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謁見
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不安の中で、ローゼは王との謁見当日を迎えた。
ローゼとユリアンを乗せた馬車は、指定の時刻通り、王宮の入り口に到着した。
ほぼ同時に着いた別の馬車から、ローゼたち同様に正装したクラウスとゾフィ夫妻が降りてきた。
彼らもまた、ローゼの「義理の両親」として招かれたのだ。
普段は共に余裕のある態度のクラウスたちだが、流石に緊張を隠せない様子を見せている。
「舞踏会などで、大勢の中の一人として陛下に謁見するのとは違った緊張感があるね」
ローゼとユリアンの姿を見たクラウスが言った。
「私……粗相をしないか心配で……」
固くなっているローゼの肩に、ユリアンが手を置いた。
「お前の礼儀作法は完璧だ。案ずることはない」
「そうよ。ローゼちゃんは立派な淑女よ」
ゾフィも、そう言って微笑んだ。
「皆様、ようこそ御出でくださいました」
国王の侍従、ドミニクが、数名の部下らしき者と共にローゼたちを迎えた。
「では、陛下の御座すところまで、ご案内いたします」
ドミニクの案内で、ローゼたちは王宮の中へと招き入れられた。
エーデルシュタイン家やアインホルン家の屋敷よりも更に絢爛な宮殿の内装に、ローゼは目を奪われた。
読み書きを覚えて、最初に読んだ絵本にあった「お城」を見た時、この世にこのようなものがあるのかと驚いたローゼだったが、まさか、自分が本物の「お城」に来る機会があるとは考えていなかった。
「……謁見の間は、こちらの方向ではなかったと存じますが」
それまで押し黙って歩いていたユリアンが、ドミニクに声をかけた。
「今回のことは、しかるべき時まで公にしたくないそうです。普段とは異なる応対をさせていただきますこと、ご了承ください」
ドミニクは、やや申し訳なさそうな顔で答えた。
「これは、思っていたよりも大事のようだね」
囁くように、クラウスが言った。
やがて、一同は豪奢な造りの扉の前に到着した。
ドミニクが恭しく扉を叩くと、室内から男の声で返答があった。
「こちらに、国王陛下が御座します。では、お入りください」
そう言って、ドミニクは扉を開けた。
彼の案内で、ローゼたちは室内へと進んだ。
そこは、内装は煌びやかではあるが、謁見の間のような畏まった場所ではなく、長椅子や卓子が配置された、いわゆる客間だった。
部屋の奥側に並んだ二つの豪華な椅子の一方には、白に近い金髪に王冠を戴き、毛皮付きの袖なし外套をまとった五十がらみの男が、護衛を従えて、ゆったりと座っている。
彼――フランメ王国の王、ルドルフの姿は、新聞の姿絵などで、ローゼも目にしたことがあった。
もう一方の椅子に座っている男の姿を見たユリアンとクラウスが、はっと息を呑んだ。
それは、夜の闇を思わせる黒い髪と瞳を持ち、精緻な模様の織り込まれた生地の長衣をまとった四十代後半に見える男だった。
「こちらがローゼ・アインホルン伯爵令嬢、そして義理の両親であるアインホルン伯爵夫妻と、ローゼ嬢の婚約者、ユリアン・エーデルシュタイン伯爵です」
ドミニクがローゼたちを紹介すると、ルドルフは鷹揚に頷いた。
「大儀であった。そなたたちも、掛けるがよい」
王に促され、ローゼたちは、クラウス夫妻とユリアンが彼女を挟む形で、勧められた長椅子に座った。
「余がフランメ王国国王のルドルフだ。そして、隣に御座すのが、グロリア帝国皇帝、マクシムス三世陛下である」
王に紹介を受けたグロリア帝国皇帝、マクシムス三世は、無言で頷くと、その黒い瞳でローゼを見つめた。
「事件に巻き込まれたばかりだというのに、急に呼び出して申し訳なかったな」
言って、王が微笑みながらローゼを見た。
「いえ……本日はお招きに与り、光栄にございます」
緊張に、少し震えながらローゼは答えた。
「よいよい、楽にするがいい。今回は、確認したいことがあって、そなたを呼んだのだ」
「確認したいこと、でございますか」
今でこそ名義上はアインホルン家の令嬢だが、元は身元不明の奴隷同然だった身である自分に、国王は、どのような用件があるというのか――ローゼは首を傾げた。
「ここからは、余が説明した方が良いだろう」
それまで黙っていた皇帝、マクシムス三世が口を開いた。
途端に、場の空気が張り詰めるのをローゼは感じた。
そもそも、何故、グロリア帝国の皇帝が同席しているのかも、彼女には見当がつかなかった。
それは、ユリアンたちも同様なのだろう。
しかし、国賓である皇帝を前に、ユリアンも何か言いたげなのを堪えている。
「まず、ローゼ殿について確認したいことがある。熱い湯と、布を持ってきて欲しい」
皇帝の言葉を受けて、ルドルフ王は、傍に控えていた侍従のドミニクに何かを命じた。
少しの間の後、一人の女官が、熱い湯の入った洗面器と布を配膳などに使う台車に載せて運んできた。
「――ローゼ殿、うら若い女性に対して失礼に当たるのは重々承知だが、服をずらして、右肩の後ろを見せてもらえないだろうか」
皇帝の言葉に、ローゼは思わずユリアンと顔を見合わせた。
ローゼとユリアンを乗せた馬車は、指定の時刻通り、王宮の入り口に到着した。
ほぼ同時に着いた別の馬車から、ローゼたち同様に正装したクラウスとゾフィ夫妻が降りてきた。
彼らもまた、ローゼの「義理の両親」として招かれたのだ。
普段は共に余裕のある態度のクラウスたちだが、流石に緊張を隠せない様子を見せている。
「舞踏会などで、大勢の中の一人として陛下に謁見するのとは違った緊張感があるね」
ローゼとユリアンの姿を見たクラウスが言った。
「私……粗相をしないか心配で……」
固くなっているローゼの肩に、ユリアンが手を置いた。
「お前の礼儀作法は完璧だ。案ずることはない」
「そうよ。ローゼちゃんは立派な淑女よ」
ゾフィも、そう言って微笑んだ。
「皆様、ようこそ御出でくださいました」
国王の侍従、ドミニクが、数名の部下らしき者と共にローゼたちを迎えた。
「では、陛下の御座すところまで、ご案内いたします」
ドミニクの案内で、ローゼたちは王宮の中へと招き入れられた。
エーデルシュタイン家やアインホルン家の屋敷よりも更に絢爛な宮殿の内装に、ローゼは目を奪われた。
読み書きを覚えて、最初に読んだ絵本にあった「お城」を見た時、この世にこのようなものがあるのかと驚いたローゼだったが、まさか、自分が本物の「お城」に来る機会があるとは考えていなかった。
「……謁見の間は、こちらの方向ではなかったと存じますが」
それまで押し黙って歩いていたユリアンが、ドミニクに声をかけた。
「今回のことは、しかるべき時まで公にしたくないそうです。普段とは異なる応対をさせていただきますこと、ご了承ください」
ドミニクは、やや申し訳なさそうな顔で答えた。
「これは、思っていたよりも大事のようだね」
囁くように、クラウスが言った。
やがて、一同は豪奢な造りの扉の前に到着した。
ドミニクが恭しく扉を叩くと、室内から男の声で返答があった。
「こちらに、国王陛下が御座します。では、お入りください」
そう言って、ドミニクは扉を開けた。
彼の案内で、ローゼたちは室内へと進んだ。
そこは、内装は煌びやかではあるが、謁見の間のような畏まった場所ではなく、長椅子や卓子が配置された、いわゆる客間だった。
部屋の奥側に並んだ二つの豪華な椅子の一方には、白に近い金髪に王冠を戴き、毛皮付きの袖なし外套をまとった五十がらみの男が、護衛を従えて、ゆったりと座っている。
彼――フランメ王国の王、ルドルフの姿は、新聞の姿絵などで、ローゼも目にしたことがあった。
もう一方の椅子に座っている男の姿を見たユリアンとクラウスが、はっと息を呑んだ。
それは、夜の闇を思わせる黒い髪と瞳を持ち、精緻な模様の織り込まれた生地の長衣をまとった四十代後半に見える男だった。
「こちらがローゼ・アインホルン伯爵令嬢、そして義理の両親であるアインホルン伯爵夫妻と、ローゼ嬢の婚約者、ユリアン・エーデルシュタイン伯爵です」
ドミニクがローゼたちを紹介すると、ルドルフは鷹揚に頷いた。
「大儀であった。そなたたちも、掛けるがよい」
王に促され、ローゼたちは、クラウス夫妻とユリアンが彼女を挟む形で、勧められた長椅子に座った。
「余がフランメ王国国王のルドルフだ。そして、隣に御座すのが、グロリア帝国皇帝、マクシムス三世陛下である」
王に紹介を受けたグロリア帝国皇帝、マクシムス三世は、無言で頷くと、その黒い瞳でローゼを見つめた。
「事件に巻き込まれたばかりだというのに、急に呼び出して申し訳なかったな」
言って、王が微笑みながらローゼを見た。
「いえ……本日はお招きに与り、光栄にございます」
緊張に、少し震えながらローゼは答えた。
「よいよい、楽にするがいい。今回は、確認したいことがあって、そなたを呼んだのだ」
「確認したいこと、でございますか」
今でこそ名義上はアインホルン家の令嬢だが、元は身元不明の奴隷同然だった身である自分に、国王は、どのような用件があるというのか――ローゼは首を傾げた。
「ここからは、余が説明した方が良いだろう」
それまで黙っていた皇帝、マクシムス三世が口を開いた。
途端に、場の空気が張り詰めるのをローゼは感じた。
そもそも、何故、グロリア帝国の皇帝が同席しているのかも、彼女には見当がつかなかった。
それは、ユリアンたちも同様なのだろう。
しかし、国賓である皇帝を前に、ユリアンも何か言いたげなのを堪えている。
「まず、ローゼ殿について確認したいことがある。熱い湯と、布を持ってきて欲しい」
皇帝の言葉を受けて、ルドルフ王は、傍に控えていた侍従のドミニクに何かを命じた。
少しの間の後、一人の女官が、熱い湯の入った洗面器と布を配膳などに使う台車に載せて運んできた。
「――ローゼ殿、うら若い女性に対して失礼に当たるのは重々承知だが、服をずらして、右肩の後ろを見せてもらえないだろうか」
皇帝の言葉に、ローゼは思わずユリアンと顔を見合わせた。
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