるボタンを押して通信を始めた。
(了解、ダンジョン法第232条2項による臨検及び差押えを許可、臨検班が約13分後に傲萬製薬本社へ到着します)
眼鏡の耳掛け部分から音が出て、本部から指示がなされた。
その直後に保管庫の部屋の照明が消え、非常灯が赤く点滅し始めた。
田中は、ターゲットであるダンジョンゲートを顕出させる「コア」を掃除機の中から出した金属の箱へ入れた。
入り口の扉が開き、3人の男が入ってきた。
手には日本で使用、所持を禁じられているテーザー銃を持っている。
田中は掃除機カートに吊るしてあったモップの柄をひねり、中から棒状の麻酔銃を取り出す。
テーザー銃から発射されたダーツ矢が盾にした警備の男に当たった。その間に麻酔銃で3人の男を昏睡させた。その後、警備部の人間が何人も駆けつけたが、保管庫へ立て籠もり、臨検班が到着するまでひとりでダンジョンコアを守り抜いた。
「潜入捜査お疲れ様です。コードーネーム【〇一烏】」
常時、映像を本部に送信していたため、彼ら傲萬製薬が証拠隠滅を図ろうとした罪も追加される。田中はダンジョンコアの入った金属の箱を臨検班に提出して、製薬会社のビルを出た。
「ただいま」
「お帰り……」
都内某所にあるマンションへ帰宅した。リビングでくつろいでいた娘が、小さな声で返事をして、子ども部屋へと入っていった。去った4月に中学1年生になった娘は昨年辺りから反抗期に入っており、会話が極端に減った。
田中と入れ違いで出勤した妻は近所にある市立病院の看護師をしている。明日朝方まで夜勤のため、自分と娘ふたり分の夕飯の支度を始めた。田中はキッチンに立ったまま、テレビニュースで今日解決した傲萬製薬の未登録ダンジョン摘発事件の速報を見る。
田中家は妻と娘ひとりの3人家族。
家族には自分が国の秘密機関の特殊工作員であることを話していない。
食事を準備すると「先に風呂へ入っているから」と娘に説明し、夕飯を食べておくように伝える。妻がいない日は、ふたりで食卓を囲むと互いにスマホやテレビに目が行き会話がない。娘の思春期が落ちつくまでは多少の配慮が必要だと田中は音を出さないよう気をつけながら、ため息をついた。
寝室に着替えを取りに向かうと、クローゼットの上に飾ってある写真立てが目に入った。娘の七五三の時に近くの神社にお参りした時の写真が飾ってある。娘を挟んで家族3人で手をつないだ1枚。田中にとっては、ついこの前の出来事に感じるが、子どもからしたら、ずいぶんと昔の記憶なのよ、と妻が話していた。
眼鏡に微かな電流が流れる。スマホ等、市販の通信機器は情報漏洩のリスクがあるため、伝達手段は特殊な仕様になっている。
娘にビールを買ってくると嘘をついて外へ出る。エレベーターのボタンをある法則に従って十数回押すと、階数の表示がされてないにもかかわらず、エレベーターは7階建てのマンションの屋上へと上がっていった。
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