3 / 13
あの日
しおりを挟む
私の仕えている国、アーメルは軍事力に秀でた国だ。
その反面、資源に恵まれていないという弱点もある。
そのため、周辺国のウェアルやサフィラとは大昔から貿易協定を結び、資源を輸入してもらっている。
あの日、私は貿易に必要とされている文書を、馬を三日走らせてウェアルに届けてきたばかりだった。
私が疲れて騎士舎に帰っても、労ってくれる同僚はおろか、騎士団で唯一の女だということもあって、一部の例外を除いて、私に話しかけてくる物好きもいない。
あの日は疲労がピークに達していたこともあって、視線を避けていつも以上に人気のない通路ばかりを選んで自室に帰った。
王室騎士にもなると、待遇は貴族顔負け。
多大な報酬はもちろんのこと、騎士一人一人に広い自室が与えられ、一人ずつ世話係がつく。
私の世話はツルナという娘がしてくれている。
ツルナはミズキの一つ下の十七歳で、とても明るくて気を利かせるのも上手い子だ。
それに人懐っこくて可愛い。
妹に欲しいくらいだ。
あの時もいつも通り自室であの子に、旅先での出来事を話していた。
ツルナが私の話を聞いて笑う。
その笑顔で疲労も何処かへ消え、私もつられて笑いながら話を続ける。
その時、突然部屋のドアのノックされた。
「あ、私が出ますね。ミズキさんは疲れてるんですからそこにいて下さい」
「うん、お願い」
するとツルナは笑顔で頷き、椅子から立ち上がってドアへ向かう。
ドアを開けると、そこには見慣れた青年がいた。
青年はツルナに気づくと、「よぉ!」と気前のいい挨拶をした。
「あ、こんにちはチガヤさん。どうなさったんですか?」
「ミズキいるか?ちょいと渡したい物があるんだが・・・」
そう聞きながらも、チガヤは既に自身で確認しようと部屋の中を伺っていた。
その様子にツルナは少し笑う。
「ミズキさんなら中ですよ。どうぞ」
「ああ、悪いな」
チガヤの入室を確認して、私は渋々立ち上がる。
「こんにちは、チガヤ殿。今日は何のご用ですか?」
私は言葉に少し刺を混ぜてチガヤに放る。
出来ればこんな疲れた日にこいつの相手をしたくなかった。
チガヤは騎士団の中で唯一私に話しかけてくる物好きだ。
だからこそ私はこいつをなかなか信用できない。
何か裏があるように思えて仕方ないのだ。
おまけにこいつに会えば長話に付き合わされることもしょっちゅうで、精神的にも疲れてしまう。
出来れば無視してしまいたいけど、それはできない。
チガヤはこんなでも、王室騎士団の副団長なのだ。
つまり、騎士団のトップ2にあたる身分の持ち主だ。
流石にそんな身分の相手を無下に扱える程、図太い神経を私は持ってない。
まぁ今のところ、チガヤが身分を無駄に振りかざす様子はないし、陽気な性格でツルナと仲がいいようなので、距離を保って関わっているつもりだ。
いつもチガヤの方からその距離を詰めてくるが。
チガヤは許可もなく、私が座っているソファーの反対のソファーに腰かけた。
「これをお前に渡せと言われた」
そう言ってチガヤが取り出したのは一通の手紙だった。
しかもアーメルの王族の印が押されている。
「これって・・・」
「明日の朝、王の間で陛下がお前を待ってる。なんか極秘の任務の依頼があるそうだぞ?」
「はぁ!?」
驚きのあまり、私はつい敬意も糞もない声を上げてしまった。
「・・・まぁ、普通驚くよな。俺もお前を呼ぶって団長から聞かされて驚いた驚いた」
「騎士団長殿から、ですか?」
「ああ、つかお前を陛下に紹介したのも団長。本来その任務は団長だけに任されたものらしいけど、もう一人協力者が必要になって、何故かお前が指名された」
「・・・団長は何で私を?」
「知るか!」
ですよね!
チガヤにまともな答えを期待したことを私は少し後悔した。
「でもな?俺はあの人が騎士団の名簿で協力者にするやつを探してた時に側にいたけど、お前の名を見つけた時のあの人の顔は忘れられないな・・・」
「え?」
「なんか嬉しそうで懐かしそうにしてんのに、どこか悲しそうっつうか・・・。ミズキ、お前団長と付き合ってたこととかあるのか?」
「付きっ!?いやいや、そもそも私団長の顔も知りませんから。知り合いでもありませんよ」
「でも騎士団長様ってミズキさんと同じでサフィラの人ですよね?歳もそんなに離れてはいない筈ですし・・・」
私の後ろに立って話を聞いていたツルナが思い出したように言う。
チガヤも「そうなんだよなー」と納得がいかないとばかりに私に視線を寄越してくる。
「そんなの偶然ですよ。第一、私は天涯孤独の身なんです。生まれた村は早々に出たし、歳の近い友人もいませんでした」
この時はそう言ってチガヤとツルナの追及を無理やり打ち切った。
チガヤは「陛下と団長を待たすんじゃねーぞ」といって帰って行った。
チガヤが帰り、ツルナは仕事に戻った。
私は部屋へ一人残された。
そして何故か一人になれてほっとしてる私もいる。
たぶんあの話をしたせいだ。
あの団長が私の名前を名簿で見てどうのって話。
私はあれ以上、あの話をしていたくなかった。
あれ以上あの話を続けられていたら、無に返した筈の記憶が不快でしかない感情を山程引き連れてよみがえる気がしたから。
溜め息をついて目を閉じると、暗闇の中に一人の少年が浮かんだ。
彼は私の記憶から顔を消されても尚、あの日のように何かを私に言っていた。
彼の言葉は何だっただろうか。
もう忘れた。
思い出したくない。
出てこないで。
その反面、資源に恵まれていないという弱点もある。
そのため、周辺国のウェアルやサフィラとは大昔から貿易協定を結び、資源を輸入してもらっている。
あの日、私は貿易に必要とされている文書を、馬を三日走らせてウェアルに届けてきたばかりだった。
私が疲れて騎士舎に帰っても、労ってくれる同僚はおろか、騎士団で唯一の女だということもあって、一部の例外を除いて、私に話しかけてくる物好きもいない。
あの日は疲労がピークに達していたこともあって、視線を避けていつも以上に人気のない通路ばかりを選んで自室に帰った。
王室騎士にもなると、待遇は貴族顔負け。
多大な報酬はもちろんのこと、騎士一人一人に広い自室が与えられ、一人ずつ世話係がつく。
私の世話はツルナという娘がしてくれている。
ツルナはミズキの一つ下の十七歳で、とても明るくて気を利かせるのも上手い子だ。
それに人懐っこくて可愛い。
妹に欲しいくらいだ。
あの時もいつも通り自室であの子に、旅先での出来事を話していた。
ツルナが私の話を聞いて笑う。
その笑顔で疲労も何処かへ消え、私もつられて笑いながら話を続ける。
その時、突然部屋のドアのノックされた。
「あ、私が出ますね。ミズキさんは疲れてるんですからそこにいて下さい」
「うん、お願い」
するとツルナは笑顔で頷き、椅子から立ち上がってドアへ向かう。
ドアを開けると、そこには見慣れた青年がいた。
青年はツルナに気づくと、「よぉ!」と気前のいい挨拶をした。
「あ、こんにちはチガヤさん。どうなさったんですか?」
「ミズキいるか?ちょいと渡したい物があるんだが・・・」
そう聞きながらも、チガヤは既に自身で確認しようと部屋の中を伺っていた。
その様子にツルナは少し笑う。
「ミズキさんなら中ですよ。どうぞ」
「ああ、悪いな」
チガヤの入室を確認して、私は渋々立ち上がる。
「こんにちは、チガヤ殿。今日は何のご用ですか?」
私は言葉に少し刺を混ぜてチガヤに放る。
出来ればこんな疲れた日にこいつの相手をしたくなかった。
チガヤは騎士団の中で唯一私に話しかけてくる物好きだ。
だからこそ私はこいつをなかなか信用できない。
何か裏があるように思えて仕方ないのだ。
おまけにこいつに会えば長話に付き合わされることもしょっちゅうで、精神的にも疲れてしまう。
出来れば無視してしまいたいけど、それはできない。
チガヤはこんなでも、王室騎士団の副団長なのだ。
つまり、騎士団のトップ2にあたる身分の持ち主だ。
流石にそんな身分の相手を無下に扱える程、図太い神経を私は持ってない。
まぁ今のところ、チガヤが身分を無駄に振りかざす様子はないし、陽気な性格でツルナと仲がいいようなので、距離を保って関わっているつもりだ。
いつもチガヤの方からその距離を詰めてくるが。
チガヤは許可もなく、私が座っているソファーの反対のソファーに腰かけた。
「これをお前に渡せと言われた」
そう言ってチガヤが取り出したのは一通の手紙だった。
しかもアーメルの王族の印が押されている。
「これって・・・」
「明日の朝、王の間で陛下がお前を待ってる。なんか極秘の任務の依頼があるそうだぞ?」
「はぁ!?」
驚きのあまり、私はつい敬意も糞もない声を上げてしまった。
「・・・まぁ、普通驚くよな。俺もお前を呼ぶって団長から聞かされて驚いた驚いた」
「騎士団長殿から、ですか?」
「ああ、つかお前を陛下に紹介したのも団長。本来その任務は団長だけに任されたものらしいけど、もう一人協力者が必要になって、何故かお前が指名された」
「・・・団長は何で私を?」
「知るか!」
ですよね!
チガヤにまともな答えを期待したことを私は少し後悔した。
「でもな?俺はあの人が騎士団の名簿で協力者にするやつを探してた時に側にいたけど、お前の名を見つけた時のあの人の顔は忘れられないな・・・」
「え?」
「なんか嬉しそうで懐かしそうにしてんのに、どこか悲しそうっつうか・・・。ミズキ、お前団長と付き合ってたこととかあるのか?」
「付きっ!?いやいや、そもそも私団長の顔も知りませんから。知り合いでもありませんよ」
「でも騎士団長様ってミズキさんと同じでサフィラの人ですよね?歳もそんなに離れてはいない筈ですし・・・」
私の後ろに立って話を聞いていたツルナが思い出したように言う。
チガヤも「そうなんだよなー」と納得がいかないとばかりに私に視線を寄越してくる。
「そんなの偶然ですよ。第一、私は天涯孤独の身なんです。生まれた村は早々に出たし、歳の近い友人もいませんでした」
この時はそう言ってチガヤとツルナの追及を無理やり打ち切った。
チガヤは「陛下と団長を待たすんじゃねーぞ」といって帰って行った。
チガヤが帰り、ツルナは仕事に戻った。
私は部屋へ一人残された。
そして何故か一人になれてほっとしてる私もいる。
たぶんあの話をしたせいだ。
あの団長が私の名前を名簿で見てどうのって話。
私はあれ以上、あの話をしていたくなかった。
あれ以上あの話を続けられていたら、無に返した筈の記憶が不快でしかない感情を山程引き連れてよみがえる気がしたから。
溜め息をついて目を閉じると、暗闇の中に一人の少年が浮かんだ。
彼は私の記憶から顔を消されても尚、あの日のように何かを私に言っていた。
彼の言葉は何だっただろうか。
もう忘れた。
思い出したくない。
出てこないで。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】
うすい
恋愛
【ストーリー】
幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。
そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。
3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。
さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。
【登場人物】
・ななか
広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。
・かつや
不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。
・よしひこ
飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。
・しんじ
工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。
【注意】
※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。
そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。
フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。
※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。
※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。
お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます
柚木ゆず
恋愛
ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。
わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?
当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。
でも。
今は、捨てられてよかったと思っています。
だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる