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執事見習いと来訪者 ※
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~……という訳で、私は元気です。
兄様も、お体に気を付けて、お仕事頑張ってくださいね。
ローゼ様とエーデルシュタイン伯爵様によろしくお伝えください。
アンナより ~
妹からの手紙を読み終えたテオは、無意識に微笑んでいた。
今、彼がいるのは、エーデルシュタイン伯爵家の屋敷だ。
テオは、ローゼ・アインホルン伯爵令嬢誘拐の首謀者、ベルタ・マウアーの共犯者として逮捕された。
しかし、被害者であるローゼからの減刑嘆願と、ベルタに妹を人質にされ犯行を強要されたといった事情を考慮された結果、無罪放免となった。
その後、テオは自己破産の手続きをすると共に爵位も手放した。
借金を清算し一般市民になったテオは、ユリアンが言っていた通り、彼の屋敷で職を得て、住み込みで働いている。
「妹さんは、お元気なようですね。君の表情を見れば分かります」
テオに声をかけてきたのは、執事のエルンストだ。
「ユリアン様とローゼ様のお陰で、妹は寄宿舎付きの学校にまで行かせてもらって、感謝しかありません」
妹からの手紙を丁寧に折りたたんで封筒にしまいながら、テオは答えた。
「そろそろ休憩は終わりにして、テオさんには新しい業務を覚えてもらいます。私が引退するまでに、執事の仕事を全部覚えてもらわなければなりませんからね」
エルンストは、そう言って微笑んだ。
現在のテオの地位は従僕、つまり執事であるエルンストの部下だ。
それは、テオが、ゆくゆくはエルンストが引退した後に執事の役割を引き継ぐということでもある。
「でも、私なんかがエルンストさんの後釜なんて、いいんでしょうか」
テオは、首を竦めて言った。
「君は元貴族で礼儀作法は身に付いている上に、学もある。機転も利くし、経験を詰めば、良い執事になれますよ」
エルンストから、あからさまに褒められたテオは赤面した。
――それにしても……ローゼ嬢には、危険な目に遭わせたことを、直接謝罪したかったが……
テオが釈放された時、ローゼは既に帝国へ行ってしまった後で、謝罪と、妹共々助けられたことに対する感謝を直接伝えられなかったのが心残りだった。
――彼女が帝国の皇帝一族の一人だったなんて。言われてみれば、生まれつきの高貴な雰囲気のようなものがあった気がする。美形なエーデルシュタイン伯爵ともお似合いだったけど……
現在のテオの主人、ユリアン・エーデルシュタイン伯爵は、愛する婚約者を突然奪われたにも拘わらず、傍目には落ち着いているかのように見える。
しかし、エルンストによれば、ユリアンは心身に不調があっても、それを他人に悟られるのを良しとしない性分である為、外見だけで判断するのは危険らしい。
彼の言う通り、よく観察していると、ユリアンは食事の際も軽いものにしか手をつけず、夜も、あまり眠れていない様子だった。
そのような中、久々の休日で屋敷に帰っていたユリアンが、テオの目の前で倒れた。
執事のエルンストが医師に連絡している間に、テオはユリアンを抱きかかえ、彼の寝室に運んだ。
「……大袈裟に騒ぐな。少し、眩暈がしただけだ」
寝台に横たえられたユリアンが、薄らと目を開けて言った。
「でも、ユリアン様は食事も少ししか召し上がらないし、夜も、あまり眠れていない御様子です。それなのに、お仕事は普通にされていて……お疲れなのではありませんか」
テオは、思わず言った後で、しまったと口を押さえた。
「申し訳ありません。出過ぎた口を……」
「いや、お前は、よく気が付くし、『じいや』が後継者にしたいと言っていたのも分かる。しかし……」
ユリアンは恐縮するテオに、そう言って、ため息をついた。
「……ローゼがいない世界で生きるのは、たしかに疲れるかもしれないな」
自嘲するように笑うユリアンを見て、テオは、やはり彼が精神的に弱っているのだと感じた。
駆けつけた医師の診察によれば、ユリアンは過労状態であり、回復の為には休養と栄養を摂るのが最も効果的という話だった。
――休養と栄養……だが、本人に、その気がないのなら、どうしようもない。ユリアン様に何かあれば、ローゼ嬢も悲しむだろうに……
恩人の一人であるユリアンに対し、何か報いる方法はないのかと、テオは考えを巡らせたが、何ひとつ思いつくことはできなかった。
テオとエルンストがユリアンの看病をしているところに、使用人の一人がやってきた。
「王室からの使いという方が見えていて、旦那様に面会したいと仰っているのですが……」
執事のエルンストは、こんな時に、とでも言いたげな渋い顔をしながら、ユリアンに言った。
「如何いたしましょう。旦那様は面会できる状態ではないと説明して、日を改めていただいては」
「いや……」
ユリアンは、寝台の上に身を起こしながら答えた。
その表情は、彼の必死さを感じさせるものだった。
「もしかしたら、ローゼに関係することかもしれない。客間で待たせておいてくれ」
「かしこまりました」
頷いたエルンストが、テオに言った。
「私が、旦那様のお支度を手伝います。その間に、君は、お客様をもてなす準備を。これまでに説明したやり方でお願いします」
「はい!」
テオは、初めての「大きな仕事」に緊張しながら、屋敷の玄関へと向かった。
兄様も、お体に気を付けて、お仕事頑張ってくださいね。
ローゼ様とエーデルシュタイン伯爵様によろしくお伝えください。
アンナより ~
妹からの手紙を読み終えたテオは、無意識に微笑んでいた。
今、彼がいるのは、エーデルシュタイン伯爵家の屋敷だ。
テオは、ローゼ・アインホルン伯爵令嬢誘拐の首謀者、ベルタ・マウアーの共犯者として逮捕された。
しかし、被害者であるローゼからの減刑嘆願と、ベルタに妹を人質にされ犯行を強要されたといった事情を考慮された結果、無罪放免となった。
その後、テオは自己破産の手続きをすると共に爵位も手放した。
借金を清算し一般市民になったテオは、ユリアンが言っていた通り、彼の屋敷で職を得て、住み込みで働いている。
「妹さんは、お元気なようですね。君の表情を見れば分かります」
テオに声をかけてきたのは、執事のエルンストだ。
「ユリアン様とローゼ様のお陰で、妹は寄宿舎付きの学校にまで行かせてもらって、感謝しかありません」
妹からの手紙を丁寧に折りたたんで封筒にしまいながら、テオは答えた。
「そろそろ休憩は終わりにして、テオさんには新しい業務を覚えてもらいます。私が引退するまでに、執事の仕事を全部覚えてもらわなければなりませんからね」
エルンストは、そう言って微笑んだ。
現在のテオの地位は従僕、つまり執事であるエルンストの部下だ。
それは、テオが、ゆくゆくはエルンストが引退した後に執事の役割を引き継ぐということでもある。
「でも、私なんかがエルンストさんの後釜なんて、いいんでしょうか」
テオは、首を竦めて言った。
「君は元貴族で礼儀作法は身に付いている上に、学もある。機転も利くし、経験を詰めば、良い執事になれますよ」
エルンストから、あからさまに褒められたテオは赤面した。
――それにしても……ローゼ嬢には、危険な目に遭わせたことを、直接謝罪したかったが……
テオが釈放された時、ローゼは既に帝国へ行ってしまった後で、謝罪と、妹共々助けられたことに対する感謝を直接伝えられなかったのが心残りだった。
――彼女が帝国の皇帝一族の一人だったなんて。言われてみれば、生まれつきの高貴な雰囲気のようなものがあった気がする。美形なエーデルシュタイン伯爵ともお似合いだったけど……
現在のテオの主人、ユリアン・エーデルシュタイン伯爵は、愛する婚約者を突然奪われたにも拘わらず、傍目には落ち着いているかのように見える。
しかし、エルンストによれば、ユリアンは心身に不調があっても、それを他人に悟られるのを良しとしない性分である為、外見だけで判断するのは危険らしい。
彼の言う通り、よく観察していると、ユリアンは食事の際も軽いものにしか手をつけず、夜も、あまり眠れていない様子だった。
そのような中、久々の休日で屋敷に帰っていたユリアンが、テオの目の前で倒れた。
執事のエルンストが医師に連絡している間に、テオはユリアンを抱きかかえ、彼の寝室に運んだ。
「……大袈裟に騒ぐな。少し、眩暈がしただけだ」
寝台に横たえられたユリアンが、薄らと目を開けて言った。
「でも、ユリアン様は食事も少ししか召し上がらないし、夜も、あまり眠れていない御様子です。それなのに、お仕事は普通にされていて……お疲れなのではありませんか」
テオは、思わず言った後で、しまったと口を押さえた。
「申し訳ありません。出過ぎた口を……」
「いや、お前は、よく気が付くし、『じいや』が後継者にしたいと言っていたのも分かる。しかし……」
ユリアンは恐縮するテオに、そう言って、ため息をついた。
「……ローゼがいない世界で生きるのは、たしかに疲れるかもしれないな」
自嘲するように笑うユリアンを見て、テオは、やはり彼が精神的に弱っているのだと感じた。
駆けつけた医師の診察によれば、ユリアンは過労状態であり、回復の為には休養と栄養を摂るのが最も効果的という話だった。
――休養と栄養……だが、本人に、その気がないのなら、どうしようもない。ユリアン様に何かあれば、ローゼ嬢も悲しむだろうに……
恩人の一人であるユリアンに対し、何か報いる方法はないのかと、テオは考えを巡らせたが、何ひとつ思いつくことはできなかった。
テオとエルンストがユリアンの看病をしているところに、使用人の一人がやってきた。
「王室からの使いという方が見えていて、旦那様に面会したいと仰っているのですが……」
執事のエルンストは、こんな時に、とでも言いたげな渋い顔をしながら、ユリアンに言った。
「如何いたしましょう。旦那様は面会できる状態ではないと説明して、日を改めていただいては」
「いや……」
ユリアンは、寝台の上に身を起こしながら答えた。
その表情は、彼の必死さを感じさせるものだった。
「もしかしたら、ローゼに関係することかもしれない。客間で待たせておいてくれ」
「かしこまりました」
頷いたエルンストが、テオに言った。
「私が、旦那様のお支度を手伝います。その間に、君は、お客様をもてなす準備を。これまでに説明したやり方でお願いします」
「はい!」
テオは、初めての「大きな仕事」に緊張しながら、屋敷の玄関へと向かった。
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