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17.その事実に思わず漏れる“運営めっ”
しおりを挟む「いらっしゃ~い。どうぞ見てって~って、およ?来渡人とは珍しい。よく都市に来られたねぇ」
目の前には銭湯の番台の様な高いところからチンマイお婆ちゃんが座ってこちらを見ている。
へぇ~、俺達は来渡人って言われてるのか、知らなんだわ。
「はい!街の案内図を見てきました。すっごい大っきいですよね、この都市」
「そうかい。来渡人であれを持ってる人間がいるなんてね。ゆうっくり見ていきなぁ」
「はい!ありがとうございます」
フィアーナが婆ちゃんへペコリとお辞儀する。
オレは少しばかりの緊張と共に、婆ちゃんに話を聞くことにする。
「お、お婆さん。スキルについて教えてくれませんか?」
たった今、オレの存在に気付いたように目を丸くしてオレの方を見るお婆ちゃん。
「おやおや~ぁ何だい?3サイズは企業秘密さね」
いや………そんなもん聞きたくもないわっ!
思わず突っ込みそうになる手を抑えて、オレは尋ねる。
「【言語理解】のスキルがあったら欲しいんだけど、ありますか?」
オレがそう言うと、その婆ちゃんはピクと動きを停止する。
何だ?まさかラグったりフリったりしたのか?いや、現在では画面が乱れる止まるなどの不具合は起こらないというのが定説だ。
特にVR―――脳内電子伝達機能に関しては何重ものチェック体制が取られ、万が一に備えられている。
オレがそんなことを思い浮かべながら婆ちゃんを見てると、肩を上下に揺らして動き始めオレに問い掛けてくる。
「【言語理解】についてどこで知りなさったんで?」
口調や仕草がそれほど変わってないが、何故か雰囲気が変化した気がした。
まるで何者かが乘り移った、あるいは憑依したかのように。
「キャラメイク時のスキル選択の時に見た記憶があったのさ」
オレの答えにしきりに顎をさすり考え込む婆ちゃん。いや婆ちゃんの中の人。
「なら今頃になって【言語理解】を手に入れようなんて思ったんだい?」
なんとも要領を得ない質問だ。オレとしてはスキルがあるのか聞いただけなのに。
何故こんな話になるのか首を捻るばかりだ。
だがオレが答える前にフィアーナがぺろっと喋ってしまう。
「あ、あたしが教えたからだと思います。コッチの文字とかいろいろと~」
「………………」
婆ちゃんが眉間にしわを寄せ唸ってから、フィアーナへと問い掛ける。
「嬢ちゃんが話したときCaution:codeは表示されなかったかい?スキル取得時に同意書に了承したんだよね?」
何故か詰問するように婆ちゃんの中の人が前のめりにフィアーナへと聞いてくる。
たかがスキルの事で、なんでこんな表情をしてるのかオレには理解に及ばず首を傾げる。
そのくらい婆ちゃんの顔が怖かったのだ。青筋立ててるし。
そんな婆ちゃんの威圧を屁とも思わず、フィアーナは小首を傾げて答える。
「警告文も現れませんでしたし、同意書とやらも知らないですよ?何なんです、それ?」
「何だってっ!?」
くはっ!っと眼と口を最大限に開いて婆ちゃんの中の人が驚きを表した後、虚空を見つめ始め動かなくなる。おっかねえぇよっ!
「よもやGDXクラスのHMVRDだとは。迂闊だ………」
どうしよう口調が完全におかしくなってる。せめてロールプレイに徹して欲しいものだ。
「あー、こほん。お嬢ちゃんの使ってるHMVRDは他の物より数ランク上のもので、このゲームがプレインストされておる。なのでデータ更新しないままプレイした為、今の状態にあるようじゃ。運営の手落ちじゃ、誠に申し訳ない」
軽く咳払いをした後、婆ちゃんが現状を説明してくる。数ランク上かぁ~。フィアーナってやっぱ金持ちなんだな。
GDXクラスなんて国産電気式自動車1台分にも匹敵するって聞いた記憶がある。
確か据え置き型だったっけかな。
あれ?でもあの欠食児童っぷりはどういうことだ?てっきり食べさせて貰ってないとばかり思ってたんだが………。
廃人プレイヤーとも思えないしなぁ………。
まぁ理由ありなんてどこにでも転がってる。オレが気にすることもないだろう。
踏み込む覚悟もないオレとしては、大きなお世話にもなりかねない。
こういう距離感て難しいしな。
「でじゃ、お前さん本当に【言語理解】のスキルが欲しいんじゃな?」
婆ちゃんから厳しい視線に晒されながらオレは頷く。
「ああ、これからオレがやりたいプレイには必要になるものだから、あるのなら売って欲しいと思ってる」
多分フィアーナの呪いを解くのにも必要不可欠なものなんじゃないかと推測している。
あるいは【言語理解】じゃなく【翻訳】とか【解読】とかのスキルがあるのかも知れない。
「ひとつ条件があるんじゃがいいかい?もちろんそっちのあんたにもだ。」
オレの言葉を聞き顎をさすり眉間に皺を寄せた後、婆ちゃんがそんな事を言ってくる。何ともおっさん臭い。
しかも条件と来たもんだ。しかもフィアーナを巻き込んで。
スキルを買いに来ただけなんだが、何なんだ?一体。
とは言え、ここで嫌だと言っても詰むっぽいので了承しておく。
「ああ、ところで条件ってのは何なんだ?婆ちゃん」
オレがそう聞くとホロウィンドウが目の前に現れ契約書のようなものが表示される。
それはフィアーナの前にも現れていた。
これは同意書か。
実はオレは取説とか約款なんかは読み込むタイプだ。
まぁやってみりゃ分かるぜ的に始めるのもゲームなんかはいいんだが、電子機器だとそうも行かない場合もある。
結局使いながら覚えるのが1番いいみたいだけどな。(一般的には取説は分からなくなった時見るとかな)
ただ契約書や約款なんかは書かれているものを読まんと、痛い目にあうことがあるので注意が必要になる。
そもそも契約者を甲、被契約者を乙とか言ってさらに~に関する条項を丙1,丙2とか略して煙にまくが如くなので、読んでいても最初の頃は頭がこんがらがって来るものだった。
あと絶対やっちゃいけないのが、捨て印を押すことだ。
“捨て印”とはそもそも互いに信頼をしている間柄が可能なものなのであって、ただ1度あっただけの人間に対してやっていいものではない。
特に金銭関係に至っては、それが顕著に現れてくる。
利率は言うに及ばず、あまつさえ金額まで書き換えるなんてことが現実にあったりする。
そしてそれが現実に有効であったりするのが、始末に負えないという。
まぁ現在はその手の契約なんかは電子契約を使っているので、そんな事は起こりえないってのが定説ではある。
だが他所じゃ今でも書面でやってるとこもあるから、その限りじゃねぇけどな。
なのでその同意書を読み込んでいく。
一.このスキルを取得するに辺り以後の条項を順守しなければならない
一.他者ーーーPCにこのスキルの事を話してはならない
一.このスキルの事を掲示板等に書き込んではならない
一.上記の条項を破った場合、直ちにアカウント抹消を実行する
一.なおスキル取得を為されなくとも、このスキルについて話す、書き込んだ場合も同様にアカウント抹消となる
何だじゃこりゃ。無茶ぶりにもほどがある。
本来スキルというのはゲームを楽しむためのただのガジェットであり、それ以上でもそれ以下でもない筈なのだ。
だが、【言語理解】スキルというものを識った時点でプレイヤーの生殺与奪の権利を行使するなんて聞いたこともない。
しかもこの同意書、同意するとかの選択がないという極悪仕様。
………一択ってなんなんだよである。
「んもー仕方ないですね。ほいっと」
フィアーナはしゃーねぇなぁと言う風に口に漏らしながら同意ボタンを押してしまう。それを見ながらちぃとは考えろやと思わないでもなかったが、溜め息を吐きつつオレも同意ボタンを押す。
どの道オレに選択権など無いのだ。いや全てのPCにと言い換えてもいい。
運営の掌の上で転がされるのみだ。
ピコン!
[【言語理解】スキルを受け取りました]
同意書のホロウィンドウが了承を終えるとすぐに消えて、別のホロウィンドウが現れる。
「ええっ!?」
「ふおっふぉっふぉっ!このスキルはのぉ、ある契約を成したものに与えられるものなのじゃ。要はただじゃなぁ」
ふ~ん、要は同意書を了承した時点でもらえるって事か。
何ともややこしいスキルだこと。
オレは貰ったスキルを早速使えるようにセットする。
これでオレにもこのゲームの言葉が解るようになったという訳だ。
とりあえず他にめぼしいスキルも無かったので、ばあちゃんに挨拶をしてスキルショップを後にする。
そして街の中を見ると世界が一転していた。
「うおっ!なんじゃこりゃあ!?」
いや、これは俺のただの印象にしか過ぎないのだが、それ程の情報量がオレの目の前に広がっていたのだ。
今までただの文様にしか見えなかったものが文字として理解できた。理解できてしまった。うおおぉ………。
オレが摂るに足らないそんな事に感動してると、フィアーナが声を掛けてくる。
「ピロさん、これからどうします?またダンジョンに行くんですか?」
確かに大罪都市での用件は済ませたので、もろもろアイテムの用意をすれば行けない事もないが………。
「いんや、せっかくだから都市の中を見て回ろう。掘り出し物があるかもしれないからな」
「了解です」
びしっと敬礼するフィアーナを見てから辺りを再度見回す。
まさしくここは都市の名に相応しい場所だった。
石造りであるが2階建ての建物は当たり前で、3階建て以上の建物もポツリポツリと並んで見えている。
「でけぇな………」
その様相は現実に比べても遜色ないものだった。
「ピロさ~ん!どこ行きますぅ?」
いつの間にか案内板の前でフィアーナが手を振り声を掛けてくる。
そうだな、まずはどこに行くか決めないとな。
まぁブラブラするだけでも面白そうではある。
そんな事を思いながらフィアーナの下へと俺は向かった。
案内板から様々な店を確認しつつ街巡りをしていく。
「ふっふっふーっ。いやいや色々い~もんがあったなぁ」
「あぐはぐぐ、はぐあぐは」
オレはホクホク顔で手に入れた素材をお思い返し悦に入る。これがあれば、アレとかコレとかソレが作れるかもしれない。夢が広がる。
フィアーナはそんなオレを見て何かを言うが、途中のパン屋で大量に買った惣菜パンを口に頬張ってるので何を言ってるのか分からない。
「食うか喋るかどっちかにな」
「……………」
どうやら食う方に専念する事にしたらしく無言になる。フィアーナらしいと口元をオレは緩める。
ある程度街の中を見て回ったので、オレは一旦ギルドホームへ戻ることをフィアーナへと伝えることにする。
「ここをある程度見て回ったからオレはギルドホームに行くけど、フィアーナはどうする?」
ごくりと咀嚼を終えたフィアーナはこれからどうするかを答えてきた。
「あたしもピロさんとギルドホームに行ってからログアウトします」
そういって、またパンをあぐあぐ食べ始める。………まぁいーけどな。
こうして公園に戻り路地を抜けて大通りへと来ると、そこでオレはまた目を見開き驚くこととなる。
【言語理解】を手に入れた今だからこそ分かる。NPCの店名が何気に酷かった。
“按図索駿が集る宿屋””放蕩者達の酒場””無為無能が求める防具屋”“無学無盲が通う武器屋”“甲斐性無しが来る道具屋”“後先見ずの猪武者が蔓延る薬屋”などなど。枚挙に暇がなかった。
「……………」
なる程同意書で了承させる理由のひとつがこれなんだろう。
PCを小馬鹿にした店名に少しばかり憤りを感じはするが、同意書に同意した我が身としては何かを言うことも出来ない。
しかもこんな事を言った日にはPC荒れることは火を見ることより明らかだ。くっそ。
つい言葉が漏れてしまっても仕方がないだろう。
「ちっ、運営めっ!」
オレの罵りにフィアーナが口をモグモグさせて首を傾げる。あーうん、君は食べてなさい。
こうして俺達は滞在都市を後にして、ギルドホームへと向かったのであった。
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