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第一部

episode41 「何にいま引っかかってるか、ワタシだって分からないのさ」

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 村長の家の着くと、既に昨夜の面子が顔を揃えて待っていた。それに村長の横に立つ長鎗の彼女。すらりと立ち姿に腹部の前で手を組んだ姿は、先日列車で出会った彼女を想起させる。

「戻りました」

 言うと、村長は椅子から立ち上がった。

「おう騎士殿、お疲れさん。じゃあぼちぼち始めるとするか」

 流れから会議だろうか、それとも詰問だろうか。先ほどまでずっと自警団と共にいたため、正直なところこれ以上私に尋問する必要はないように思う。

「私はあまり必要とは思いませんが」

 吐き出すような、語尾に力を入れたはっきりとした彼女の喋り方。

「俺もいらねぇと思うぜ。だがラヴァーグがうるさいからな」

 からからと言う。冗談のつもりだろう。しかし、副村長本人の目は冷たく鈍く魚のよう。窘める意味だとは思うが、どうやらあまり自分への冗談を聞き流すタイプではないらしい。

「私としては、これ以上騎士様を疑うのは得策とは思えません」

 手は横に、まるで兵のような気をつけで。
 私としてもその心当たりがない以上同意なのだが、悪事などいくらでもでっち上げられる。例えば物を盗んだ場合。例えば暴力を加えた場合。相手が複数人のであるならはいくらでも押し付けられる。そして、それは覆る可能性は少ない。
 副村長の目は、白髪を貶す兵士達と同じように感じる。

「どうだろうね、確証を得られないんじゃね」

 狡そうな目を光らせてろくろを回す。

「それについてですが。……申し訳ないのですが、ロラさんの家に置いてある荷物を調べさせて頂きました」

 言って、ちらりと刺すような私への視線。
 別に変った物は入っていない。それに、そもそも荷物を調べられることには慣れている。そのため、特に荷物を探られたことに対して思うことはなかった。
 私は長鎗の彼女の視線に対し、頷くことで答える。

「怪しい物は特に何もありませんでした。大量の着替えと保存食くらいでしょうか。それに…何かを拭くための布、恐らく武器かと」

 間違いはない。
 確認する意を込めて副村長が私の顔を見る。

「はい、その通りです」

 副村長は目尻と鼻に皺を寄せ、長鎗の彼女と私の顔を等分に眺める。だがやがてテーブルに肘をつき、手首に顎を乗せながら苦しそうに一息した。多分、完全に納得したというわけではないのだろう。

「ラヴァーグ」

 村長が声をかける。

「分かってるよ。今のところ怪しい点は昨日いなかった件だけだし、ファリニッシュ・レッドの件だって騎士様はきちんと報告が伝わっているか確認してる。何にいま引っかかってるか、ワタシだって分からないのさ」

 立ち上がる。
 ふう、とわざわざ声に出して肺の中身をすっかり出してしまうようなわざとらしい溜め息をついて。
 彼について分からなくなった。昨日のとおり、粘っこい敵意を向けたかと思えばあっさりと追及を諦めたのだ。想定よりも早く刃を引っ込めたなと思う。だが完全に疑いの感情がなくなったわけではなく、その要因が自分でも分かっていない。
 何に引っかかっているのか、私には分からない。私なら即座に分からないことだからと切って捨てるだろう。彼にだけ引っ掛かる点があるのだろう。従って、私の中でも懸念として頭の片隅には置いておいたほうがいい気もする。
 しかしそれとは別に、一つの疑問が意識に浮かび上がってきた。
 昼間の巨蜴の件。長鎗の彼女がいるため、知っているのは納得出来る。だが私は、巨蜴の話が伝わっているかどうかを巨躯の彼に問うた。本人がここにいないのにも関わらず、聞いたことを知っているというのはおかしな話だろう。

「あの」

 そう声に出すと、彼らの目が一斉に注がれる。

「どうして私が昼間の件を聞いたのか知っているのでしょう

 村長は「あぁ」と軽い返事をすると、椅子の背もたれに全身を預けた。

「アレクシさんがヤグラに乗ったでしょう。あの上にはこちらに合図を出す仕掛けがあるのですよ」

 一脈の微笑を浮かばせながら、長鎗の彼女が代わりに答えた。あのヤグラにはそんな仕掛けが施されているのか。と思うと同時、あのヤグラは私のために造られたにも関わらず、私自身はまだ一度も使用していないことを思い出す。梯子がまだ取り付けられていないことに加え、双剣の彼女や射手の彼が自然に使用していたため、そんなことはすっかり失念していた。
 なので、機会があれば確認しておこう。思いながら、私は「そうでしたか」と返した。
 すると流れを変えるように、村長が膝をぱんと叩く。

「そうしたらどうしたもんかね。一応騎士殿にはまたウチに泊まってもらうか?」

 先ほどの流れから必要ないとは思うのだが、恐らくは副村長の懸念に配慮した意見だろう。別にその提案自体に異論はない。どこで夜を越すことになろうと、屋根があるだけマシというもの。
 まず初めに副村長がそうしてもらいたいという意見を述べる。それに続き、今度は店主が別にそこまでいなくてもいいのではと主張した。そして、それにつられるように、室内の面子がぽつぽつと意見を出していく。
 結果的に、残す長鎗の彼女を残して意見は半分に割れた。この家に泊まるか、ロラの家に帰すか。個人的な意見を述べるなら、正直どっちだっていいというのが本音だ。その流れから、自然と視線は長鎗の彼女へと向く。

「……私は別にここまで議論するほどのことではないように思いますが、そうですね」

 息を吐くときのかすかな音。

「私がロラさんの家に泊まるというのはどうでしょう」
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