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互いの想い
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家庭教師たちの授業は、ローゼの理解度に合わせて進展していく。
彼女の進歩に、教師たちも舌を巻いていた。
また、礼儀作法も、何も知らない者がローゼを見たなら、生まれながらの貴族の令嬢だと思って疑わないだろうというところまで習得を終えている。
知識が増えるにつれ、ローゼが書庫で選ぶ書物も、徐々に難しいものへと移っていた。
彼女が主に読んでいるのは小説だ。
虚構の世界とはいえ、数々の物語を読むことは、幾つもの人生を経験するのに似ていた。
世界の有り様や人々の心の機微、当たり前に使われている慣用句や暗喩など、長らく狭い世界に閉じ込められていたローゼにとって、小説は生きる上での格好の教科書と言えた。
今、ローゼが読んでいるのは、男女の恋愛を扱った作品たちである。
家族すら知らないローゼにとって「愛」とは未知のものだった。
しかし、ユリアンと触れ合ううちに、彼女の胸を満たしていく温かさと、同時に胸を締め付けられるような感覚は、物語に登場する「恋」や「愛」に似ているのではないかと思えた。
だが、知識を得て、自らの気持ちを言葉に置き換えることができるようになったローゼには、別の苦しみが生まれた。
奴隷制度が撤廃され、ローゼも人としての権利を得たとはいえ、この国では依然として身分制度が色濃く残っている。
自分がユリアンを思っているとしても、社会的地位が、かけ離れ過ぎている。
貴族であるユリアンに思いを向けることすら、本来は許されないのではないかと、ローゼは悩んだ。
――私が、あまりにみすぼらしかったから、ユリアン様は憐れんでくれただけ……ぶっきらぼうだけど根は優しい方だから、私にも優しくしてくれているだけ……勘違いしてはいけない……
ローゼは自分の気持ちを抑えようとしていたが、一方で、クラウスがローゼに自分のものになるよう求めた際の、ユリアンの態度も気になっていた。
――あの時、ユリアン様は酷く嫌なお顔をされていた……私の自由にしろと言ってくれてはいたけれど、内心では、そうではなかったのだろうか。もし、ユリアン様が、私を誰かに渡すことをよしとしないのだとしたら……いや、自分に都合よく考えるのは良くない……
考える程に胸が苦しくなってしまう――ローゼは読みかけの本を開いて、物語の世界へと逃避した。
その物語では、身分違いの男女がすれ違いを繰り返しながら心を通わせていく様が描かれている。
読み進むうちに、ローゼは、二人が互いの想いを確認した後の場面に、意味のよく分からない言葉を見つけた。
――「二人は、一晩中愛し合った」って、どういうことなんだろう。この一文の後、明らかに二人の関係に変化があったように見えるけれど……
辞書で調べてみても、愛し合うとは互いに愛することとだけ記載されており、どうも、何かの暗喩なのではないかと、ローゼは考えた。
その時、書庫に誰かが入ってくる音がした。
振り向いたローゼの視線の先に立っていたのは、ユリアンだった。
「相変わらず、本が好きだな」
いつもの、ぶっきらぼうな口調で彼は言った。
出会った当初であれば、ただ怖いと感じたかもしれないが、今なら、こうして声をかけてくれることそのものが、ユリアンなりの気遣いなのだと、ローゼも理解していた。
「あの……この本の中に、よく分からない部分があって」
ローゼとしては、ユリアンに話しかける口実になれば何でもよかった。
「どれ、見せてみろ」
「この……『二人は、一晩中愛し合った』って、どういう意味でしょうか」
ローゼの差し出した本に目をやったユリアンは、一瞬、息を呑むような様子を見せた。
少しの間、逡巡していたユリアンが、口を開いた。
「この場合の『愛し合う』というのは、男女が交わって互いの肉体が結ばれることだ」
「……交わり……肉体が、結ばれる……ですか?」
ローゼは首を傾げた。世間と隔絶された環境で生きてきた彼女には、当然そういった知識を得る機会など無く、具体的に、どのようなことをするのかまでは想像できなかった。
「そうだな、お前は何も知らないか」
言って、ユリアンは一瞬笑ったように見えたが、その表情は、どこか苦しげだった。
「……俺は、お前と『愛し合い』たいと思っている」
ローゼは、ユリアンの言葉を咀嚼して飲み込むのに、かなりの時間を要した。
彼女の進歩に、教師たちも舌を巻いていた。
また、礼儀作法も、何も知らない者がローゼを見たなら、生まれながらの貴族の令嬢だと思って疑わないだろうというところまで習得を終えている。
知識が増えるにつれ、ローゼが書庫で選ぶ書物も、徐々に難しいものへと移っていた。
彼女が主に読んでいるのは小説だ。
虚構の世界とはいえ、数々の物語を読むことは、幾つもの人生を経験するのに似ていた。
世界の有り様や人々の心の機微、当たり前に使われている慣用句や暗喩など、長らく狭い世界に閉じ込められていたローゼにとって、小説は生きる上での格好の教科書と言えた。
今、ローゼが読んでいるのは、男女の恋愛を扱った作品たちである。
家族すら知らないローゼにとって「愛」とは未知のものだった。
しかし、ユリアンと触れ合ううちに、彼女の胸を満たしていく温かさと、同時に胸を締め付けられるような感覚は、物語に登場する「恋」や「愛」に似ているのではないかと思えた。
だが、知識を得て、自らの気持ちを言葉に置き換えることができるようになったローゼには、別の苦しみが生まれた。
奴隷制度が撤廃され、ローゼも人としての権利を得たとはいえ、この国では依然として身分制度が色濃く残っている。
自分がユリアンを思っているとしても、社会的地位が、かけ離れ過ぎている。
貴族であるユリアンに思いを向けることすら、本来は許されないのではないかと、ローゼは悩んだ。
――私が、あまりにみすぼらしかったから、ユリアン様は憐れんでくれただけ……ぶっきらぼうだけど根は優しい方だから、私にも優しくしてくれているだけ……勘違いしてはいけない……
ローゼは自分の気持ちを抑えようとしていたが、一方で、クラウスがローゼに自分のものになるよう求めた際の、ユリアンの態度も気になっていた。
――あの時、ユリアン様は酷く嫌なお顔をされていた……私の自由にしろと言ってくれてはいたけれど、内心では、そうではなかったのだろうか。もし、ユリアン様が、私を誰かに渡すことをよしとしないのだとしたら……いや、自分に都合よく考えるのは良くない……
考える程に胸が苦しくなってしまう――ローゼは読みかけの本を開いて、物語の世界へと逃避した。
その物語では、身分違いの男女がすれ違いを繰り返しながら心を通わせていく様が描かれている。
読み進むうちに、ローゼは、二人が互いの想いを確認した後の場面に、意味のよく分からない言葉を見つけた。
――「二人は、一晩中愛し合った」って、どういうことなんだろう。この一文の後、明らかに二人の関係に変化があったように見えるけれど……
辞書で調べてみても、愛し合うとは互いに愛することとだけ記載されており、どうも、何かの暗喩なのではないかと、ローゼは考えた。
その時、書庫に誰かが入ってくる音がした。
振り向いたローゼの視線の先に立っていたのは、ユリアンだった。
「相変わらず、本が好きだな」
いつもの、ぶっきらぼうな口調で彼は言った。
出会った当初であれば、ただ怖いと感じたかもしれないが、今なら、こうして声をかけてくれることそのものが、ユリアンなりの気遣いなのだと、ローゼも理解していた。
「あの……この本の中に、よく分からない部分があって」
ローゼとしては、ユリアンに話しかける口実になれば何でもよかった。
「どれ、見せてみろ」
「この……『二人は、一晩中愛し合った』って、どういう意味でしょうか」
ローゼの差し出した本に目をやったユリアンは、一瞬、息を呑むような様子を見せた。
少しの間、逡巡していたユリアンが、口を開いた。
「この場合の『愛し合う』というのは、男女が交わって互いの肉体が結ばれることだ」
「……交わり……肉体が、結ばれる……ですか?」
ローゼは首を傾げた。世間と隔絶された環境で生きてきた彼女には、当然そういった知識を得る機会など無く、具体的に、どのようなことをするのかまでは想像できなかった。
「そうだな、お前は何も知らないか」
言って、ユリアンは一瞬笑ったように見えたが、その表情は、どこか苦しげだった。
「……俺は、お前と『愛し合い』たいと思っている」
ローゼは、ユリアンの言葉を咀嚼して飲み込むのに、かなりの時間を要した。
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