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 身支度を整えたユリアンは、執事のエルンストに支えられながら、王室からの使いが待っているという客間へ向かった。
 客間の長椅子ソファに座っていたのは、以前にも王の使いとして会ったことのある、侍従のドミニク・キルシュだった。
「お久しぶりです、エーデルシュタイン卿」
 立ち上がって挨拶したドミニクだったが、ユリアンの顔に目をやると、やや驚いた表情を見せた。
「お加減が、よろしくないようですが……」
 たしかに、着替えている際に見た鏡に映る自分は、目の下にくまを作り、まるで死人のような顔をしていた――ユリアンは、小さくため息をついた。
「いや、お気になさらず……それで、本日は、どのような御用向きで」
 言って、ユリアンは長椅子ソファに座った。
 ドミニクも再び長椅子ソファに腰かけ、居住まいを正した。
 そこに、執事見習いのテオが、紅茶と菓子を運んできた。
 彼は、優雅な手つきで茶碗ティーカップに紅茶を注ぎ、ドミニクとユリアンの前に並べた。
「急な訪問ですが、ご容赦ください……本日伺ったのは、ファウスティナ様のことについて、お話しする為です」
 ドミニクの言葉を聞いたユリアンは、一瞬、頭の中が真っ白になった気がした。
「……ローゼが……ローゼが、どうかしたのですか」
 前のめりになったユリアンに見据えられ、ドミニクはたじろぎつつ答えた。
「グロリア帝国の皇帝陛下から国王陛下に連絡がございまして……ファウスティナ様がフランメ王国へ戻られることを強く希望されているとのことで、元『婚約者』であるエーデルシュタイン卿に受け入れるお気持ちがお有りなのか、確認させていただきたく、参りました」
 ユリアンは、言われたことをにわかには飲み込めず、石のように固まっていた。
「……それは、まことの話なのですか。帝国が、ローゼと引き換えに、フランメ王国に対し何か不利な条件を出しているのではありませんか」
 ようやく、ユリアンは言葉を絞り出した。
「いえ……我々も警戒しましたが、帝国は、エーデルシュタイン卿がファウスティナ様を受け入れるのであれば、無条件で送り出すとのことです」
 ドミニクが頷いた。
「受け入れるも何も、ローゼは最初から俺のものだ……奴らに、無理矢理奪われたんだ……!」
 肩を震わせ、ユリアンは呟いた。
「そ、それでは、エーデルシュタイン卿としては、ファウスティナ様を迎え入れるおつもりがあるということで、よろしいですね?」
 ユリアンに気圧けおされたのか、ドミニクは顏を引きつらせながら言った。
「この件に関しては、国王陛下とも直々にお話ししていただく必要がありますので……陛下の日程調整ができ次第、また連絡を差し上げることになります。それまで、いま少し、お待ちください」
 それでは、と、ドミニクは用が済んだとばかりに立ち上がった。
 客人を見送る為に、執事のエルンストが扉を開けた。
 客間から出ようとしたドミニクが、不意に立ち止まり、振り向いた。
「……自分は口を差し挟める立場ではありませんが……正直、よかったと思っております」
 そう言って去っていく彼の背中を見送りながら、ユリアンは、半ば放心していた。
 この世でたった一つの大切なものを奪われ、絶望し、生きる気力を失いかけていたところに、突然、希望の光が差してきたのだ。
 その眩しさに、ユリアンは目が潰れるのではないかと思った。
「……そうだ。テオ、夕食は、何か精のつきそうな物にするようにと、料理長に伝えておいてくれ」
 ユリアンが、思い出したように言うと、卓子ローテーブルの上を片付けようとしていたテオは、茶碗ティーカップを取り落としかけた。
「ユリアン様、食欲が戻られたのですか」
 テオが、驚いた様子で目を見張った。
「ああ……ローゼが戻ってくるのに、こんな半病人のままでいる訳にはいかないからな」
 ユリアンは、ローゼと引き裂かれて以来、初めて心からの微笑みを浮かべた。
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