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第一部

episode53 「見せてくれ、騎士殿。そして納得させてくれ」

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 着替える時間すら与えられず、武器を持つことを許されず、長鎗の彼女と共に村長の家へと向かうことになった。ずっと白髪を晒している状態であることに、心内が暗いもやもやとした不安の霧で満たされる。どこから来るとも分からない嘲笑が、私の身体を浪のように不安感が揺らす。
 移動中、朝とはいえ村がやけに静かなのが気になった。
 村長の家へ着くと、果たして副村長だけが椅子に鎮座していた。

「おはようございます」

 そう切り口上の挨拶をする。
 すると副村長は「ん」とだけ返事をして立ち上がった。

「随分と悠長な朝だったじゃないか」

 顔にうっすらと柔らかな皺を刻みながら、ろくろを回す。ほくそ笑んでいるようだ。

「申し訳ありません」

 心苦しく思う。
 即座に鉄拳が飛んでこないことに若干の違和感を覚えながら。わざと虚偽の時間を教えられ、集合してみれば既にその時は過ぎていた、ということがよくあったのを思い出した。

「珍しいな、リーデもロラも。お前らいつも朝早ぇだろ」

 想像は出来る。

「その件なのですが、お父様。ラヴァーグさん。報告したいことが」

 戦争に行く軍人のように表情を引き締めて、言う。対して、二人して頭に「はてな」が浮いて見えそうなほど、疑惑の眉を寄せた。それはそうだ。朝寝坊だと突いたら、報告があると言われたのだから。

「なんだ、ただの朝寝坊じゃねぇのか」

 目には軽い疑いが垣間見える。

「えぇお父様。騎士様は一人魔法によって外へ連れ出され、そこで攻撃を受けました。私たちはその介抱をしていたのです」

 それに、二人は心当たりのない場所から矢が飛んできたという顔をした。

「攻撃を受けた、だって?」

 副村長は怪訝な顔色をし、

「本当なのかリーデ」

 村長が驚きに打たれる。
 衝撃はその場にひたりと雫のように落ちて、時がほんの一瞬停止した。ただ一人、長鎗の彼女を除いて。

「そうですよね、騎士様」

 長鎗の彼女が不意打ちのように話題を投げ渡してきたため、私はほんの一瞬だけ思考が止まってしまった。だがどうせ報告すべきことだったのだ。そう思い、さっと意識を取り戻すと、そのとおりだと返事をした。

「なんだ、どういうことなんだ騎士殿」

 探るような目の光り。

「村長。これはこれで問題だけど、今は解決している場合じゃない」

 だが、意外なことに副村長が静止した。それに村長は一瞬だけ眉を顰めるが、口にしようとした言葉の代わりに息を吐き出した。
 そうだ、私たちは急ぎだと言われ呼ばれたのだ。

「騎士殿、それは悪ぃが後回しにするぜ。野盗が近づいて来てるのをアレクシが見つけてな」

 寝起きの顔に水でもかけられたようだった。

「野盗が?」

 長鎗の彼女が眉間に皺を寄せる。

「今は互いに睨み合ってる状態だが、時間の問題だろうぜ」
「ではすぐに対処しなければ」

 言うと、村長はなんともばつが悪そうな表情で眉間に皺を寄せ、頭を掻きながら唸る。

「それなんだが……」

 副村長がふん、と鼻を鳴らす。

「とりあえずリーデは早急に準備して向かったくれ」
「分かりました」

 言いながら、長鎗の彼女は急ぎ足で奥の部屋へと消えていく。
 その様子を見ながら、何故私はこの場に残されたのかを考える。危機が迫っているのだ、ならば騎士としての責務を果たすため早急に私も向かうべきである。
 だが村長は困った表情を浮かべ、副村長は陰気な顔で私から視線を外している。まさか今になって、疑って申し訳ないなんて話をするわけではあるまい。そんな場合ではないし、必要ない。
 考えて、しかしよく分からなかった。

「で、騎士殿。悪いんだがその恰好だがよ」

 村長の顔には苦い微笑が凝っていた。
 確かに、寝間着である。だがこの装いは、村長が着替えなんていいから早く来いと急かしたからだ。断じて、私が慌ててこのまま出てきたわけではない。

「すまねぇな、ラヴァーグが念のため装備はさせるなって言うもんだからよ」

 なるほど、と納得する。
 昨夜の副村長は、未だ納得しきれていない様子だったのを思い出す。

「ワタシは悪くない。朝の番に来なかったんだ、疑いもするだろう?」

 反駁することはない。
 だがそうすると、これからロラの家に戻って装備をするなど悠長なことをしている場合ではないように思う。その場合、寝間着で、素手のまま夜盗のもとへ向かうことになってしまう。
 戦えないわけではない。
 だが当然、相手も武装している。そして何より、私には何も身を護るものがない。そんな状態で戦地へ赴いたところで、果たして本当に必要だろうか。

「さて、どうするかね。俺がガキのときに使っていた手甲と肩鎧ならあるが」
「入るのであれば、お貸し頂けると」

 おう。
 言いながら、村長へ奥へと引っ込む。
 その間、副村長はばつが悪そうに頬杖をついていた。だがやがて私へと視線を向けると、テーブルに肘を置いて神妙な顔つきとなる。

「まだ完全に疑ってないわけじゃないよ、商人が来ない限りはね。だが村の危機だ。今はそれは置いておこう」
「理解しております」
「ああ。今は村のために戦ってほしい」

 それだけ言うと、また視線を中空へと泳がせる。
 立場上の問題だろう。それに状況が状況である。私はそれに応えるだけだ。
 やがて村長が金属音をがちゃつかせながら戻って来る。
 赤色の肩鎧に、鋼の手甲。たしかに、成人男性が装備するには些か小さい。だが私の身体なら身に着けられるだろう。
 それと白い洋服が一着。

「それじゃ恰好つかねぇだろ。オレリアに言って、リーデのだが騎士殿がいつも着てるやつに近い服を持ってきてもらったぜ」
「お気遣い感謝致します」

 白いワンピースを模した寝間着を見てのことだろう。恰好がつくつかないは私には分からないが、どのみちこの薄い装いだけでは些か不安だった。ありがたく借りさせてもらう。
 寝間着の上から白い、フード付きの上着を着る。背丈は長鎗の彼女のほうが高いためか、丈が少し長いが問題はない。ただ、フードの内側や、ところどころ赤い装飾が施されているのが目立って若干気になった。
 肩鎧と手甲を装備する。
 少し錆びついているが、幼少の頃に使用していたと言うにはそこまで劣化は感じられない。

「あとは、武器……武器か」

 私が防具を装備した様を眺めながら、考え込むように呟く。正直なところ、肩鎧と手甲。それにフード付きの上着まで用意してもらっているのだ。このまま素手で行けと言われようが文句は言えまい。
 だがその旨を伝えると、いいやと首を振られてしまったが。
 やがて思いついたように手のひらを叩くと、暖炉の上に飾られた剣を手に取り私へ差し出した。

「もうだいぶ使ってねぇが、研いではいる。問題ないだろ」
「これは?」

 華美な装飾が施された、どちらかというと美術品という印象を受けるその剣。私の大剣ほどではないが、使用するとなると両手で持つことになるだろう。

「ブリジットの親父が打ち、俺が現役のときに使ってたもんだ」

 それは、私が受け取るには重すぎる品だった。少なくとも、この村の新参者である私に託すものではない。私にとっての大剣。否、別にあれに思い入れなどは持ち合わせていないため、それ以上だろう。或いは推し量るに値すらしないかもしれない。

「村長、それほどまでのものは受け取れません。私には荷が重すぎます」

 すると村長は呆れたように鼻で笑った。

「別にやるってわけじゃねぇんだ。今はこれしかねぇ。使ってやったほうがこいつも剣冥利に尽きるってもんよ」

 確かに、いまはその剣しかない。
 恐る恐る受け取る。その剣はその長さから想像するよりずっと軽かった。いつも振り回しているものと比較して、という話ではない。私の背丈に届くかというその剣は、芸術品であると同時に実用品でもあるらしい。それくらい、その剣は軽かった。

「見せてくれ、騎士殿。そして納得させてくれ。俺とラヴァーグ。そしてここの奴らをよ」
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