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第一部
episode19 「やっぱりすごい綺麗だから」
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トントン、と階段を上ってくる音。
「あっ、ダメだって騎士様。ちゃんと休まなきゃ」
「ちょうど目覚めてしまいまして」
嘘ではない。
「あれからまだ二時間くらいしか経ってないんだから、ちゃんと寝なきゃダメだよ」
「眠くはないのです」
「じゃあ横になって眼を瞑るだけでもいいからさ」
言われたとおり眼を閉じると、窓から差し込む光が瞼に赤く突き刺さる。瞼の内側は時間がそのままひっそりと止まってしまったかのような場所で、横になって眼を閉じているという状態から歌うたいのことを想起させた。
「眠れそう?」
「いいえ。申し訳ありません」
苦笑するのが聞こえた。何に対しての苦笑なのだろう、よく分からない。面白かったのか、笑われたのかすら。
「そっか、じゃあ少し話さない? そのままでいいからさ」
「忙しいのでは」
「いいからいいから」
そう言ってロラは、自分の寝床に腰掛けた。正直に言えば、私と会話をしても面白くはないと思う。それに会話の引き出しも全くと言っていいほどない。しかし、ロラがそれで満足するというのなら、断固として拒否するという理由もない。
それから、時間は穏やかな風みたいに流れた。ロラは自分の話をしながら、時折私のことを聞いた。両親はもう幼少の頃に巨狼に襲われていないこと、それからずっとここで治癒師をしながら暮らしていること。こうして人と会話するのは単なる趣味で、別に仕方なく私の相手をしているわけはないらしい。
元来の性格なのだろうが、こうして明るく振る舞い聡く生きている。それだけで、私とは真逆の存在だ。私は分からないことが多く、なおかつ気の利いたことも言えない。兵士として拾われて、選択肢もなかったためそれだけしか知らないのだ。
結果的にそれが村の脅威の排除に繋がった。巨狼は幾年にも亘ってカルムを悩ませる存在だったらしく、夜にも関わらず村の火をほとんど消してしまうのはそういった理由からだという。過去に二度、一匹を一世代前に、もう一匹を自警団の者が討伐したというが、危険な存在のため基本的には寄ってこないよう最低限の灯りで夜を生きてきたらしい。私としては責務を果たしただけなのだが、どうやら騎士として村に貢献したらしく、先ほどロラが広場に赴いた際には騎士はどこかと尋ねられたという。
「それと騎士様。言うか迷ったんだけど、綺麗な髪色してるよね」
心臓が跳ね上がる。
素早くフードを確認するが、しかし先ほどのように取れてはいない。
「ごめん、頬治したときに見えちゃって」
先ほど迂闊だったと自覚したにも関わらず、生かせずにまた失敗してしまった。とりわけどうしても晒したくないというわけでもないのだが、ロラという友好的な人物の前でばれるのはどうしてか盗品を匿し持っていた後ろぐらさを感じる。
どうせ巨躯の彼に見られているのだ。ロラがそれを聞いたかは知りえないが、村人に騎士の所在を尋ねられたと言われたというのはそういった意も含まれているだろう。或いは、もう知っていて言わないでくれているのかもしれない。
「あんまり見られたくないんだろうなって思ったんだけどさ、やっぱりすごい綺麗だから。雪みたい。綺麗なものは、やっぱり褒めないと」
髪が綺麗だと言われたのは生きてきてこれで二度目だ。しかし、一度目は虚偽でその人物からは後に散々に貶されることになった。そんなことは自分のことでないからそう言えるのだ。我が身のことになってしまえば、綺麗なんてお世辞は素直に受け取れなくなるに違いない。どうせ期待させるだけの嘘なのだから。ロラという清廉な人物だからといって、そう簡単にその言葉を受け入れることは出来ない。
そう思ったところで、ロラがこれでお終いだと言うように手を叩いた。
「ごめん騎士様、疲れてるのにさ」
元より、さほど疲れてはいないのだ。会話疲れは感じているが。
ロラはぱたぱたと階段を降りるとそれっきりだった。恐らく薬師としての作業に入ったのだろう。ただ、ここで抜け出すと今度こそ寝床に縛り付けられかねないため、大人しく横になっていることにした。
私が眼を開けたのは、それから二時間も後のことだった。
本当に、過眠だと思えるくらいここに縛り付けてくれたものだ。ロラが階段を上ってくる音に反応して目覚めると、今度こそ起き上がる。さすがに歌うたいの歌が聞こえてくる時間にはなっていないが、兵士であれば鞭叩きに処されるであろう睡眠時間だ。
「おはよう騎士様、ちょっと早かったかな?」
「いえ」
流石に鍛冶屋も活動している頃合いだろう。
「物音、うるさくなかった?」
「問題ありません」
そもそも物音などほとんど聞こえなかった。きっとロラが気を利かせてくれたのだろう。
「ブリジットのところに行こっか、起きてるかどうかは保証できないけどね」
どうやらその鍛冶屋は朝が遅い人物らしい。起きていなかった場合、ロラはどうする気なのだろう、まさか叩き起こすわけではあるまい。持ち込んだ干し肉を囓りながらそう思っていると、ドアが叩かれる音がした。
「あれ、誰だろう」
階段を降りていき、来訪者を出迎える。会話を聞くに、どうやら薬を所望する村人のようだった。かちゃかちゃと機具を触る音と共に、会話は弾んでいる。村人が打てば響くという会話で、何か話すとロラがそつなく響き返してくるという風だ。相手は頻繁に来ているのだろうか、村人であるため見知った相手なのだろうが、もし初対面であってもロラなら壁なく会話しそうではある。
それから幾程経ったか、大剣を帯革で固定しているとようやく扉が閉まる音がした。
「お待たせ騎士様。ごめんね、話し込んじゃってさ」
「いえ、平気です」
相手は起床しているのか分からないのだ、少しでも時間を掛ければそれだけ事が運ぶ可能性が上がるだろう。
外で待っているという声と共に、扉が閉まる音がある。それに応じて手短に支度を済ますと、家を出た。
「あっ、ダメだって騎士様。ちゃんと休まなきゃ」
「ちょうど目覚めてしまいまして」
嘘ではない。
「あれからまだ二時間くらいしか経ってないんだから、ちゃんと寝なきゃダメだよ」
「眠くはないのです」
「じゃあ横になって眼を瞑るだけでもいいからさ」
言われたとおり眼を閉じると、窓から差し込む光が瞼に赤く突き刺さる。瞼の内側は時間がそのままひっそりと止まってしまったかのような場所で、横になって眼を閉じているという状態から歌うたいのことを想起させた。
「眠れそう?」
「いいえ。申し訳ありません」
苦笑するのが聞こえた。何に対しての苦笑なのだろう、よく分からない。面白かったのか、笑われたのかすら。
「そっか、じゃあ少し話さない? そのままでいいからさ」
「忙しいのでは」
「いいからいいから」
そう言ってロラは、自分の寝床に腰掛けた。正直に言えば、私と会話をしても面白くはないと思う。それに会話の引き出しも全くと言っていいほどない。しかし、ロラがそれで満足するというのなら、断固として拒否するという理由もない。
それから、時間は穏やかな風みたいに流れた。ロラは自分の話をしながら、時折私のことを聞いた。両親はもう幼少の頃に巨狼に襲われていないこと、それからずっとここで治癒師をしながら暮らしていること。こうして人と会話するのは単なる趣味で、別に仕方なく私の相手をしているわけはないらしい。
元来の性格なのだろうが、こうして明るく振る舞い聡く生きている。それだけで、私とは真逆の存在だ。私は分からないことが多く、なおかつ気の利いたことも言えない。兵士として拾われて、選択肢もなかったためそれだけしか知らないのだ。
結果的にそれが村の脅威の排除に繋がった。巨狼は幾年にも亘ってカルムを悩ませる存在だったらしく、夜にも関わらず村の火をほとんど消してしまうのはそういった理由からだという。過去に二度、一匹を一世代前に、もう一匹を自警団の者が討伐したというが、危険な存在のため基本的には寄ってこないよう最低限の灯りで夜を生きてきたらしい。私としては責務を果たしただけなのだが、どうやら騎士として村に貢献したらしく、先ほどロラが広場に赴いた際には騎士はどこかと尋ねられたという。
「それと騎士様。言うか迷ったんだけど、綺麗な髪色してるよね」
心臓が跳ね上がる。
素早くフードを確認するが、しかし先ほどのように取れてはいない。
「ごめん、頬治したときに見えちゃって」
先ほど迂闊だったと自覚したにも関わらず、生かせずにまた失敗してしまった。とりわけどうしても晒したくないというわけでもないのだが、ロラという友好的な人物の前でばれるのはどうしてか盗品を匿し持っていた後ろぐらさを感じる。
どうせ巨躯の彼に見られているのだ。ロラがそれを聞いたかは知りえないが、村人に騎士の所在を尋ねられたと言われたというのはそういった意も含まれているだろう。或いは、もう知っていて言わないでくれているのかもしれない。
「あんまり見られたくないんだろうなって思ったんだけどさ、やっぱりすごい綺麗だから。雪みたい。綺麗なものは、やっぱり褒めないと」
髪が綺麗だと言われたのは生きてきてこれで二度目だ。しかし、一度目は虚偽でその人物からは後に散々に貶されることになった。そんなことは自分のことでないからそう言えるのだ。我が身のことになってしまえば、綺麗なんてお世辞は素直に受け取れなくなるに違いない。どうせ期待させるだけの嘘なのだから。ロラという清廉な人物だからといって、そう簡単にその言葉を受け入れることは出来ない。
そう思ったところで、ロラがこれでお終いだと言うように手を叩いた。
「ごめん騎士様、疲れてるのにさ」
元より、さほど疲れてはいないのだ。会話疲れは感じているが。
ロラはぱたぱたと階段を降りるとそれっきりだった。恐らく薬師としての作業に入ったのだろう。ただ、ここで抜け出すと今度こそ寝床に縛り付けられかねないため、大人しく横になっていることにした。
私が眼を開けたのは、それから二時間も後のことだった。
本当に、過眠だと思えるくらいここに縛り付けてくれたものだ。ロラが階段を上ってくる音に反応して目覚めると、今度こそ起き上がる。さすがに歌うたいの歌が聞こえてくる時間にはなっていないが、兵士であれば鞭叩きに処されるであろう睡眠時間だ。
「おはよう騎士様、ちょっと早かったかな?」
「いえ」
流石に鍛冶屋も活動している頃合いだろう。
「物音、うるさくなかった?」
「問題ありません」
そもそも物音などほとんど聞こえなかった。きっとロラが気を利かせてくれたのだろう。
「ブリジットのところに行こっか、起きてるかどうかは保証できないけどね」
どうやらその鍛冶屋は朝が遅い人物らしい。起きていなかった場合、ロラはどうする気なのだろう、まさか叩き起こすわけではあるまい。持ち込んだ干し肉を囓りながらそう思っていると、ドアが叩かれる音がした。
「あれ、誰だろう」
階段を降りていき、来訪者を出迎える。会話を聞くに、どうやら薬を所望する村人のようだった。かちゃかちゃと機具を触る音と共に、会話は弾んでいる。村人が打てば響くという会話で、何か話すとロラがそつなく響き返してくるという風だ。相手は頻繁に来ているのだろうか、村人であるため見知った相手なのだろうが、もし初対面であってもロラなら壁なく会話しそうではある。
それから幾程経ったか、大剣を帯革で固定しているとようやく扉が閉まる音がした。
「お待たせ騎士様。ごめんね、話し込んじゃってさ」
「いえ、平気です」
相手は起床しているのか分からないのだ、少しでも時間を掛ければそれだけ事が運ぶ可能性が上がるだろう。
外で待っているという声と共に、扉が閉まる音がある。それに応じて手短に支度を済ますと、家を出た。
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