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旋律 2
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夕飯の準備が予定より早く終わり残りの勤務時間は何をしようかと換気扇の下で煙草をふかしていた犬飼の耳に、玄関の扉をガチャリと開ける音が届いた。
全員の予定はほぼ把握しているが、それにしても帰ってくるのが早すぎる...と、煙草を揉み消してキッチンから食堂を覗くと、ちょうどドアを空けて入ってきた海斗と目があった。
「お帰りなさい...というには早くないですか?」
「え?あぁ...具合が悪くて早退した」
「具合...?」
どう見ても具合が悪そうに見えない海斗に向けられた犬飼の視線から目を反らし、海斗は背中を向けて階段を登っていく。
「サボリだよ、サボリ」
面倒臭そうにそう言いながら2階へと姿を消した海斗に、犬飼は思わずため息をついた。
今朝の海斗と朋は静かだった。テーブルに並んで座り、時々耳打ちするように小声で話す様子はいつも通りだったが、どこかぎこちなかった。喧嘩中であれば全く言葉を交わさない二人だから、喧嘩ではない何かを抱えているのだと、犬飼は察した。
何かしら理由をつけて海翔の部屋を訪ねてみようかと思いながらも、それに応じない海翔の性格も分かっている。
結局どれだけ気に病んでも、自分はただ彼らが口を開いてくれるまで待つしかないのだ。コーヒーサーバーの底に残った煮詰まったコーヒーを自分のカップに注ぎ、空になったサーバーに向かって勢いよく水道の水を流し込む。その水音の向こうでテーブルの椅子を引く音が聞こえ顔を上げると、海翔の冴えない顔がこちらを向いていた。
「コーヒー、どうですか?」
「うん、もらおうかな」
さりげなく声をかけた犬飼に、海翔の瞳がホッと安堵の色を映す。
その、思いがけない反応にざわつく胸の内を押さえながら、キッチン越しに明るい声で話しかけながら、犬飼は手早く新しいコーヒーをセットした。
「サボりとは聞き捨てならないですね」
「ん?あぁ・・・今日は文化祭準備で授業ないし。サボったのはそれ」
「明日からですよね?文化祭」
「うん」
「楽しみですね」
「そうでもないよ」
急に曇った海翔の表情に気付かないふりをして、犬飼は淹れたてのコーヒーを海翔のカップに注ぎ、キッチンを出てそれを海翔に手渡し自分の席に座りまじまじと海翔を見つめる。
冬の日差しに照され黒く反射するピアノに視線を向けながらコーヒーを啜る海翔の脳裏にはきっと朋がいるのだろう、と犬飼は目を細めた。
「それで?」
「え?」
「何があったんですか?朋くんと」
話さなければ居られない何かを聞きますよ、と目で伝える犬飼に海翔は苦笑いを浮かべながらトンとカップをテーブルに置いた。
「あいつ、今日の放課後八代と会うんだ」
やはり彼絡みか、と犬飼は思わずため息をつく。
「経緯が分かりませんね」
「あぁ…文化祭のライブにあいつの高校の軽音部が出るんだ。」
「なるほど。彼も部員だったって事ですか」
「そう」
「何故会うことに?」
「さあね…詳しい事は聞いてない。脅されたのか、それとも朋から声をかけたのか」
「朋くんから?」
「八代が誤解しているのが嫌だって」
誤解という言葉にキシリと胸が痛む。咄嗟に取ったあの行動が結局こういう結果を招いてしまったのだ。
「ごめん」
「ん?・・・あぁ、別に犬飼さん責めてるんじゃないし」
「でも・・・」
ほんと、そこじゃないから、と海翔が困ったような笑顔を浮かべ犬飼はますます居たたまれない気持ちになり手元に視線を落とすと、それを気遣うように、海翔が話を続けた。
「本当はさ、放課後朋の跡をつけるつもりだったんだ。朋には待ち合わせ場所も聞いたし」
「これから、ですか?」
「でも、止めようかな、とか」
「何故?」
「だって、無理だよ。俺黙って見てるとか出来ないって」
それは犬飼にも容易に想像がついた。自分がその場に出向いたとしても、海翔と同様に冷静に二人を見守る事などきっと出来ないだろう。
「朋が自分で何とかしようとしてるなら、俺は待っててやる方がいいのかな、とかさ。考えてたら何もかも嫌になってきて」
「帰ってきたんですね?」
「そう。帰ってきた」
はぁぁ・・・と盛大なため息を吐いてカップを持ち上げた海翔に、犬飼は静かな声で語りかけた。
「考えなくても」
「ん?」
「頭で考えなくても、その時がきたら海翔くんは動くはずだから」
「え?」
怪訝な顔をする海翔に犬飼は確信を得た表情で真っ直ぐ海翔を見つめ「無茶はしないで下さいね」と呟くように言った。
全員の予定はほぼ把握しているが、それにしても帰ってくるのが早すぎる...と、煙草を揉み消してキッチンから食堂を覗くと、ちょうどドアを空けて入ってきた海斗と目があった。
「お帰りなさい...というには早くないですか?」
「え?あぁ...具合が悪くて早退した」
「具合...?」
どう見ても具合が悪そうに見えない海斗に向けられた犬飼の視線から目を反らし、海斗は背中を向けて階段を登っていく。
「サボリだよ、サボリ」
面倒臭そうにそう言いながら2階へと姿を消した海斗に、犬飼は思わずため息をついた。
今朝の海斗と朋は静かだった。テーブルに並んで座り、時々耳打ちするように小声で話す様子はいつも通りだったが、どこかぎこちなかった。喧嘩中であれば全く言葉を交わさない二人だから、喧嘩ではない何かを抱えているのだと、犬飼は察した。
何かしら理由をつけて海翔の部屋を訪ねてみようかと思いながらも、それに応じない海翔の性格も分かっている。
結局どれだけ気に病んでも、自分はただ彼らが口を開いてくれるまで待つしかないのだ。コーヒーサーバーの底に残った煮詰まったコーヒーを自分のカップに注ぎ、空になったサーバーに向かって勢いよく水道の水を流し込む。その水音の向こうでテーブルの椅子を引く音が聞こえ顔を上げると、海翔の冴えない顔がこちらを向いていた。
「コーヒー、どうですか?」
「うん、もらおうかな」
さりげなく声をかけた犬飼に、海翔の瞳がホッと安堵の色を映す。
その、思いがけない反応にざわつく胸の内を押さえながら、キッチン越しに明るい声で話しかけながら、犬飼は手早く新しいコーヒーをセットした。
「サボりとは聞き捨てならないですね」
「ん?あぁ・・・今日は文化祭準備で授業ないし。サボったのはそれ」
「明日からですよね?文化祭」
「うん」
「楽しみですね」
「そうでもないよ」
急に曇った海翔の表情に気付かないふりをして、犬飼は淹れたてのコーヒーを海翔のカップに注ぎ、キッチンを出てそれを海翔に手渡し自分の席に座りまじまじと海翔を見つめる。
冬の日差しに照され黒く反射するピアノに視線を向けながらコーヒーを啜る海翔の脳裏にはきっと朋がいるのだろう、と犬飼は目を細めた。
「それで?」
「え?」
「何があったんですか?朋くんと」
話さなければ居られない何かを聞きますよ、と目で伝える犬飼に海翔は苦笑いを浮かべながらトンとカップをテーブルに置いた。
「あいつ、今日の放課後八代と会うんだ」
やはり彼絡みか、と犬飼は思わずため息をつく。
「経緯が分かりませんね」
「あぁ…文化祭のライブにあいつの高校の軽音部が出るんだ。」
「なるほど。彼も部員だったって事ですか」
「そう」
「何故会うことに?」
「さあね…詳しい事は聞いてない。脅されたのか、それとも朋から声をかけたのか」
「朋くんから?」
「八代が誤解しているのが嫌だって」
誤解という言葉にキシリと胸が痛む。咄嗟に取ったあの行動が結局こういう結果を招いてしまったのだ。
「ごめん」
「ん?・・・あぁ、別に犬飼さん責めてるんじゃないし」
「でも・・・」
ほんと、そこじゃないから、と海翔が困ったような笑顔を浮かべ犬飼はますます居たたまれない気持ちになり手元に視線を落とすと、それを気遣うように、海翔が話を続けた。
「本当はさ、放課後朋の跡をつけるつもりだったんだ。朋には待ち合わせ場所も聞いたし」
「これから、ですか?」
「でも、止めようかな、とか」
「何故?」
「だって、無理だよ。俺黙って見てるとか出来ないって」
それは犬飼にも容易に想像がついた。自分がその場に出向いたとしても、海翔と同様に冷静に二人を見守る事などきっと出来ないだろう。
「朋が自分で何とかしようとしてるなら、俺は待っててやる方がいいのかな、とかさ。考えてたら何もかも嫌になってきて」
「帰ってきたんですね?」
「そう。帰ってきた」
はぁぁ・・・と盛大なため息を吐いてカップを持ち上げた海翔に、犬飼は静かな声で語りかけた。
「考えなくても」
「ん?」
「頭で考えなくても、その時がきたら海翔くんは動くはずだから」
「え?」
怪訝な顔をする海翔に犬飼は確信を得た表情で真っ直ぐ海翔を見つめ「無茶はしないで下さいね」と呟くように言った。
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