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皇帝の思い ※
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「ファウスティナから幸せを奪うことだけは、どうか、おやめください……!」
その身を震わせ、涙を流しながらも、真っすぐに自分を見据える息子の姿を、皇帝マクシムス三世は信じられない思いと共に見つめていた。
優しく穏やかだが、しっかり者と言われる兄と並ぶと頼りなく見える次男、ルキウスが、真っ向から父であり皇帝でもある自分に逆らおうとしている――皇帝にとって、考えてもみなかった事態である。
愛しているから、彼女が幸せそうにしているところを見たいのです――ルキウスの言葉に、皇帝は、ファウスティナの母親であり、今は亡き異母妹のコルネリアを思った。
コルネリアの母は、国家間の紛争を経て、和睦の為に帝国の先代皇帝の側室となった他国の王族だった。
彼女と先代皇帝の間に生まれたのがコルネリアだ。
マクシムス三世は、歳の離れた異母妹を可愛がり、彼女も兄を慕った。
早くに生みの母を亡くしたコルネリアを守ってやらなければならない、と彼は強く思っていた。
西方の血を引くゆえの、コルネリアの宝石のような青い目で見つめられる度、マクシムス三世は幸せな気持ちになった。
彼の胸中に嵐が吹き荒れたのは、成長したコルネリアが、身分に差のある貴族の青年と恋に落ちた時だった。
コルネリアの想い人は、帝国では中級程度と言われる貴族で、皇帝の娘である彼女を娶るには身分が足りないと言われていた。
当時は皇太子だったマクシムス三世も、周囲と同様に、コルネリアの恋に反対した。
彼がコルネリアの相手を認めなかったのは、身分差の為だけではなかった。
コルネリアが他の男に触れられるのを想像するだけで、マクシムス三世は全身の血が逆流し、気が狂いそうな気持に苛まれた。
彼は、自身が異母妹であるコルネリアを異性として愛していたことに気付いたのだ。
国によっては同父異母あるいは同母異父の兄弟姉妹や伯父と姪などの婚姻が認められているが、帝国では三親等以内の婚姻は認められていない。
たとえ、そうでなくとも、コルネリアが愛しているのは別の男であって、自分ではない……マクシムス三世は苦しんだ末に、妹の恋を後押ししてやる道を選んだ。
コルネリアが幸せになるのであれば、彼女が選んだ相手の許へ送り出してやろうと考えたのだ。
マクシムス三世が周囲を説得した効果もあって、コルネリアは皇宮を離れ、愛する男の妻となった。
彼女の幸せそうな笑顔を見たマクシムス三世は、それで良かったのだと納得した。
しかし、娘を拉致されたコルネリアが精神に変調を来たして衰弱死する事態に至り、マクシムス三世は、自身の選択が誤りだったのではないかという思いに囚われた。
――愛しているから、自分はコルネリアには幸せになって欲しくて、彼女自身が選んだ道を進めるよう後押しした……だが、もし、そうでなかったなら……彼女は今も皇宮の中で守られて生きていたかもしれない……自分は、間違っていたのか……
後悔に苛まれていた皇帝は、行方不明だったファウスティナが奇跡的に見つかった時、二度と過ちを犯すことのないようにと、それだけを考えた。
他国の一貴族に過ぎない男に嫁ぐなど言語道断とばかりにファウスティナを連れ帰り、息子のルキウスと婚約させた。
これなら、彼女は常に自分の目の届くところにいる形になる。
皇帝は、ファウスティナを守る為であれば、どのようなことでもするつもりだった。
しかし、皇帝は、息子の言葉から、自身が、ファウスティナ本人が幸せであるかどうかまで考えていなかったことに気付いた。
――だが、本人が望むからと言って自由にさせた結果、不幸な結果に繋がったのでは元も子もない……たとえ憎まれようと、今度こそ妹の娘でもあるファウスティナを守らなければ。
そう考えた皇帝だが、今のファウスティナの痛々しい姿を目の当たりにして、心が揺らいだ。
――自分の身体に焼けた火かき棒を当てるのも厭わぬほどに、ファウスティナは、愛する男の許へ帰りたいのだ……それを止めるのは、この子から幸せを奪うことになるのか――
「――怪我人の枕元で騒ぐのも良くないだろう。この話は、また後にさせてもらう」
皇帝は、そう言い残すと、ファウスティナの部屋を出た。
彼は、その足で、妻である皇后ドロテアの部屋へ向かった。
ファウスティナの行動に衝撃を受け、恐慌状態に陥っていたドロテアだったが、薬師の処方した精神を安定させる薬の効果か、何とか話ができる程度には落ち着いていた。
人払いをしてから、皇帝は、ドロテアが口を開くのを待った。
「最初は、あの子に……ファウスティナに、ルキウスを受け入れてもらえるように、私から口添えするつもりだったのです。でも、陛下のお心には今もコルネリア様がいて、だからファウスティナに関係することになると、陛下らしからぬ行いをされるのだと思うと、気持ちが昂って……追い詰めるようなことを言ってしまったのです……亡くなった方には……絶対に敵わないのですから……」
いつも穏やかな妻が、そう言って泣く姿を見た皇帝は、ファウスティナが「皇后陛下は苦しんでおられる」と言っていたことを思い出した。
――コルネリアに身分違いの恋人ができた時も、娘を失った末に衰弱死してしまった時も、悩み苦しむ自分を、常に妻であるドロテアが支えてくれた……彼女は全てを理解し受け止めてくれていると勝手に思っていたが、やはり重荷だったのかもしれない……
「余は、そなたを長い間苦しめていたのだな。余が悩んでいる時、そなたは常に傍で支えてくれたが、甘えすぎていたようだ」
「甘えすぎなどということは……夫を……愛するお方を支えるのは妻の役目であり、私の望みです」
皇帝は、涙に濡れた目で自分を見上げる妻の肩を、そっと抱いた。
「最善の選択ができるよう、いま一度、考えなければならぬかもしれんな」
その身を震わせ、涙を流しながらも、真っすぐに自分を見据える息子の姿を、皇帝マクシムス三世は信じられない思いと共に見つめていた。
優しく穏やかだが、しっかり者と言われる兄と並ぶと頼りなく見える次男、ルキウスが、真っ向から父であり皇帝でもある自分に逆らおうとしている――皇帝にとって、考えてもみなかった事態である。
愛しているから、彼女が幸せそうにしているところを見たいのです――ルキウスの言葉に、皇帝は、ファウスティナの母親であり、今は亡き異母妹のコルネリアを思った。
コルネリアの母は、国家間の紛争を経て、和睦の為に帝国の先代皇帝の側室となった他国の王族だった。
彼女と先代皇帝の間に生まれたのがコルネリアだ。
マクシムス三世は、歳の離れた異母妹を可愛がり、彼女も兄を慕った。
早くに生みの母を亡くしたコルネリアを守ってやらなければならない、と彼は強く思っていた。
西方の血を引くゆえの、コルネリアの宝石のような青い目で見つめられる度、マクシムス三世は幸せな気持ちになった。
彼の胸中に嵐が吹き荒れたのは、成長したコルネリアが、身分に差のある貴族の青年と恋に落ちた時だった。
コルネリアの想い人は、帝国では中級程度と言われる貴族で、皇帝の娘である彼女を娶るには身分が足りないと言われていた。
当時は皇太子だったマクシムス三世も、周囲と同様に、コルネリアの恋に反対した。
彼がコルネリアの相手を認めなかったのは、身分差の為だけではなかった。
コルネリアが他の男に触れられるのを想像するだけで、マクシムス三世は全身の血が逆流し、気が狂いそうな気持に苛まれた。
彼は、自身が異母妹であるコルネリアを異性として愛していたことに気付いたのだ。
国によっては同父異母あるいは同母異父の兄弟姉妹や伯父と姪などの婚姻が認められているが、帝国では三親等以内の婚姻は認められていない。
たとえ、そうでなくとも、コルネリアが愛しているのは別の男であって、自分ではない……マクシムス三世は苦しんだ末に、妹の恋を後押ししてやる道を選んだ。
コルネリアが幸せになるのであれば、彼女が選んだ相手の許へ送り出してやろうと考えたのだ。
マクシムス三世が周囲を説得した効果もあって、コルネリアは皇宮を離れ、愛する男の妻となった。
彼女の幸せそうな笑顔を見たマクシムス三世は、それで良かったのだと納得した。
しかし、娘を拉致されたコルネリアが精神に変調を来たして衰弱死する事態に至り、マクシムス三世は、自身の選択が誤りだったのではないかという思いに囚われた。
――愛しているから、自分はコルネリアには幸せになって欲しくて、彼女自身が選んだ道を進めるよう後押しした……だが、もし、そうでなかったなら……彼女は今も皇宮の中で守られて生きていたかもしれない……自分は、間違っていたのか……
後悔に苛まれていた皇帝は、行方不明だったファウスティナが奇跡的に見つかった時、二度と過ちを犯すことのないようにと、それだけを考えた。
他国の一貴族に過ぎない男に嫁ぐなど言語道断とばかりにファウスティナを連れ帰り、息子のルキウスと婚約させた。
これなら、彼女は常に自分の目の届くところにいる形になる。
皇帝は、ファウスティナを守る為であれば、どのようなことでもするつもりだった。
しかし、皇帝は、息子の言葉から、自身が、ファウスティナ本人が幸せであるかどうかまで考えていなかったことに気付いた。
――だが、本人が望むからと言って自由にさせた結果、不幸な結果に繋がったのでは元も子もない……たとえ憎まれようと、今度こそ妹の娘でもあるファウスティナを守らなければ。
そう考えた皇帝だが、今のファウスティナの痛々しい姿を目の当たりにして、心が揺らいだ。
――自分の身体に焼けた火かき棒を当てるのも厭わぬほどに、ファウスティナは、愛する男の許へ帰りたいのだ……それを止めるのは、この子から幸せを奪うことになるのか――
「――怪我人の枕元で騒ぐのも良くないだろう。この話は、また後にさせてもらう」
皇帝は、そう言い残すと、ファウスティナの部屋を出た。
彼は、その足で、妻である皇后ドロテアの部屋へ向かった。
ファウスティナの行動に衝撃を受け、恐慌状態に陥っていたドロテアだったが、薬師の処方した精神を安定させる薬の効果か、何とか話ができる程度には落ち着いていた。
人払いをしてから、皇帝は、ドロテアが口を開くのを待った。
「最初は、あの子に……ファウスティナに、ルキウスを受け入れてもらえるように、私から口添えするつもりだったのです。でも、陛下のお心には今もコルネリア様がいて、だからファウスティナに関係することになると、陛下らしからぬ行いをされるのだと思うと、気持ちが昂って……追い詰めるようなことを言ってしまったのです……亡くなった方には……絶対に敵わないのですから……」
いつも穏やかな妻が、そう言って泣く姿を見た皇帝は、ファウスティナが「皇后陛下は苦しんでおられる」と言っていたことを思い出した。
――コルネリアに身分違いの恋人ができた時も、娘を失った末に衰弱死してしまった時も、悩み苦しむ自分を、常に妻であるドロテアが支えてくれた……彼女は全てを理解し受け止めてくれていると勝手に思っていたが、やはり重荷だったのかもしれない……
「余は、そなたを長い間苦しめていたのだな。余が悩んでいる時、そなたは常に傍で支えてくれたが、甘えすぎていたようだ」
「甘えすぎなどということは……夫を……愛するお方を支えるのは妻の役目であり、私の望みです」
皇帝は、涙に濡れた目で自分を見上げる妻の肩を、そっと抱いた。
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