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君の唇がさよならと告げる前に 1
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「会長、打ち上げ出ないんですか?」
不意に背後から声をかけられ驚いて顔を上げた朋に、声をかけた生徒が気まずそうな笑みを浮かべている。
「あ…ごめん…用事があって…」
珍しく口籠る朋に、何かを察したような瞳があぁ…そうですね…と深刻な表情で頷いた。
「軽音部、中止にならなくて良かったです」
何も知らないというのは残酷だ。
悪気もなく土足で踏み込んでくる相手に声を荒げることは許されない。
ギリッと静かに奥歯を噛み締めながら、ホントに…と愛想笑いを返すと「会長のお力添えのお陰ですね」と、無邪気に笑った彼が、別の機会に改めて打ち上げしましょう、と丁寧に頭を下げ背中を向けた。
あの日。
朋の連絡を受け、入れ違いにスタジオに駆けつけた犬飼はその時の様子を詳細には伝えてくれなかった。
朋と二人きりで話す時間が持てない状況だった、と言ったほうが正確だろうか。
病院にいる、と犬飼から朋に連絡が入ったのは夕食の時間を既に数時間過ぎた頃だった。
言葉を発する事も出来ずスマホを強く耳に押しあてたまま嗚咽を漏らした朋を労るように犬飼は優しく「大丈夫だよ、朋くん」と語りかけた。
「…か…海翔は…?…」
「うん…揉み合いになってね…拳が目に当たったようで…」
揉み合いで当たったんじゃない。
あいつが海翔を殴ったんだ。
今更ながら、言われるままに背中を向けた自分を激しく呪った。全てを捨てる覚悟であのスタジオのドアを開け、朋は自分のものだと八代に言い放った海翔の声を思い出すたび、自分への嫌悪で気が狂いそうになる。
文化祭は滞りなく開催されたが、八代が所属するバンドがステージに上がることはなかった。
登校しない海翔に不穏な噂が流れる事もなく、朋は自分が果たすべき任務を淡々とこなし文化祭を終えた。
何度もスマホを取り出し海翔へのメッセージを打つが送信する事もできず、震える指先は宙を彷徨うばかりだった。
祭りの余韻に浸る賑やかな教室から逃げるように学校を後にし寮に帰ると、見慣れない車が停まっていて、そのナンバーに表記された地名ですぐにその車が海翔のものだと分かった。
ドクンドクンと心臓が不穏なリズムで脈を打つ。
海翔がまだ戻らない状況で彼の両親がここを訪れる理由に前向きな要素は一つも思い浮かばない。
自分に対する苛立ちをぶつけるように乱暴に玄関を開けると、こちらに背中を向けていた二つの影が振り返り驚いた顔で朋を見つめた。
「あ…」
「朋くん、お帰り」
二人の前に立っていた犬飼がいつもと変わらない柔らかい口調で朋を出迎え、挨拶を促すように視線をチラリと海翔の両親に向けた。
「こんにちわ…あの…このたびは…」
情けないほどに口ごもり下を向いてしまった。
この二人は今回の件をどんな風に聞いているのか。
海翔と朋の関係に疑いを抱いていないのか。
そして、今、なんの為にここに来ているのか…
「朋くん、いつも海翔と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ…こちらこそ」
不意にかけられた何気ない一言に心が震える。
目を反らしたまま言葉に詰まった朋に助け船を出すように、犬飼が言葉を繋いだ。
「海翔くんのね、入院に必要なものを取りにいらしたんだ」
「そうですか。あの…入院長くなるんですか?僕…文化祭があって全然お見舞いに行けなくて…ごめんなさい」
ごめなさい。
そう一番伝えたい相手がここにいない。
会いにいく勇気もない。
「海翔がねぇ、朋くんはどうしてる?って、犬飼さんにそればっかりで」
ねぇ…犬飼さん?とくすくす笑い犬飼に向き直った母親の背中がぼんやりと滲む。文化祭はもう終わったのかい?と尋ねる父親の声にこくこくと頷きながらこみあげてくる嗚咽を必死でおさえても、溢れてくる涙を止める事はできなかった。
「あらら…朋くんは泣き虫だからって海翔が言ってたけど…泣かなくていいのよ?海翔は元気だから」
フワリと頭に乗せられたのは父親の手だろうか。
大きなその手は海翔の手の温もりに似ていて、解けていく感情が無意識に唇から溢れだした。
「僕…海翔に会いたいです」
ズズッと鼻を啜り袖口で涙を拭うと、朋は顔をあげた。朋が突然泣き出した事に驚いた顔を見せる二人の後ろで、「行っておいで、朋くん。海翔くん待ってるよ」と犬飼が柔らかく微笑むと、「ちょうどよかった。今から行くところだから」と、手にした海翔の荷物を持ち替えながら、朋の涙が止まり安堵した父親が、一緒に乗っていくといいよ、と海翔と同じくっきりとした二重の瞳を嬉しそうに細め朋を見つめた。
不意に背後から声をかけられ驚いて顔を上げた朋に、声をかけた生徒が気まずそうな笑みを浮かべている。
「あ…ごめん…用事があって…」
珍しく口籠る朋に、何かを察したような瞳があぁ…そうですね…と深刻な表情で頷いた。
「軽音部、中止にならなくて良かったです」
何も知らないというのは残酷だ。
悪気もなく土足で踏み込んでくる相手に声を荒げることは許されない。
ギリッと静かに奥歯を噛み締めながら、ホントに…と愛想笑いを返すと「会長のお力添えのお陰ですね」と、無邪気に笑った彼が、別の機会に改めて打ち上げしましょう、と丁寧に頭を下げ背中を向けた。
あの日。
朋の連絡を受け、入れ違いにスタジオに駆けつけた犬飼はその時の様子を詳細には伝えてくれなかった。
朋と二人きりで話す時間が持てない状況だった、と言ったほうが正確だろうか。
病院にいる、と犬飼から朋に連絡が入ったのは夕食の時間を既に数時間過ぎた頃だった。
言葉を発する事も出来ずスマホを強く耳に押しあてたまま嗚咽を漏らした朋を労るように犬飼は優しく「大丈夫だよ、朋くん」と語りかけた。
「…か…海翔は…?…」
「うん…揉み合いになってね…拳が目に当たったようで…」
揉み合いで当たったんじゃない。
あいつが海翔を殴ったんだ。
今更ながら、言われるままに背中を向けた自分を激しく呪った。全てを捨てる覚悟であのスタジオのドアを開け、朋は自分のものだと八代に言い放った海翔の声を思い出すたび、自分への嫌悪で気が狂いそうになる。
文化祭は滞りなく開催されたが、八代が所属するバンドがステージに上がることはなかった。
登校しない海翔に不穏な噂が流れる事もなく、朋は自分が果たすべき任務を淡々とこなし文化祭を終えた。
何度もスマホを取り出し海翔へのメッセージを打つが送信する事もできず、震える指先は宙を彷徨うばかりだった。
祭りの余韻に浸る賑やかな教室から逃げるように学校を後にし寮に帰ると、見慣れない車が停まっていて、そのナンバーに表記された地名ですぐにその車が海翔のものだと分かった。
ドクンドクンと心臓が不穏なリズムで脈を打つ。
海翔がまだ戻らない状況で彼の両親がここを訪れる理由に前向きな要素は一つも思い浮かばない。
自分に対する苛立ちをぶつけるように乱暴に玄関を開けると、こちらに背中を向けていた二つの影が振り返り驚いた顔で朋を見つめた。
「あ…」
「朋くん、お帰り」
二人の前に立っていた犬飼がいつもと変わらない柔らかい口調で朋を出迎え、挨拶を促すように視線をチラリと海翔の両親に向けた。
「こんにちわ…あの…このたびは…」
情けないほどに口ごもり下を向いてしまった。
この二人は今回の件をどんな風に聞いているのか。
海翔と朋の関係に疑いを抱いていないのか。
そして、今、なんの為にここに来ているのか…
「朋くん、いつも海翔と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ…こちらこそ」
不意にかけられた何気ない一言に心が震える。
目を反らしたまま言葉に詰まった朋に助け船を出すように、犬飼が言葉を繋いだ。
「海翔くんのね、入院に必要なものを取りにいらしたんだ」
「そうですか。あの…入院長くなるんですか?僕…文化祭があって全然お見舞いに行けなくて…ごめんなさい」
ごめなさい。
そう一番伝えたい相手がここにいない。
会いにいく勇気もない。
「海翔がねぇ、朋くんはどうしてる?って、犬飼さんにそればっかりで」
ねぇ…犬飼さん?とくすくす笑い犬飼に向き直った母親の背中がぼんやりと滲む。文化祭はもう終わったのかい?と尋ねる父親の声にこくこくと頷きながらこみあげてくる嗚咽を必死でおさえても、溢れてくる涙を止める事はできなかった。
「あらら…朋くんは泣き虫だからって海翔が言ってたけど…泣かなくていいのよ?海翔は元気だから」
フワリと頭に乗せられたのは父親の手だろうか。
大きなその手は海翔の手の温もりに似ていて、解けていく感情が無意識に唇から溢れだした。
「僕…海翔に会いたいです」
ズズッと鼻を啜り袖口で涙を拭うと、朋は顔をあげた。朋が突然泣き出した事に驚いた顔を見せる二人の後ろで、「行っておいで、朋くん。海翔くん待ってるよ」と犬飼が柔らかく微笑むと、「ちょうどよかった。今から行くところだから」と、手にした海翔の荷物を持ち替えながら、朋の涙が止まり安堵した父親が、一緒に乗っていくといいよ、と海翔と同じくっきりとした二重の瞳を嬉しそうに細め朋を見つめた。
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