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真実は残酷に

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 右肩の後ろを見せろと言われ、ローゼは心臓を握りしめられるような感覚を覚えた。
 恥じらいもあったが、何より、自分とユリアンしか知らない筈の「しるし」のことを知られているような気がして、恐ろしさを感じた。
 しかし、相手はフランメ王国にとって重要な友好国であるグロリア帝国の皇帝であり、疑問を差し挟んだり、まして拒むことなど許されないとも、彼女は思った。
 女官にドレスの背中のボタンを外させたローゼは、襟元を広げて透けるように白い肌の右肩を露出させた。
 すかさず、ゾフィが、手にしていた肩掛けショールを、余計な部分が露出するのを防ぐかのように、ローゼに着せかけた。
 その様子を見ていた皇帝、マクシムス三世は、立ち上がってローゼに歩み寄り、彼女の後ろに回った。
「では、湯に浸して絞った布を、ローゼ殿の右肩の後ろに当てよ」
 皇帝の言葉に従い、手袋を嵌めた女官が、湯に浸して固く絞った布を、ローゼの右肩の後ろに当てた。
「少し熱いかと存じますが、ご容赦を」
 やがて、数分が経過した。
「そろそろ、いいだろう」
 皇帝が言うと、女官はローゼの肩に当てていた布を外した。
「これは……熱で赤くなった肌に……白い花のような模様が……?」
 ローゼの最も近くにいるゾフィが、驚きに目を見張った。
「……ファウスティナ」
 皇帝が、ぼそりと呟いた。
「新聞の姿絵が生前の妹に生き写しで、ひと目見て間違いないと思ったが、『証拠』を確認するまではと……だが、そなたは、余の妹の娘、ファウスティナだ。肩の『花』が、そのあかしだ」
 おずおずと振り向いたローゼの肩に、皇帝は、そっと手を置いて、優しく微笑んだ。
「……それでは、皇帝陛下の目的は果たされたということですな」
 ルドルフ王の言葉に、皇帝は頷いた。
「お……お待ちください!」
 長椅子ソファから立ち上がったユリアンが叫んだ。
「一体、どういうことなのです。ローゼが、皇帝陛下の妹君の娘とは……説明を求めたく存じます!」
「ユリアン、落ち着け! 国王陛下と皇帝陛下の御前ごぜんだぞ」
 クラウスが、取り乱しているユリアンをたしなめるように言った。
「そうだな。あかしを確認した以上、そなたらにも説明せねばなるまい」
 そう言って、皇帝が自分の席へと戻った。
 ユリアンもクラウスになだめられ、再び長椅子ソファへ腰を下ろした。
 ローゼが身支度を整えたのを確認すると、皇帝は口を開いた。
「――ローゼ殿は、余の腹違いの妹であるコルネリアの娘、ファウスティナだ。我々は、何年もの間、彼女を探していた」
 皇帝によれば、彼の異母妹であるコルネリアは、大恋愛の末に帝国の貴族の一人と結婚し、娘のファウスティナにも恵まれ、幸せに暮らしていた。
 ところが、ある時、幼いファウスティナは突如行方不明になった。
 当初は身代金目的の誘拐の可能性も考えられたが、犯人からの接触はなかった。
 ファウスティナの捜索は、当然国を挙げて行われたものの、結局、手掛かりすら掴めなかった。
 娘を失い精神に変調を来たした母親のコルネリアは衰弱の末に亡くなり、ファウスティナの父である貴族の男性も病に倒れ世を去った。
「ファウスティナは、我が息子でもある帝国第二皇子ルキウスの許嫁でもあった。それが、不幸を呼んでしまったとも言えるかもしれない」
 許嫁だったファウスティナを失ったルキウスには、帝国の貴族令嬢の中から新たな許嫁が決まった。
 しかし、数年が経ち、ファウスティナを拉致したのが、新たな許嫁の親族一派であったことが発覚したのだ。
彼奴等きやつらは、我々と血縁関係を結び、いずれは帝国を乗っ取るつもりだった。その為に、まず邪魔だったファウスティナを亡き者にしようと企んだのだ。もちろん、関係した者は全て粛清し、ルキウスの許嫁との婚約も解消させた」
 その捜査の中で、殺害されたと思われたファウスティナが生存している可能性が浮上したのだという。
彼奴等きやつらの配下の者は殺害を命じられたものの、幼いファウスティナをどうしても殺せず、奴隷商に引き渡したのだ」
「それが……巡り巡って、ローゼはデリウス子爵のところに売られてきたということか」
 ユリアンが、蒼白な顔で呟いた。
「わ、私は……デリウス子爵のお屋敷に来る前のことは、何も覚えていないのです」
 絞り出すように、ローゼは言った。
 自分が他国の皇帝の一族に連なる者だったことや、許嫁がいたということを聞いても、彼女には、まるで他人事ひとごとのように感じられた。
「きっと、拉致された際に何か恐ろしい目に遭うなどして、記憶を失ってしまったのだろう。その上、何年も奴隷のように扱われていた苦しみ……察するに余りある」
 皇帝は言って、苦し気に眉根を寄せた。
「しかし、これからは我が国で、皇帝の一族として過ごすがよい。これまでの不遇を埋め合わせなければな」
「お……お待ちください。私は……今は、ユリアン様に愛されて、とても幸せです。不遇などということはありません……これからも、この国で過ごしたく存じます」
 言い知れぬ不安に襲われたローゼは、必死で訴えた。
「それは、ならぬ」
 皇帝の言葉に、ユリアンが、びくりと肩を震わせた。
「そなたは、『加護』の力の持ち主……その肩の『花』が、その『あかし』だ。他国に渡す訳にはいかん」
「『加護』の力……? 私には、そのような力など……」
 ローゼは、首を傾げた。
「分からずとも無理はない。『加護』の力は、自身ではなく、その力の持ち主が心から愛する者を災いから守る力だ」
 はるか昔、グロリア帝国を建国した初代皇帝の妃は、『加護』の力で、夫である皇帝を守護した。
 その力は子孫にも受け継がれ、ごく稀にではあるものの、皇帝一族の中に『加護』の力を持つ者が生まれるという。
 身体のどこかにある「花」の紋様が、『加護』の力を持つ者の『あかし』なのだ。
「それでは……俺が爆弾の至近距離にいながらも無傷だったのは……ローゼの『加護』のお陰だったというのか」
 ユリアンが呟いて、ローゼを見た。
「なるほど。既に『加護』の力は発現していたか」
 皇帝は重々しく言って、頷いた。
「ともあれ、ファウスティナは我が国に連れて帰るということでよろしいか、ルドルフ王陛下」
 ルドルフ王が口を開く前に、ユリアンが立ち上がった。
「お、お待ちください! ローゼは、私の婚約者です! い、いきなり連れ帰るなど……!」
わきまえよ、エーデルシュタイン卿。事情が変わったのだ」
 王の言葉に、ユリアンは唇を噛んで、力なく長椅子ソファに座った。
 その肩は、小刻みに震えている。
「ローゼ・アインホルンは、そなたの婚約者だったかもしれぬ、だが、ファウスティナは、我が息子、ルキウスの許嫁だ」
 穏やかだが、有無を言わせぬ威厳と共に、皇帝が言った。
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