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第一部

episode4 「この村は騎士に用なんてねぇんだよ」

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「ここが村長の家だよ」
「感謝致します」

 彼女に感謝の念を示すのは至極真っ当のことである。見知らぬ私に声を掛け、さらには案内までしてもらった。ロラがいなければ、村を延々と彷徨っていただろう。

「いいよ、こういうのお互い様だし」

 そう言いながら、家の扉をこつこつと叩く。
 何か厚意を受け取ったなら、それ相応に報わなければならないのではないか。少なくとも、首都ルユではそんな成り立ちだったはず。だとするなら、私もそれに則り恩を返すべきなのだろう。ただ生憎、提供出来るものが戦闘力しかないため、その恩返しはしばらく先の話になると思うが。
 思いながら、家から現れた女性と会釈を交わす。ロラと親しげに会話しているところを見ると、どうやら親しい間柄らしい。

「騎士様、遙々ようこそおいでくださいました。あいにく主人は留守にしておりまして」
「そうですか。奥様、どちらへ行かれたか教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「もうじき帰ってくると思いますので、家の中でお待ちください」

 そう言って彼女は深くお辞儀した。頬から離れたもみあげが、力なく垂れる。村長の妻というには些か若い、娘と言っていい奥方だった。三つ編みにした髪を左肩に流し、しめっぽい瞳を輝かせている。肌の艶も良く、首筋の皺も少ない。
 それに比較的茶髪が多く見られた中、金髪というのは珍しかった。どこか近隣から嫁いできたのだろうか。
 最も、国内を見ればそれほど珍しい髪色ではない。素性の分からない私の白い髪よりよっぽど鮮明で綺麗な色だ。

「騎士様? どうかしたの」

 奥様の風貌を見つめていた私にロラが呼びかけた。

「いえ、村長の奥様というにはお若いなと思いまして」
「あら、お世辞がお上手なのですね。騎士様」

 そう言いながら、きちんと整った薄い唇が優しい笑みを作る。世辞など言えないので正直に言ったつもりなのだが、一歩引いた態度で微笑むところを見るに慎ましい女性なのだろう。

「若いよねぇ。でもこう見えて、オレリアさんは村長と三つしか違わないんだから」
「ちょっと、ロラ……」

 近隣の若い女性を娶った、なんて私の稚拙な予想を上回る事実だった。直接村長を見たことはないため何とも言えないのだが、村長というからにはそれ相応の年齢のはず。それにも関わらず奥様がこんなに若々しい風貌なのは恐らく、何か秘訣でもあるのだろう。

「あの。すいません騎士様」
「いえ」

 頬を赤らめて瞳を細め、手のひらで家の中を指し示す。そういえば、家の中で村長を待つという話だった。家の前で待機するというのも選択肢なのだが、奥様の厚意を無下にするわけにもいかないの
で敷居を跨がせてもらう。

「じゃあ騎士様、これからよろしくね」

 ロラが軽く手を振ってくれる。これから何度も会うことになるというのに。
 私はそれに、軽く頭を下げて応える。
 そのときだった。

「騎士っていうのはそいつかい」

 毒のある言葉が針のように背中を突き刺す。それは雷のように突然のことで、私は無意識に振り向いた。

「ちょっとちょっと、なんなのさアレクシ」

 唐突に放られた言葉に対して、間髪入れずにロラが言い返す。
 無駄な肉はほとんどなく、痩せすぎず引き締まった体を持つ男性だった。少し土で汚れた外套を纏い背には弓矢を携えた、逆立った赤茶の髪を持つ青年がそこに立っている。

「なんでここにロラがいるのか知らねぇが、俺はそこの騎士に用があるんだ。黙っててくれ」
「なんで?」
「どうしても」

 それにロラは眉を不満そうにしかめた。嫌だとでも言いたそうな顔で、下唇を突き出している。

「私に何か御用でしょうか」

 当然、彼と私は初対面だ。従って、因縁をつけられる謂われはない。

「何か御用、だと」

 顔が露骨に歪んでいく。まるで嫌なものをひたすら見せられているように。

「逆だ逆! この村は騎士に用なんてねぇんだよ」

 初めてやって来た場所で、初めて会う人物に、訳の分からない嫌悪感をぶつけられている。分からない。なら理解の及ばないものは殺してしまえばいい。
 そう至って剣の柄を握ったのは本当に、無意識だった。

「ちょっと騎士様!? ストップ! ストップ!」

 そう言ってロラが私の肩に触れた。きっとそうしてくれなければ、そのまま鞘から剣を抜いていただろう。
「俺達自警団がずっと村を守ってきたんだ、今更のこのこ来られてもお呼びじゃねぇよ」
 なるほど。その主張で私の中で納得がいき、柄から手を離した。
 カルム村は住民の中で自警団を結成して自衛している。今までそうして村を守ってきたのだろう。その中に今さら私が来たものだから、自警団としては不満や拒否反応があってもおかしくない。
 ただ、そんなこと私に言われても困る。

「私は軍の命令を受けここへ来ました。帰ることは出来ません」
「知るか、それはそっちの都合だろ」

 その声色には隠そうともせず苛立ちが内包されていた。燃え盛る木炭のように、今にもかっと弾けそうな雰囲気だ。

「帰れません」
「うるさいな」

 その二つの言葉だけが行き交う問答がしばらく続いた。帰れと言われたところで、しかし王都を追い出された私に帰る場所はない。任務を全う出来ない私など、塵芥も同然で価値もない。

「せっかく来てくれたのに、そんな言い方ないでしょ」

 ロラが割って入る。終わりの見えない押し問答はそこでようやく区切りとなったが、根本的な解決にはならない。ロラには迷惑を掛けてばかりだが、恐らく私か彼のどちらかが譲歩しない限りは収束しないだろう。私は下された命令を遂行しなくてはならない。今更騎士は不要という主張など、私には関係のないことだ。

「あっちが勝手に遠いところから来ただけだろ、別に労わることじゃねぇ」
「アレクシ!」
「それに、こんな蹴ったら簡単に折れそうな奴にうちの村は任せらんねぇよ」
「いや蹴ったら折れそうって……」

 その表現に、ロラは眉を顰める。

「私の戦闘能力を疑問視している、ということでしょうか」

 もし私の体を一撃でへし折ることが出来る肉体を持っているとするならば、なるほど。それは村にとって頼もしい存在かもしれない。来たばかりの私とどちらを頼るかと言われれば、彼を頼るだろう。

「それもある。どう見ても強そうには見えないからな」
「そうですか。では、今ここで私があなたを制圧すれば認めて頂けるということでしょうか」

 決して突拍子もないことを言ったつもりはない。実力を示すことは彼を納得させる手段としては一番適しているはずだ。ただ私以外驚きで目を張っているところを見るに、それは耳を疑うような言葉だったことが鑑みられる。一番手っ取り早い解決策だと思ったのだが。

「騎士様!?」
「舐めてんのかお前」
「いいえ、決してそのようなことは」

 自信があるのだろう。今まで村を守ってきた自警団の一人として。その実績があるのは認めよう。ただ私も帰るわけにもいかないため、その自負を手折ることで任務を続行する証明にさせてもらおう。

「いいぜ、その挑発乗った。広場に来い」

 自信を頬の冷笑に暗示させて、親指で石畳の広場を指し示した。
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