陰陽絵巻お伽草子

松本きねか

文字の大きさ
上 下
8 / 18

来たるべき運命への序章

しおりを挟む
それから程なくしてあやめの体には命が宿り、数か月後には玉のような三つ子を産み落とした。

忠保の希望通り、男の子が二人と女の子が一人。

赤子を腕に抱くのは光忠以来のことだったから、忠保も久しぶりの家族の賑わいに顔がほころんでしまう。

朗報を聞き、駆け付けた雪明と忠國も光忠も喜んで、在御門家の人間全員が喜びに満たされていた。


しばらくは何事もなく、平穏な日々が過ぎていった。



それから、8年の年月が流れたころ。

忠保は当主の間に3人の子供達を呼び集めた。

「あー、お前たち、ちょっと話があります」

「?」

3人とも不思議そうに顔を見合わせる。

8歳ともなれば子供らしくなり、体や考え方も大分しっかりとし始めた頃である。

「将来は何になりたいのかな?」

一番先に答えたのは女の子。

「わたしは~、おかあさまみたいになりたい」

「うん」

と忠保は顔を微笑ませた。

次に、3つ子の中でも最初に生まれてきた兄の方。

「私は、父上や兄上のような陰陽師に!」

と、はきはきと答えた。
兄の方は、カッコイイものに憧れやすいタイプで、ちょっと小生意気な感じがする、
まあ、悪ガキタイプなのだ。

弟の方は指をくわえながら、
「う~ん、わかんない…」
と、ちょっとつたない感じで答えた。

どちらかと言うと弟の方は、
ぼんやりのんびりタイプ。
ただ、落ち着いた感じはある。

『やはり…な…』

笑顔のままの忠保だったが、内心では少し動揺していた。

「人には向き不向きがある、そして、どんなに頑張っても叶わない運命もある。
無理だと分かった時点で、方向転換すれば、また新たな道が開かれるもの。
自分の道に早く気が付く事が大切です」

「はーい!」

3人ともにこやかに返事した。

『言いたいことは山ほどある…これ以上言えたら、どんなにか…』

無邪気に部屋から出ていく子供達を見送った後、忠保はため息をついた。



それは突然のことだった。

帰宅したばかりの忠保に、三つ子の兄が話しかけてきた。

「父上、どうして兄上は母上と接吻しているの?」

内心で忠保は、
『とうとう見られたか』
と舌打ちした。

恐らく子供にとっては素朴な疑問だったのだろう。
しかし、忠保は、これは隠し通せないなと判断した。

『あ~、どう説明したらいいかな…』

「お母様は式神だったから、陰陽のパワーを与えられるのだよ」

あまりにお粗末な答えであったが、隠し通していてもいずれ分かってしまうだろう。

「ふーん、式神ならいいんだ、だから伯父上も…」

どんなに大人が隠していたとしても、子供はどこで見ているか分からないものだ。

三つ子の兄は、

「じゃあ、私も…」

目を輝かせながら、呟いた。

忠保はぎゅっと目を瞑ると、軽やかに渡殿を歩いて去っていくわが子の足音を聞きながら、
自分の意識が来たるべき運命に向かっていくのを感じていた。



その夜、
自室で1人文机に向かいながら、占いを立てた。

すると、
静かに狐の式神が姿を現した。

雪明の元から来たのである。

『忠保様…』

雪明の声が響く。

忠保も自分の式神を通して語り掛ける。

『やばいな、雪明…どうする?』

『多分、厳戒態勢でしょうね…そろそろ…だとは思っておりました。忠保様?』

忠保は占いの手を止めて、目を瞑ると、深いため息をついた。

『分かっていた事とはいえ、いざとなると躊躇してしまうな。
あの子は、たまに末恐ろしい眼をする時がある…。
無理だと分かっていても、なんとかしたいと思うのは、覚悟が足りないのかな…』

『いいえ、人であれば誰だって大切な方を守りたいと思いますよ…』


今夜は新月、月のない夜。

水面下で運命は動き出し、何かが始まる予感が拭えない夜であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

君の行く末華となりゆく

松本きねか
歴史・時代
歴史創作恋愛ファンタジーです。 陰陽師になりたかった姫と名門陰陽師との恋愛物語。 平安時代、普通の貴族とは少し違う陰陽師の日常、人の心に潜む鬼と向き合う中で人間らしい一面を垣間見る。 少し変わった姫と若かりし賀茂保憲との出会いとは…

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

白雉の微睡

葛西秋
歴史・時代
中大兄皇子と中臣鎌足による古代律令制度への政治改革、大化の改新。乙巳の変前夜から近江大津宮遷都までを辿る古代飛鳥の物語。 ――馬が足りない。兵が足りない。なにもかも、戦のためのものが全て足りない。 飛鳥の宮廷で中臣鎌子が受け取った葛城王の木簡にはただそれだけが書かれていた。唐と新羅の連合軍によって滅亡が目前に迫る百済。その百済からの援軍要請を満たすための数千騎が揃わない。百済が完全に滅亡すれば唐は一気に倭国に攻めてくるだろう。だがその唐の軍勢を迎え撃つだけの戦力を倭国は未だ備えていなかった。古代に起きた国家存亡の危機がどのように回避されたのか、中大兄皇子と中臣鎌足の視点から描く古代飛鳥の歴史物語。 主要な登場人物: 葛城王(かつらぎおう)……中大兄皇子。のちの天智天皇、中臣鎌子(なかとみ かまこ)……中臣鎌足。藤原氏の始祖。王族の祭祀を司る中臣連を出自とする

仇討ちの娘

サクラ近衛将監
歴史・時代
 父の仇を追う姉弟と従者、しかしながらその行く手には暗雲が広がる。藩の闇が仇討ちを様々に妨害するが、仇討の成否や如何に?娘をヒロインとして思わぬ人物が手助けをしてくれることになる。  毎週木曜日22時の投稿を目指します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。

処理中です...