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2nd  ワイ、都市マスターになったん?

独裁街区

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このままではまずい!

「ワサビ、屋根に上がれる?」
「上がれるにゃ、けど……」
「私は大丈夫だから、北街の外で待ち合わせしましょ」

実際、ワサビがいない方が都合がいい。
ワサビが屋根に飛び移ると、私は細い路地へ飛び込んだ。

「侵入者ヲ1名見失イマシタ」
「侵入者ヲ1名見失イマシタ」
「侵入者ヲ1名見失イマシタ」
「……ワカリマシタ屋根ニ登ッタ者ヲ追跡シマス」

黒い腕章をつけた人たちを【認識阻害】の魔法で何とかやり過ごした。この魔法は認識されにくくなるが、目立つと見つかってしまう。だから、その場でじっとしていれば見つかる確率は低くなる。

この認識阻害の魔法は息を止めている間だけ持続する。なので、大きな通りを避けて路地を渡り歩き、何度も捜索の手をかわすために、あちこちで息を潜めた。

ここは?
裏通りにある何の変哲もない小さな家。
なのに、あの黒い腕章をした人が、その家のまわりを巡回している。

「あのー」
「静かに!」

巡回している人たちの目をかいくぐり、家の中に忍び込んだ。

狭く薄暗い家の中には、独特な薬品の匂いが漂っている。天井からは乾燥した薬草の束が吊るされ、石造りの壁に沿って並ぶ棚には、大小さまざまな色と形の瓶がぎっしりと並んでいる。ぼんやりと明かりを灯すランプが部屋を薄く照らし、その光に揺らめくように奥の方で影が動いた。

両手両足を頑丈な鎖で繋がれた少年。

「あなたは?」
「ボクはフラメル。この北街のエリア長、ギルの息子です」

たしか、街の人たちがおかしくなる前に教えてもらった男の子。金髪で眼鏡をかけていて利発そうに見える。だが頬は痩せていて、肌は青白く、生気があまり感じられない。それでも、彼の声にはしっかりとした意志が感じられた。

「そうですか、この都市にもマスターが召喚されたんですね」
「ええ」

私がこの異世界にきてからの出来事を簡単に説明した。フラメルは顎に手を当てて真剣な表情で聞いていたが、話が終わると少しだけ笑顔をみせた。

「でも……」

フラメルの声はふたたびすぐに沈み、すこし悲しげに続けた。

「ボクの父、ギルはおそらく都市マスターに従わないでしょう」

猜疑心が強く、息子にも心を一度も開いたことがない。母はフラメルがまだ幼い頃に亡くなり、噂によれば父ギルのひどい扱いを受け、体力が落ちたところで流行り病にかかり、命を落としたと聞いたそうだ。

「あなたも見つかったら、父からどんなひどい目に遭うかわかりません」

フラメルがこの街からはやく離れた方がいいと話していると、突然「ドンドン」と扉を叩く音が響いた。

「はい」
「今、誰カト話ヲシテイマセンデシタカ?」

黒い腕章をした人が3人。フラメルが独り言をつぶやいていたと説明しても信じてもらえず、扉を施錠していたのは誰かをかくまっているのではないかと疑いを持ち、家の中にズカズカと入って捜索を始めた。

ごめんね、フラメル。

私は玄関の扉の裏に【認識阻害】をかけて隠れていた。彼らが家の中に入ったのを確認して、フラメルと視線だけ交わしてそっと玄関の扉から外に出た。

それから、なんとか半日かけて北街の境界である橋の近くまでくることができた。

「それで、獣耳をした者に逃げられたのか?」
「ハイ、モウ一人ハ、現在捜索中デス」

黒髪をオールバックにし、長いひげを生やした男。鋭い眼光を持ち、黒い腕章を着けている者たちから「ギル様」と呼ばれている。

「狙いはフラメルの奪取か、俺の【魂を縛る者ソウルバインダー】を嗅ぎつけた他の街の犬か……」

フラメルが奪われるって、いったい誰に? それより北街の人々がおかしくなったのは、彼のスキルのせいのようだ。ただ、鑑定スキルを彼に使うと誰かに見られているという強い視線のようが放たれるので、私の現在位置がバレてしまうため使えない。

「おい? 首を前に出せ」
「ハイ」

彼のそばでいろいろと報告していた男性の首に、ギルが持っている長い鎖を巻き付ける。その鎖を強く引くと大量の血が噴き出し、男性が倒れた。

「この無能がっ!?」

倒れて痙攣している男性を北街のエリア長は容赦なく蹴り続ける。

「なに死体蹴りしてんねん」
「誰だ!?」
「どの足りないオツムで人に『この無能が!』って言うてるん?」

名前を名乗らない人を食ってかかる態度。「おっ! まだ息あるやん」と、よく知っている声が橋の向こうから聞こえてきた。

「橋を渡りきったら敵とみなす」
「ええよ、やるん? 戦争」

ワサビがクロを連れてきてくれた。
クロの後ろには各街の代表であるゴマス、サンプラー、ミモリ、クロウドがいて、ボーリングさんやヒルヨさんの姿も見える。

「おまえは一体何者だ?」

後ろには各街のエリア長たちが控えている。クロが何者かなんて、言わなくても気づくんじゃ?

「都市マスターのクロや、ワイの相棒はどこにおるん?」
「相棒? あの白髪の小娘ならこちらで預かっている」

私が半日経っても戻らないから、北街と揉め事を起こす覚悟で乗り込んできてくれたんだ……。

それにしても、私を拘束しているかのような言い方。隠れて様子を見ていることを知らずに、交渉の材料としようとしている。

クロは「タンマ」と言い、なにやらみんなとヒソヒソ話をしている。話し合いが終わり、ギルの方を向き直った。

「女の子をはよ連れてきて」
「条件は?」
「ギルなんちゃらって奴を島送りで勘弁してやるわ」
「話にならんな」
「お互い様やん?」
「北街へ今後も不干渉を約束したら、人質を解放する」
「人質って、目の前にいるから意味があるんよ? 女の子は?」
「お前は都市マスターを今すぐ辞めろ」
「馬鹿にわかるように工夫して説明しても馬鹿はそもそも説明を聞かないって、ホントなんや」
「それこそ、こちらのセリフだ」

互いに譲らない強気な交渉が続く。
これくらい強気にいかないと外交は舐められる。私が元居た世界でも、こちらを蹴落とそうとする国には強気な姿勢をみせないと、どこまでも自国の優しさにつけ込まれてしまう。

「ダルっ、もう茶番に付き合うのも飽きたわ!」
「茶番だと?」
「だって、ただの時間稼ぎやろ?」

会話を引き延ばしている間に、ここに兵を呼び寄せるつもりだろうとクロが言い当てると、ギルは肩を一瞬震わせたが、すぐに平静を装い始めた。

たしかに……。
今、この場にはクロや他の街の代表が揃っているが、10人もいない。武器を持っているのは西街のエリア長で都市最強の剣士と呼ばれるクロウドだけ。この場に武装した集団が来たら、いくらクロの擬人化付与のスキルであっても、ほとんど丸腰の人間が100人。武装した兵たちに敗北してしまうかも。

だから、敵の増援が駆けつける前にクロが本題に入ろうとしている。しかし、ギルは少しでも時間をのばそうと交渉を再開させようとした。

「人質がどうなってもいいのか?」
「それはない、なぜなら……」

クロの視線が私に向いた。
その視線に引き寄せられるように、背を向けていたギルもこちらを振り返った。

「【鑑定】を使って最初から見えてたんよ」

その手があったか。鑑定というスキルはこの世界ではレアらしく、使えるのはクロと私しか今のところ知らない。鑑定スキルで私の名前が出ているステータスバーに気づいてたのか……。

「その小娘を捕らえろ!」

ギルが命じると、近くにいた無表情な街の人たちが私に手を伸ばしてきた。

この距離ならいける!

【颱風】という強力な風魔法を発動させる。対象者は自分自身。斜め上方向に私自身を吹き飛ばし、一気にクロたちの元へ向かう。

「させるか!?」
「ブロックのブロック成功にゃん」
「にゃん、だなんて、かわいすぎます」
「同意、そしてチェックメイト」

上空を飛ぶ私に向かって、ギルが先の尖った鎖を投げるが、ワサビも同じように飛んできて鎖を蹴り落としてくれた。その瞬間、意識を上に向けていたギルに忍者のような身のこなしのヒルヨと都市随一の剣士クロウドが迫り、ギルを拘束した。

「そいつの能力はスキルじゃないんよ。首のところにアイテムない?」
「ありました。首飾りです」
「無理やりでいいから取って」

間一髪、北街の武装した兵が押し寄せる前に、ヒルヨがギルの首にある赤い宝石のついた首飾りを引きちぎった。その瞬間、兵士や北街の住民全員が意識を失い、その場に倒れ込んだ。




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