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急転

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 激昂し、ぜいぜいと肩で息をしているベルタの背後から、扉を叩く音と、男の声が聞こえてきた。
「開けてくれ、俺だ、テオだ」
 ベルタが苛立った様子で扉を開けると、そこにいたのは、大通りでローゼに声をかけてきた男――テオだった。
 最初に会った時には貴族風の服装だったが、今のテオは一般市民と変わらない格好をしている。
 彼も、ベルタの仲間だったのだ。
「遅いじゃない。どこで油売ってたのよ」
「その子を連れ出した時の格好だと不味まずいと思って、着替えてきたんだ」
 ベルタに苛立ちをぶつけられて怯んだのか、びくりと身を縮めながら、テオが答えた。
「……まぁ、いいわ。あなたの最後の仕事よ。この女を殺しなさい。それで、借金は帳消しよ」
 ローゼは、ベルタの言葉に身を強張らせた。
「殺し方は任せるわ。刃物がよければ、そこにあるし、鈍器で殴るのでも首を絞めるのでも何でも構わないわ」
 ベルタが顎で指し示した先の床には、瓦落多がらくたに紛れて、一本の短剣が転がっている。
「ああ、でも、なるべく時間をかけて、長く苦しめる方がいいわね。ひと息に殺したのでは面白くないわ」
 そう言いながら、ベルタは、にやりと笑った。
「……本当に、やらなければ駄目なのか? 痛めつけて、遠くへ捨ててくるとかでは……?」
 テオが、震える声で言った。
「あんたって、本当に馬鹿なのね。生かしておいたら、私たちのやったことが露見してしまうじゃないの。ここまで来たら、最後までやるしかないのよ」
 ベルタとテオのやり取りを聞きながら、ローゼは絶望の中にいた。
 ――私のような者がユリアン様と幸せになろうだなんて、やっぱり分不相応だったんだ……
「……だったら、最後に『味見』くらいしても、いいだろう?」
 テオの言葉に、ベルタは一瞬首を傾げたが、すぐに下品な笑いを浮かべて言った。
「意気地なしのくせに、あなたも男ってことね。好きにしなさい。ずたずたに犯してから殺すのも、いいわね」
 近付いてくるテオの姿を見上げていたローゼの両目から、涙がこぼれた。
「お、お願いです……殺すなら、すぐに殺して……ユリアン様以外の方と……そんな……」
 愛するユリアン以外の男にけがされるくらいなら、ひと思いに殺された方が、まだましであると、ローゼは思った。
「若い美人は、やっぱり、いい匂いがするな」
 そう言って屈み込んだテオが、ローゼの服の襟元に手をかけ、顔を寄せてきた。
 がくがくと身を震わせ、涙を流しているローゼの耳元で、テオが、彼女にしか聞こえない小声で囁いた。
「もう少し時間を稼がなければならない、辛抱してくれ」
 そして、テオはローゼの襟元のボタンを外そうとするふりをしているようだった。
「何を、もたもたしているのよ」
 ベルタが、苛立ちを露わにして言った。
「女の服というのは、色々とややこしくてな。ベルタ嬢も、分かるだろう?」
「そんなもの、破るなり刃物で切るなりすればいいじゃない」
「それじゃあ、駄目だ。じっくり脱がせるほうが、興奮するんだよ」
「あなた、意外と気持ち悪いのね」
 テオの言葉に、ベルタが若干あきれたような溜め息をついた。
 その時。
 部屋の扉が荒々しく開かれたかと思うと、数人の男たちが飛び込んできた。
 同時に破られた窓からも、次々に男たちが入ってくる。
 見る間に、ローゼたちの周囲を、男たちが取り囲んだ。
 彼らは武装しているが、身に着けている制服は警察のものではない。
 ローゼは、男たちが「貴族監督省きぞくかんとくしょう」の兵士だということに気付いた。
「な……何故、貴族監督省きぞくかんとくしょうが……?! 見張りたちは何をしてるのよ?!」
 ベルタは呆然と立ち尽くしているが、テオは抵抗する意思のないことを示しているのか、立ち上がって両手を上げている。
「ベルタ・マウアー子爵令嬢だな」
 その声を聞いたローゼは、安堵に包まれた。
「ユリアン様……!」
「遅くなったな。誰か、彼女の拘束を解け!」
 指揮官の制服を身に着けたユリアンの指示で、兵士の一人が、ローゼを縛っている縄を解いた。
「外の見張りたちは、全員拘束した。ベルタ・マウアー、ローゼ・アインホルン伯爵令嬢誘拐の容疑で逮捕する」
 身体を震わせているベルタに、ユリアンが冷たい声で告げた。
「い、妹は……アンナ・クラッセンは、保護してくれたんですか?」
 兵士たちに両脇から捕まえられながら、テオが言った。
「安心しろ。アンナ・クラッセンの身柄は保護したと、部下から連絡があった」
 ユリアンの言葉に、テオが深い溜め息をついた。
「テオ……あなた、裏切ったのね」
 ベルタが、怒りに震える声で呟いた。
「もっと早く、こうしておけば良かったと思うよ」
 泣き顔と笑顔が相半あいなかばしたような表情で、テオが答えた。
 ベルタは目を伏せ、数秒間考える素振りを見せた後、ユリアンを見据えて言った。
「分かりました。抵抗するつもりはありません。でも、せめて、ユリアン様のお手で手錠をかけていただけませんか」
「……いいだろう」
 ユリアンが懐から手錠を取り出しながら近付くと、ベルタは大人しく両手を差し出した。
 と、ローゼは、ベルタの服の袖口から、何か丸いものが落ちるのを見た。
 次の瞬間、視界が閃光に包まれ、空気が激しく振動した。
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