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使者
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「健康状態には特に問題ないということで、明日には自宅へ帰れるそうです。エルマさんたちにも、連絡しておきました」
任務で忙しい合間を縫って病室へ面会に来たユリアンに、ローゼは報告した。
「そうか、それは良かった」
ユリアンは、安堵の微笑みを浮かべた。
「そういえば、テオ様の妹さんは、どうされているのでしょうか」
ローゼは、自分を襲う振りをして殺されないよう時間稼ぎをしてくれたテオを気にかけていた。
彼が、妹を守る為にベルタの言いなりになっていたことを知り、兄妹を助けたいと考えたのだ。
「ああ、あの男の妹は、俺が後見人ということにして、寄宿舎のある学校への編入手続きをしているところだ」
「では、住むところも、食べるものも心配ないのですね」
「そうだな。……お前は、他人の心配ばかりだな」
そう言って、ユリアンは、寝台に腰かけているローゼの髪を愛おしそうに撫でた。
「……いつも、お腹が空いているのも、硬い床の上で寝なければならないのも、辛いことですから」
「俺がいる限り、お前に不自由な思いはさせないさ」
ユリアンに抱きしめられ、ローゼは幸せに包まれていた。
と、病室の扉を叩く音が聞こえた。
どうぞ、とローゼが答えると、白衣を着た看護婦が入ってきた。
「失礼します。ご面会の方がお見えになっているのですが……」
「どなたでしょうか?」
「それが、王室からの使いと名乗られていて……お通しして、よろしいでしょうか?」
看護婦が、緊張した面持ちで説明した。
「王室からの使い? 心当たりはないが……」
ユリアンが首を傾げた。
ローゼも、王室からの使いが来るという状況など想像したことすらなく、不安になった。
「ローゼ、とりあえず会うしかないだろう。俺が一緒にいてやるから、心配するな」
「はい、ユリアン様」
少し経って、看護婦の案内で「面会人」が病室へ入ってきた。
派手さはないが、貴族らしい身なりをした、三十歳前後の見るからに実直そうな男だ。
看護婦が部屋から出たのを確認すると、男は口を開いた。
「お初にお目にかかります。私は、国王陛下の侍従を務めております、ドミニク・キルシュと申します。そちらのお方が、ローゼ・アインホルン伯爵令嬢ですね」
「は、はい……」
寝台から降りようとしたローゼを、そのままでいい、と、ドミニクは制止した。
「陛下の侍従といえば、陛下に直接お仕えする立場の方では……そのような方が、何故……」
珍しく狼狽する様子を見せるユリアンの姿に、ローゼも、これが只事ではないのだと悟った。
「あなたは、ローゼ殿のご家族でしょうか?」
「わ、私は、彼女の……婚約者のユリアン・エーデルシュタイン伯爵と申します」
「……左様ですか」
ユリアンの言葉に、ドミニクは一瞬、何かを考える素振りを見せた後、懐から一通の封書を取り出した。
「こちらは、国王陛下からのお手紙です。ローゼ殿に直接お渡しするようにと」
「その封蝋は、正しく国王陛下の……」
封蝋の印章を目にしたユリアンの、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
ローゼは、ドミニクが差し出した封書を、震える手で受け取った。
「あの、ユリアン様にも、一緒に見ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
言って、ローゼはユリアンの顔を見上げた。
「卿は、ローゼ殿の保護者でもあるのですね。いいでしょう」
ドミニクは、ユリアンの顔を見ながら頷いた。
ローゼは、脇机の引き出しにあった紙切り小刀で慎重に封書を開け、手紙を取り出した。
上質な紙に認められていた内容は、事件に遭ったローゼへの見舞いと、王が彼女への面会を求めるというものだった。
「明後日……ですか? 国王陛下が、何故、私などに……怖いです、ユリアン様」
ローゼが不安げに言うと、ユリアンは彼女の肩を、そっと抱いた。
「ご安心ください。陛下は、決して、よくない意味でローゼ殿をお召しになる訳ではありません」
「……理由を、お聞かせ願えませんか。それに、謁見が明後日とは、急すぎる話です」
穏やかに微笑むドミニクに、ユリアンが詰問するかのような調子で言った。
「申し訳ありませんが、これは、極秘にしなければならない事項なのです。詳しい事情は、陛下にお目にかかった際、直接お聞きください。たしかに、急がせてしまうことになりますが、どうしても譲れない事情がありまして」
ドミニクの言葉を聞いて、ユリアンは口元を歪めたが、何か言いたいのを堪えている様子だった。
何かあれば自分に連絡するようにと告げて、ドミニクは帰っていった。
「……譲れない事情とは、一体何なのだ」
ユリアンが、不安と苛立ちの入り交じった表情で呟いた。
「明後日といえば、グロリア帝国の皇帝陛下が、まだ滞在されている期間ですよね。それなのに、国王陛下が私などに時間を割いて大丈夫なのでしょうか」
ローゼは、考えてもいなかった状況を前に、ただひたすら戸惑いを感じていた。
任務で忙しい合間を縫って病室へ面会に来たユリアンに、ローゼは報告した。
「そうか、それは良かった」
ユリアンは、安堵の微笑みを浮かべた。
「そういえば、テオ様の妹さんは、どうされているのでしょうか」
ローゼは、自分を襲う振りをして殺されないよう時間稼ぎをしてくれたテオを気にかけていた。
彼が、妹を守る為にベルタの言いなりになっていたことを知り、兄妹を助けたいと考えたのだ。
「ああ、あの男の妹は、俺が後見人ということにして、寄宿舎のある学校への編入手続きをしているところだ」
「では、住むところも、食べるものも心配ないのですね」
「そうだな。……お前は、他人の心配ばかりだな」
そう言って、ユリアンは、寝台に腰かけているローゼの髪を愛おしそうに撫でた。
「……いつも、お腹が空いているのも、硬い床の上で寝なければならないのも、辛いことですから」
「俺がいる限り、お前に不自由な思いはさせないさ」
ユリアンに抱きしめられ、ローゼは幸せに包まれていた。
と、病室の扉を叩く音が聞こえた。
どうぞ、とローゼが答えると、白衣を着た看護婦が入ってきた。
「失礼します。ご面会の方がお見えになっているのですが……」
「どなたでしょうか?」
「それが、王室からの使いと名乗られていて……お通しして、よろしいでしょうか?」
看護婦が、緊張した面持ちで説明した。
「王室からの使い? 心当たりはないが……」
ユリアンが首を傾げた。
ローゼも、王室からの使いが来るという状況など想像したことすらなく、不安になった。
「ローゼ、とりあえず会うしかないだろう。俺が一緒にいてやるから、心配するな」
「はい、ユリアン様」
少し経って、看護婦の案内で「面会人」が病室へ入ってきた。
派手さはないが、貴族らしい身なりをした、三十歳前後の見るからに実直そうな男だ。
看護婦が部屋から出たのを確認すると、男は口を開いた。
「お初にお目にかかります。私は、国王陛下の侍従を務めております、ドミニク・キルシュと申します。そちらのお方が、ローゼ・アインホルン伯爵令嬢ですね」
「は、はい……」
寝台から降りようとしたローゼを、そのままでいい、と、ドミニクは制止した。
「陛下の侍従といえば、陛下に直接お仕えする立場の方では……そのような方が、何故……」
珍しく狼狽する様子を見せるユリアンの姿に、ローゼも、これが只事ではないのだと悟った。
「あなたは、ローゼ殿のご家族でしょうか?」
「わ、私は、彼女の……婚約者のユリアン・エーデルシュタイン伯爵と申します」
「……左様ですか」
ユリアンの言葉に、ドミニクは一瞬、何かを考える素振りを見せた後、懐から一通の封書を取り出した。
「こちらは、国王陛下からのお手紙です。ローゼ殿に直接お渡しするようにと」
「その封蝋は、正しく国王陛下の……」
封蝋の印章を目にしたユリアンの、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
ローゼは、ドミニクが差し出した封書を、震える手で受け取った。
「あの、ユリアン様にも、一緒に見ていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
言って、ローゼはユリアンの顔を見上げた。
「卿は、ローゼ殿の保護者でもあるのですね。いいでしょう」
ドミニクは、ユリアンの顔を見ながら頷いた。
ローゼは、脇机の引き出しにあった紙切り小刀で慎重に封書を開け、手紙を取り出した。
上質な紙に認められていた内容は、事件に遭ったローゼへの見舞いと、王が彼女への面会を求めるというものだった。
「明後日……ですか? 国王陛下が、何故、私などに……怖いです、ユリアン様」
ローゼが不安げに言うと、ユリアンは彼女の肩を、そっと抱いた。
「ご安心ください。陛下は、決して、よくない意味でローゼ殿をお召しになる訳ではありません」
「……理由を、お聞かせ願えませんか。それに、謁見が明後日とは、急すぎる話です」
穏やかに微笑むドミニクに、ユリアンが詰問するかのような調子で言った。
「申し訳ありませんが、これは、極秘にしなければならない事項なのです。詳しい事情は、陛下にお目にかかった際、直接お聞きください。たしかに、急がせてしまうことになりますが、どうしても譲れない事情がありまして」
ドミニクの言葉を聞いて、ユリアンは口元を歪めたが、何か言いたいのを堪えている様子だった。
何かあれば自分に連絡するようにと告げて、ドミニクは帰っていった。
「……譲れない事情とは、一体何なのだ」
ユリアンが、不安と苛立ちの入り交じった表情で呟いた。
「明後日といえば、グロリア帝国の皇帝陛下が、まだ滞在されている期間ですよね。それなのに、国王陛下が私などに時間を割いて大丈夫なのでしょうか」
ローゼは、考えてもいなかった状況を前に、ただひたすら戸惑いを感じていた。
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