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第一部

episode46 「あなたを呼んでいたのよ」

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 あれからしばらくロラのお喋りが続いた。
 その最中で長鎗の彼女は眠ってしまったが、私としては未だ頭の芯まで覚めきっていて、眠りの気配は欠片もない。少しするとロラ自身も眠ってしまい、仕方なく私も少しだけ眠りにつくことにした。
 少しして起きると、二人が起きるまで出来るだけ時間を稼ぐように毛布に包まりぼんやりと過ごす。窓から差し込む光から察するに、まだ旭が昇ってすぐという頃。
 監視する対象である私を差し置いて、長鎗の彼女はまだ眠っている。
 嘘はついていない。
 少なくとも、彼女は本当にそう思ったということだ。でなければ、こう無防備に眠りはしないだろう。そしてそう至ったのは、あの不思議な瞳の力によるものと暫定せざるを得ない。
 嘘か真かを見極める魔法。
 そう仮定する。
 なら何故初めから行使しなかったのだろう。考えられる理由としては発動できる条件があるか、或いはその力を秘密にしているかといったところか。後者の場合、少なくともロラがいる場で聞く話ではないだろう。
 まだ二人とも起きそうにない。
 何をすることも出来ず、首元のフリルを撫でたり毛布を握り締めたりして時間を潰す。そうしていると、どこからかそよ風めいて歌が聞こえてきた。
 こんな早朝に?
 唐突すぎて事が呑み込めない。はっきりと村全体に響き渡るような声は間違えなく、歌うたいのそれだ。
 ただ単調に「るるる」という言葉を律動的に繰り返している。それなのに、ただそれだけで一つの芸術として昇華している。しかし今は昼時ではない。歌うたいは正午になるとヤグラで歌う役目を担っているが、いまは早朝だ。
 それに警戒態勢である。日中畑仕事に行く村人に自警団が付いていく様子から、警戒態勢と知らされていないとは言い難い。
 だが彼女はいま歌っている。
 それになんの意味があるのだろう。
 あんな、狙撃してくれと言わんばかりの高台で。
 夜盗に狙撃手がいるかは分からないが、それなら投擲武器を使えばいい。その危険性を度外視してでも、彼女は歌っている。
 分からない。
 分からないが、どうしてだろう。
 私はあの場所に行かなければいけない気がする。
 考えが混沌として雲のように動く。注意喚起をしなければ、という感情ではないように思える。ただ脳内に、「来い」という、誰とも分からない声だけが響いているのだ。気が遠くなるような誘惑。
 魔法使いの可能性が頭に翳るのは、長鎗の彼女が瞳を行使したからだろう。だとするなら、彼女はあの場で何を行使しているのか。
分からない。
 それに私は長鎗の彼女に監視されている身だ。ここで家を離れてしまっては、疑いの目を強くするだけではないか。
思って彼女のほうを一瞥する。
 すると、長鎗の彼女はじっと真紅の瞳を私の瞳の上に見据えていた。そしてそのまま、微笑を宿した顔で頷く。その対応から、既に脳内を察せられている可能性が高い。これも、瞳の力によるものなのだろうか。だとするなら本当に驚異的な魔法である。
 しかし理由が見つからない。
 何のために私は歌うたいのもとを訪ねるのだろう。考えながら、二階に備え付けてある出窓を開ける。窓を開けると、朝の冷気が滑り込むように入ってきた。けぶったような青白い光が、まだ夜が明けたばかりだということを知覚させる。
 窓から屋根へと移動すると、空がいぶし銀のように明るくなった。窓を閉めながら改めて村の全景をぐるり見渡すと、やはり村というには広いと感じる。軽い町のような広さで、民家以外にもぱっと見では意図の分からない建物も存在しており、そのことからまだ全てを見回れたわけではないのだと思った。
 屋根から屋根を渡って移動したほうが早いだろう。歌うたいのいるヤグラは村の中腹に位置し、ロラの家からは少し距離がある。鎧では厳しいところだったが、今は寝間着だ。それが幸運なことなのかはともかくとして、身軽という意味では助かる。ただ防御力など皆無であり、仮に歌うたいが攻撃をしかけてきた場合、私には身を護る手立てが何もない。
 そういった点から、まあ優劣は同じくらいと言ったところだろう。私としては肌寒さと心許なさから、あまり良い状態とは言い難いが。
 こんな早朝にも人はいるもので、地上には何人か村人が歩いている。流石に何を言っているかは聞き取れず、私を指差して口を開いてはいるが、分からない。そのため、見なかったことにして先を急ぐ。
 レンガの屋根を蹴り、隣の屋根へと着地するたび、脳内に疑問符が乱れてはそれを振り払う。私は何をしているのだろう。わざわざ疑われることをしているだけではないのか。
 同じことを考える。解決しない問題なのでやめようとは思う。思うのだが、やがて振り出しに戻るのだ。
 放棄しよう。
 そう至ったと同時、私は歌うたいがいるヤグラへと着地した。私が使用する予定のヤグラとは違いしっかりとした建物で、どちらかというと監視塔である。

「騎士様」

 特に驚きもせず、歌うたいは佇んでいた。この来訪は突然であるはずなのに、その様は落ち着いていて私が予め来ることが分かっていたかのようだ。
 早朝だからか黒い上着を羽織ってはいるが、その装いはいつもと同じだ。足首より少し上の、長いワンピース。暗夜の鴉かと思われるほど真黒いその姿。

「エステル様。こんな早朝に、何をしているのですか」

 お前こそ何をしているのだ、もしそう返されたら私には言い返す言葉がない。

「呼んでいたの」

 妙に威厳と落ち着きを加えた声。

「どなたを、ですか」

 問う。

「あなたを呼んでいたのよ、フリストレールの白い亡霊」
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