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池の中の魚
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ある日の午後、ローゼは屋敷の中庭にいた。
小さな可愛らしい丸屋根の東屋と、色とりどりの小魚たちが遊ぶ池のある中庭は、静かで居心地が良く、ローゼが読書を楽しむ場所の一つにもなっていた。
厨房で分けてもらったパン屑を少しずつ池に撒いてやると、小魚たちが寄ってくる。
彼らが無心に餌を食べる様が可愛いと、ローゼは微笑んだ。
――私も、この魚たちみたい。
ユリアンも、自分の手から餌を食べる生き物を可愛く思うような感覚で、ローゼの面倒を見ているのかもしれない――彼女は、そんなことを考えていた。
その時、ローゼは他の人間の気配を感じた。
ユリアンも中庭に来たのだろうか――そう思って顔を上げた彼女が見たのは、見知らぬ青年だった。
年の頃はユリアンと変わらない、女のような優し気な顔立ちに、緩く束ねた金茶色の長い髪と緑色の目をした青年……服装からすると貴族のようだが、彼が屋敷の関係者でないことは、ローゼにも分かった。
青年はローゼの姿を目にして驚きの表情を浮かべたかと思うと、早足で彼女に近付いてきた。
どうしていいか分からず身を竦ませていたローゼは、その腕を青年に掴まれて、思わず小さく声を上げた。
「あぁ、本物なのか。てっきり、水の妖精か何かだと思ってしまったよ」
ローゼの腕を掴んだまま、青年が言った。
「あ、あなたは、何方です……?!」
ようやく、ローゼは言葉を絞り出した。
「何もしないから、怖がらないでくれないか」
震えながら涙ぐんでいるローゼを見て、青年は狼狽したようだった。
「クラウス、勝手に人の屋敷の中を歩き回るなと言っているだろう」
背後から聞こえてきた声を聞いて、ローゼは安堵した。
「ユリアン様!」
青年――クラウスの手が一瞬緩んだ隙に、ローゼは彼から逃れ、ユリアンに駆け寄った。
「どうした、ローゼ。何かされたのか?!」
ローゼを抱き寄せると、ユリアンはクラウスを睨みつけた。
ユリアンの普段は冷たく静かな菫色の目が、一瞬ではあるが激しく燃え立つのを見たローゼは、背中にぞくりとするものを感じた。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。挨拶していただけだよ」
クラウスと呼ばれた青年が、肩を竦めた。
「……彼女は、お前の遊び相手の女どもとは違う。人と話すのに慣れていないんだ」
見るからに不機嫌な顔でユリアンが言った。
「その子が、あまりに綺麗だから、てっきり妖精か何かだと思ってしまってね。申し訳なかった」
クラウスは動じる様子もなく、快活に言って笑った。
ユリアンによれば、クラウスは親同士が親しくしていたことが縁で、子供の頃からの知り合いらしい。
今日は、ユリアンが休暇を消化していると聞いて、久々に顔を見に来たという。
「という訳で、ローゼ殿、僕はユリアンの親友だから安心して欲しい」
クラウスが、半ば、おどけた調子で言った。
「親同士は親しかったかもしれんが、貴様と親友になった覚えはない」
ユリアンは、素っ気なく言った。
「彼、昔から、この調子でね。君も、大変だろう?」
「いえ……ユリアン様は優しくしてくださるので、大変ではありません」
クラウスに問いかけられ、ローゼは言った。
「ユリアンが女の子に優しくしてるなんて、夏に雪が降るくらいの珍事だ」
「貴様は、昔から一々うるさいな」
ユリアンが、クラウスの言葉に小さく溜め息をついた。
小さな可愛らしい丸屋根の東屋と、色とりどりの小魚たちが遊ぶ池のある中庭は、静かで居心地が良く、ローゼが読書を楽しむ場所の一つにもなっていた。
厨房で分けてもらったパン屑を少しずつ池に撒いてやると、小魚たちが寄ってくる。
彼らが無心に餌を食べる様が可愛いと、ローゼは微笑んだ。
――私も、この魚たちみたい。
ユリアンも、自分の手から餌を食べる生き物を可愛く思うような感覚で、ローゼの面倒を見ているのかもしれない――彼女は、そんなことを考えていた。
その時、ローゼは他の人間の気配を感じた。
ユリアンも中庭に来たのだろうか――そう思って顔を上げた彼女が見たのは、見知らぬ青年だった。
年の頃はユリアンと変わらない、女のような優し気な顔立ちに、緩く束ねた金茶色の長い髪と緑色の目をした青年……服装からすると貴族のようだが、彼が屋敷の関係者でないことは、ローゼにも分かった。
青年はローゼの姿を目にして驚きの表情を浮かべたかと思うと、早足で彼女に近付いてきた。
どうしていいか分からず身を竦ませていたローゼは、その腕を青年に掴まれて、思わず小さく声を上げた。
「あぁ、本物なのか。てっきり、水の妖精か何かだと思ってしまったよ」
ローゼの腕を掴んだまま、青年が言った。
「あ、あなたは、何方です……?!」
ようやく、ローゼは言葉を絞り出した。
「何もしないから、怖がらないでくれないか」
震えながら涙ぐんでいるローゼを見て、青年は狼狽したようだった。
「クラウス、勝手に人の屋敷の中を歩き回るなと言っているだろう」
背後から聞こえてきた声を聞いて、ローゼは安堵した。
「ユリアン様!」
青年――クラウスの手が一瞬緩んだ隙に、ローゼは彼から逃れ、ユリアンに駆け寄った。
「どうした、ローゼ。何かされたのか?!」
ローゼを抱き寄せると、ユリアンはクラウスを睨みつけた。
ユリアンの普段は冷たく静かな菫色の目が、一瞬ではあるが激しく燃え立つのを見たローゼは、背中にぞくりとするものを感じた。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。挨拶していただけだよ」
クラウスと呼ばれた青年が、肩を竦めた。
「……彼女は、お前の遊び相手の女どもとは違う。人と話すのに慣れていないんだ」
見るからに不機嫌な顔でユリアンが言った。
「その子が、あまりに綺麗だから、てっきり妖精か何かだと思ってしまってね。申し訳なかった」
クラウスは動じる様子もなく、快活に言って笑った。
ユリアンによれば、クラウスは親同士が親しくしていたことが縁で、子供の頃からの知り合いらしい。
今日は、ユリアンが休暇を消化していると聞いて、久々に顔を見に来たという。
「という訳で、ローゼ殿、僕はユリアンの親友だから安心して欲しい」
クラウスが、半ば、おどけた調子で言った。
「親同士は親しかったかもしれんが、貴様と親友になった覚えはない」
ユリアンは、素っ気なく言った。
「彼、昔から、この調子でね。君も、大変だろう?」
「いえ……ユリアン様は優しくしてくださるので、大変ではありません」
クラウスに問いかけられ、ローゼは言った。
「ユリアンが女の子に優しくしてるなんて、夏に雪が降るくらいの珍事だ」
「貴様は、昔から一々うるさいな」
ユリアンが、クラウスの言葉に小さく溜め息をついた。
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