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旋律 1

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夜の住宅地は歩く人もまばらでシンとした静けさが2人を包み、それがとてつもなく心を穏やかにする。
カラカラと少し緩んだチェーンの音を鳴らす自転車を押しながら、海翔がチラリと朋の方を向いた。

「どうぞ」
「ん?」
「話したい事、あるんだろ?」
「うん・・・」

凪いでいた心に暗雲が立ち込める。ドクドクと心臓が鳴り響き、開いた口から出た声は自分が思うよりも掠れ、歩みを止めず前を向いたまま朋の言葉を待つ海翔の横顔は微かに緊張しているように見えた。

「あのさ」
「うん」
「文化祭」
「うん」
「毎年文化部が他校と合同で舞台発表するの知ってる?」
「・・・」

立ち止まった海翔が朋を振り返り、全てを察したようなその瞳が不安気な色で朋を映す。

「八代・・?」
「うん。軽音楽部だった。今日あっちの高校の奴らが打ち合わせに来て」
「うん」
「3日以内に連絡しろって言われたから・・明日の放課後に八代と会う」

朋が迷いを吹っ切るように一気に話し立ち止まったままの海翔をそっと窺うと、海翔はぼんやりと光を放つ街灯を見上げ、朋の言葉を頭の中で反芻しているようだった。

「あの・・・海翔・・・怒ってる?」

いつまでも動かない海翔の制服の裾をツンと引っ張ると、海翔はフッと諦めたようなため息をついて自転車に跨り、「ほら、朋、行くよ」と小さな声で言った。

「あ・・・うん・・・」

いつもなら「お巡りさんに怒られちゃうよぉ」とはしゃぎながら荷台をまたぎギュッと抱きつくその動作が、ぎこちなくて涙が出そうになる。

「いい?」
「うん・・・」
「足、気を付けろよ」

海翔の声はいつもと変わらない。でも、ずっと前を向いたまま表情を崩さない海翔の心中は穏やかではないはずだ。海翔に打ち明けず上手く事を澄ませば、お互いにこんな思いをする必要はないと分かっている。でも・・・

「海翔・・・?」
「ん?」
「本当は明日黙っていくつもりだった」
「・・・うん」

ペダルを漕ぐ海翔の足に力が入ったのだろう。耳元をびゅぅびゅぅと通り抜ける風の音が強くなる。

「でも、明日八代に会ったら、僕、言っちゃうかもしれない」
「何を?」
「お前は誤解している、って。僕が好きなのは犬飼さんじゃなくて中原海翔だ、って」

キキッと耳障りな錆びたブレーキの音を夜の住宅地に響かせて海翔が自転車を止めた。その衝動でぶつかった海翔の背中に、朋はゴシゴシと額を擦り付けながら、苦し気に口を開く。

「嫌なんだ、誤解されてるのが。僕は嫌なのはそこだけなんだよ、海翔。あいつが僕の事をどんな風に言いふらしても構わない。でも、僕は・・・僕が好きなのは・・・」

泣かないと決めて来たのに、どうして海翔の前で強くいられないのか。そう思いながらも震える声も溢れてくる涙も止める事が出来なかった。暖かい海翔の背中が愛しくて堪らない。さっきまで全て上手くいくと信じていた自分の考えが次第に揺らいでいく。

「海翔・・・僕・・・ごめん・・」

ギュッと海翔を抱きしめた朋の手を暖かい手が包み込んだのが分かった。

「朋・・・手、冷たすぎ」

そう言いながら、海翔は朋の手を優しく解くと、ポケットから取り出した手袋を朋の手にはめ、そしてその上から強く朋の手を握った。

「いいよ」
「・・・え?」
「言っても平気」
「・・・海翔・・・」
「明日か・・・本当は行って欲しくないけどな」

海翔の手に籠る力に、朋の喉から嗚咽が漏れる

「朋、約束して」
「なに?」
「明日、泣くなよ」
「・・・うん、泣かない」
「それから・・・」
「うん」
「あいつに抱かれるなよ」
「だっ!?!?」

しんみりとした空気を震わせた朋の声に、海翔がプッと吹きだして振り返る。

「ばっ馬鹿じゃないの?そんな事あるわけないじゃん」
「あったら殺す」
「いや、マジで。何言い出すかと思ったら・・・」
「俺は至って真面目に言ってるんだけど?」

後ろに回した手で朋の額をピンと弾き、海翔が地面を蹴って自転車を走らせる。

「ちょっ・・・急発進危ないって!」

グングンと早くなるスピードに、思わず海翔の体にしがみつくと、その背中から直接脳に響くような海翔の声が聞こえた。

「約束して」
「うん・・・ごめん。分かってる。約束するよ」
「俺、その場所にはいかないけど、近くで待ってる。いい?」
「うん・・・いいよ」
「朋?」
「なに?」

「愛してる」

ごめん海翔。勝手に決めて。心配させて。
だけど自分で何とかしたかった。必死で守りたいものを守れる強さが自分にある事を、海翔に証明したかった。
そして、どんな結果が待っていたとしても、この想いは誰にも壊せない事を確信したかった。

「僕も・・・海翔・・・」

耳が痛くなるような夜の冷たい空気の中、見上げた夜空には星々が煌めいている。

このまま2人でどこかへ行ってしまえたら・・・

きっと海翔も今同じ事を考えている。だが、それは口にしてはいけない。
壊せない想いがあるように、決して叶わない願いも確かにある事を僕らは知っていた。
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