48 / 51
報せ ※
しおりを挟む
身支度を整えたユリアンは、執事のエルンストに支えられながら、王室からの使いが待っているという客間へ向かった。
客間の長椅子に座っていたのは、以前にも王の使いとして会ったことのある、侍従のドミニク・キルシュだった。
「お久しぶりです、エーデルシュタイン卿」
立ち上がって挨拶したドミニクだったが、ユリアンの顔に目をやると、やや驚いた表情を見せた。
「お加減が、よろしくないようですが……」
たしかに、着替えている際に見た鏡に映る自分は、目の下に隈を作り、まるで死人のような顔をしていた――ユリアンは、小さくため息をついた。
「いや、お気になさらず……それで、本日は、どのような御用向きで」
言って、ユリアンは長椅子に座った。
ドミニクも再び長椅子に腰かけ、居住まいを正した。
そこに、執事見習いのテオが、紅茶と菓子を運んできた。
彼は、優雅な手つきで茶碗に紅茶を注ぎ、ドミニクとユリアンの前に並べた。
「急な訪問ですが、ご容赦ください……本日伺ったのは、ファウスティナ様のことについて、お話しする為です」
ドミニクの言葉を聞いたユリアンは、一瞬、頭の中が真っ白になった気がした。
「……ローゼが……ローゼが、どうかしたのですか」
前のめりになったユリアンに見据えられ、ドミニクはたじろぎつつ答えた。
「グロリア帝国の皇帝陛下から国王陛下に連絡がございまして……ファウスティナ様がフランメ王国へ戻られることを強く希望されているとのことで、元『婚約者』であるエーデルシュタイン卿に受け入れるお気持ちがお有りなのか、確認させていただきたく、参りました」
ユリアンは、言われたことを俄かには飲み込めず、石のように固まっていた。
「……それは、真の話なのですか。帝国が、ローゼと引き換えに、フランメ王国に対し何か不利な条件を出しているのではありませんか」
ようやく、ユリアンは言葉を絞り出した。
「いえ……我々も警戒しましたが、帝国は、エーデルシュタイン卿がファウスティナ様を受け入れるのであれば、無条件で送り出すとのことです」
ドミニクが頷いた。
「受け入れるも何も、ローゼは最初から俺のものだ……奴らに、無理矢理奪われたんだ……!」
肩を震わせ、ユリアンは呟いた。
「そ、それでは、エーデルシュタイン卿としては、ファウスティナ様を迎え入れるおつもりがあるということで、よろしいですね?」
ユリアンに気圧されたのか、ドミニクは顏を引きつらせながら言った。
「この件に関しては、国王陛下とも直々にお話ししていただく必要がありますので……陛下の日程調整ができ次第、また連絡を差し上げることになります。それまで、いま少し、お待ちください」
それでは、と、ドミニクは用が済んだとばかりに立ち上がった。
客人を見送る為に、執事のエルンストが扉を開けた。
客間から出ようとしたドミニクが、不意に立ち止まり、振り向いた。
「……自分は口を差し挟める立場ではありませんが……正直、よかったと思っております」
そう言って去っていく彼の背中を見送りながら、ユリアンは、半ば放心していた。
この世でたった一つの大切なものを奪われ、絶望し、生きる気力を失いかけていたところに、突然、希望の光が差してきたのだ。
その眩しさに、ユリアンは目が潰れるのではないかと思った。
「……そうだ。テオ、夕食は、何か精のつきそうな物にするようにと、料理長に伝えておいてくれ」
ユリアンが、思い出したように言うと、卓子の上を片付けようとしていたテオは、茶碗を取り落としかけた。
「ユリアン様、食欲が戻られたのですか」
テオが、驚いた様子で目を見張った。
「ああ……ローゼが戻ってくるのに、こんな半病人のままでいる訳にはいかないからな」
ユリアンは、ローゼと引き裂かれて以来、初めて心からの微笑みを浮かべた。
客間の長椅子に座っていたのは、以前にも王の使いとして会ったことのある、侍従のドミニク・キルシュだった。
「お久しぶりです、エーデルシュタイン卿」
立ち上がって挨拶したドミニクだったが、ユリアンの顔に目をやると、やや驚いた表情を見せた。
「お加減が、よろしくないようですが……」
たしかに、着替えている際に見た鏡に映る自分は、目の下に隈を作り、まるで死人のような顔をしていた――ユリアンは、小さくため息をついた。
「いや、お気になさらず……それで、本日は、どのような御用向きで」
言って、ユリアンは長椅子に座った。
ドミニクも再び長椅子に腰かけ、居住まいを正した。
そこに、執事見習いのテオが、紅茶と菓子を運んできた。
彼は、優雅な手つきで茶碗に紅茶を注ぎ、ドミニクとユリアンの前に並べた。
「急な訪問ですが、ご容赦ください……本日伺ったのは、ファウスティナ様のことについて、お話しする為です」
ドミニクの言葉を聞いたユリアンは、一瞬、頭の中が真っ白になった気がした。
「……ローゼが……ローゼが、どうかしたのですか」
前のめりになったユリアンに見据えられ、ドミニクはたじろぎつつ答えた。
「グロリア帝国の皇帝陛下から国王陛下に連絡がございまして……ファウスティナ様がフランメ王国へ戻られることを強く希望されているとのことで、元『婚約者』であるエーデルシュタイン卿に受け入れるお気持ちがお有りなのか、確認させていただきたく、参りました」
ユリアンは、言われたことを俄かには飲み込めず、石のように固まっていた。
「……それは、真の話なのですか。帝国が、ローゼと引き換えに、フランメ王国に対し何か不利な条件を出しているのではありませんか」
ようやく、ユリアンは言葉を絞り出した。
「いえ……我々も警戒しましたが、帝国は、エーデルシュタイン卿がファウスティナ様を受け入れるのであれば、無条件で送り出すとのことです」
ドミニクが頷いた。
「受け入れるも何も、ローゼは最初から俺のものだ……奴らに、無理矢理奪われたんだ……!」
肩を震わせ、ユリアンは呟いた。
「そ、それでは、エーデルシュタイン卿としては、ファウスティナ様を迎え入れるおつもりがあるということで、よろしいですね?」
ユリアンに気圧されたのか、ドミニクは顏を引きつらせながら言った。
「この件に関しては、国王陛下とも直々にお話ししていただく必要がありますので……陛下の日程調整ができ次第、また連絡を差し上げることになります。それまで、いま少し、お待ちください」
それでは、と、ドミニクは用が済んだとばかりに立ち上がった。
客人を見送る為に、執事のエルンストが扉を開けた。
客間から出ようとしたドミニクが、不意に立ち止まり、振り向いた。
「……自分は口を差し挟める立場ではありませんが……正直、よかったと思っております」
そう言って去っていく彼の背中を見送りながら、ユリアンは、半ば放心していた。
この世でたった一つの大切なものを奪われ、絶望し、生きる気力を失いかけていたところに、突然、希望の光が差してきたのだ。
その眩しさに、ユリアンは目が潰れるのではないかと思った。
「……そうだ。テオ、夕食は、何か精のつきそうな物にするようにと、料理長に伝えておいてくれ」
ユリアンが、思い出したように言うと、卓子の上を片付けようとしていたテオは、茶碗を取り落としかけた。
「ユリアン様、食欲が戻られたのですか」
テオが、驚いた様子で目を見張った。
「ああ……ローゼが戻ってくるのに、こんな半病人のままでいる訳にはいかないからな」
ユリアンは、ローゼと引き裂かれて以来、初めて心からの微笑みを浮かべた。
2
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません
冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件
異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。
ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。
「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」
でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。
それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか!
―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】
そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。
●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。
●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。
●11/12番外編もすべて完結しました!
●ノーチェブックス様より書籍化します!
冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!
仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。
18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。
噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。
「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」
しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。
途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。
危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。
エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。
そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。
エルネストの弟、ジェレミーだ。
ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。
心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――
黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました
Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。
そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて――
イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)
エッチなデイリークエストをクリアしないと死んでしまうってどういうことですか?
浅葱さらみ
ファンタジー
平凡な陰キャ童貞大学2年生の雄介はある日突然、視界にスマホゲーみたいな画面が見えるようになった。
・クエスト1 性的対象を褒めよ。
・クエスト2 性的対象の肌と接触せよ。
・クエスト3 性的対象の膣内に陰茎を挿入せよ。
視界の右上にはHPゲージもあり、どうやらクエストをすべてクリアしないと毎日HPが減っていく仕様だと気づく。
さらには、最終的にHPが0になると自らの死につながるということが判明。
雄介は生き延びるためにエッチなデイリークエストをこなしつつ、脱童貞を目指すのだが……。
※デイリークエストをクリアしていくためのアドバイス
デイリークエストクリアで貰えるポイントを”エッチをサポートしてくれるアイテム”と交換しよう!
射精回数を増やすためにレベルアップに励もう!
☆と★つきのページは挿絵付きです。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる