フロムホライゾン ~水天と白いレイス~

小鳥遊梓

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第一部

episode42 「生き急ぎすぎだ、とは思うがね」

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「ウチに泊まってもらうのと何か違うのか」

 いましも胸に沸いた疑問を村長は口にした。たしかに、それなら手間が掛かる分この家で夜を明かしたほうが手っ取り早い気がする。

「私がロラさんの家に行きたいからです」

 さも当然かのように長鎗の彼女は返す。

「じゃあしゃあねぇな」

 力のない笑みを浮かべながら、頭をかく。娘だからだろうか、先ほどから彼女に対しあまり強く出ていないように見える。もしかしたら普段もそうなのだろうか。よく考えなくとも、村長が控えめに出る必要性はない。
 それに室内の面子が言うことはなかった。まあ友人の家に泊まりに行く、そんなニュアンスの話に対し、真面目に意見することなどないと思うが。やれやれ、そんなふうに彼らは笑う。
 もちろん私にからも特に言うことはない。口をつむぎ間を置くと、すぐさま長鎗の彼女は「ではそのようにしましょう」という言葉を投げた。
 ふと。彼女の言葉は随分と重要視されるのだなと思う。村長の娘という立場からなのか、それともよほどこの村では信用されているのか。彼女以外の面子は父である村長と同年代、或いはそれ以上と見受けられる。私のこれまでの経験上、団体の場合どうしても年長者の意見が尊重されやすい印象だ。その中で、彼女は蔑ろにされず、むしろ会議の進行役としてさらに意見も述べているのだ。これは年長者からしても、また若者としても簡単なことではない。少なくとも、私には至れない。
 なんて考えていると、いつの間にか会議は解散という流れになっていた。椅子に座っていた面々は立ち上がり、さあ帰ろうという風。

「明日は……そうだな。リーデ、そのまま騎士殿と朝番を頼めるか」

 分かりました。言いながら、長鎗の彼女は私の方をちらりと見た。それに、私は同意するよう頷く。ここで、早朝に呼ばれる可能性も消えた。いや、朝の番がどれほど早いかにもよるが。

「おし、じゃあ今日のところは解散にするか」

 その言葉をきっかけに、会議の面子はぽつぽつと帰宅を始めた。なかには「お疲れ」と労う言葉もあったが、大体はさっと踵を返すか、村長と少し会話を交わして帰路につくという感じである。そもそも襲撃されているにも関わらず、会議が解散されるということに私の中では違和感があるのだが、それは警戒態勢であることには変わりないため飲み込むことにしよう。

「では騎士様、少し待っていてください」

 長鎗の彼女はそう言いながら、そそくさと奥へと引っ込んだ。恐らくはロラの家に行くための準備だろう。表情は平静を装いながらも、その足取りはどこか滑るようないい気分であった。仲が良いのだろう、ロラの性格も考慮するに険悪というのは考えづらい。
 この野盗が近くにいるという緊張感の中、あの軽快な歩きはどうかと思う。ただやはり、長鎗の彼女も年相応の少女なのだと、そう感じさせる一面だった。

「じゃあな騎士様、お疲れさん」

 相変わらずの大声で、店主が私の肩をぽんと叩いて出て行く。
 やがて最後まで残った副村長が退出すると、ほどなくして長鎗の彼女が戻って来た。

「あら、もう皆さん帰ってしまわれましたか」

 持ったトランクケースの鍵が揺らしながら。カルムという村の住民にしては、随分と都会寄りの一品だ。
 ――否、行こうとさえ思えば歩いて一時間ほどの場所に駅がある。ロラだって随分と洒落た小物や洋服を身に着ていた。そう考えると、別に都会で流行りのアイテムが手に入らないわけではない。それによく商人が寄る場所とも聞いている。
 そこまで考えて、私が浅慮であったと知覚した。
 呟くような小さな咳。

「では行きましょうか、騎士様。お父様、少しの間家をよろしくお願いしますね」

 軽く頭を下げると、村長からは「おう」とだけ言われた。しかし、一家の大黒柱に家をよろしくお願いしますとは違和感のある言い方である。
 名残惜しさもなく、長鎗の彼女はさっさと家を出て行ってしまった。そういえば奥様の姿が見当たらないが、奥にいるのだろうか。なんて思っていると、図ったかのようなタイミングで硬い慌ただしい小さな足音がやって来た。

「あら、あなた。それに騎士様、お疲れ様です。リーデはもう行ってしまったのですか?」
「おう、とっとと行っちまったぜ」

 そうですか、そう呟きながら気落ちした吐息をついた。脱力した風で、やれやれと言いたそうな表情である。

「もう、行動が早いと言うかなんというか」

 どうやら長鎗の彼女は、思ってから行動に移すのが早いタイプの人間らしい。時間を無駄にしないとも言えるかもしれない。私としては共感の意を持てる人物である。

「生き急ぎすぎだ、とは思うがね。まあどうこう言うわけじゃねぇ、好きにすりゃあいいさ」

 言うと、村長の顔にうっすらと柔らかない皺が浮かぶ。微笑んでいるようだ。それが、村長に父親らしい顔を感じた初めての相貌であった
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