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螺旋 6

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放課後の日差しは秋の装いを色濃く照らしながら、早くも夜に向って傾きはじめている

海翔が自転車にまたがったまま、バイト先のシフトを確認していたスマホの画面上に、朋からのメッセージが映し出された

 『おーい、かいとー上見て、上!』

小さく笑いながら顔を上げると、いつもの生徒会室から手を振る朋の姿が見えた

 『落ちるぞ』

手元を見て、朋が肩を竦める

 『海翔、好きだよ』

 『俺も』

 『ちゃんと言ってよ』

 『俺も好きだよ、朋』

送信ボタンをタップして朋を見上げると、嬉しそうに胸元でスマホを握りしめながら朋が頷き、背後で誰かに呼ばれた様子で教室を振り返ってからまた小さく海翔に向って手を振った

あと1週間で文化祭だ。それが無事終われば、朋とゆっくり過ごせる時間が増えるだろうか・・・

 そういえば、最近朋のピアノ聞いてないな

スマホを制服のポケットに突っ込み勢いよく地面を蹴って自転車を走らせた海翔の背中を見送ると、朋はもう一度海翔から送られたメッセージを読み返し、大切そうにスマホをポケットに入れた

「会長、軽音合同ライブの運営委員が揃いました。よろしくお願いします」

「わかりました」

少し火照った頬を窓から流れ込む冷たい風に当てて振り返った朋の瞳からさっきまでの暖かい光は消え去り、緊張気味に並んで座っている生徒たちからの視線を1人1人に返していく

文化部が、同じ日程で文化祭を開催する他校の部と合同で文化活動を発表するのはこの地域の高校では恒例になっている。今年の文化祭で、永華の吹奏楽部が近隣の女子高で合同演奏会を行い、永華の体育館ステージでは深見沢の軽音楽部がライブをする事が決まったのは、まだ夏休みに入る前だ

昨日渡された合同ライブに関する資料に目を通して以来の憂鬱の原因はこれだった
朋の言葉を待つ運営委員の中に、真っ直ぐに朋を見つめる八代の姿があった

「じゃぁ、始めようか」

八代から目を逸らして席についた朋の静かな声を合図に、カサカサとプリントを捲る音だけが教室に流れる

 さっさと終わらせよう

時々胸に冷たく触れるネックレスにさっき見た海翔の背中を思い出しながら、朋は淡々と説明を進めた

「ライブの内容自体は運営委員の皆さんにお任せします。高校の文化祭でのライブである事を忘れないように。深見沢高校の皆さんは、この日は課外授業扱いになりますので、手元にある承諾書に保護者のサインと印鑑をもらって、貴校と当校の両方に提出して下さい。皆さんが当校を利用できるのは、別紙にある割り当て表の時間帯、指定された教室のみですので注意して下さい・・・僕からは以上です」

淀みなく説明を終えた朋が言葉を区切り、一瞬躊躇いを見せてから立ち上がる

「何か質問があればどうぞ」

さり気なく八代の様子を伺ったが、朋と視線が合うと八代は目を逸らして手元を見つめただけだった

「それでは当日のライブ楽しみにしています。頑張って下さい」と締めくくり、後は任せたよ、と朋の横に座っていた運営委員長の肩を軽く叩きながら口の端で小さく笑みを作ると教室を後にした

 海翔にちゃんと言わないと

この場で八代が何を言い出すのでは・・・と不安ではあったが、海翔に余計な心配を掛けたくなかった。彼が何を口にしようと冷たくあしらえばいいと自分に言い聞かせ続けたが、どうやら杞憂だったようだ。後ろ手に教室のドアを閉めながら朋が小さく安堵のため息を漏らして廊下を歩きだした時、背後で教室のドアが開く音がした

「よぉ」

朋の後を付け回していた時のような控え目な印象はどこにもなく、ドアを閉めがら朋に近づく八代に朋が怪訝な表情を向ける

「何?」

「ん?あぁ、トイレ行きたいんだけど。トイレどこ?」

「廊下の先」

「あ、そ。どうも」

軽く片手を上げて、すたすたと朋の前を歩く八代の余りにも不自然な自然さに、不信感を募らせながら、距離を空けてその背中を追うように朋が歩き出すと、トイレの前で立ち止まった八代が振り返った

「何?かいちょーさんもトイレ?」

「帰るんだよ」

吐き出すように朋が答えた瞬間、八代が朋の手を掴みトイレへと朋を引き込んだ

「ちょっ・・・何すんだよ!」

咄嗟に大声を出した朋の口が八代の大きな手で塞がれる。手首を掴む力が強さを増し、朋の喉が低く鳴ると、八代は体を押し付けるようにして、朋を壁際に追い詰めた

 海翔っ・・・

思うように呼吸できない苦しさで朋がギュッと目を閉じると、フッとため息が聞こえ、朋の手首を強く握っていた手の力が少し緩んだ

「俺が何か言うと思った?あんたがおっさんと付き合ってる事とか、さ」

勝ち誇ったように目を細める八代に咄嗟に言葉を返す事が出来ず朋が奥歯を噛みしめた瞬間、廊下に男子生徒の声が響き、八代はチッと小さく舌打ちをして、朋の耳元に口を寄せた

「スマホ出せ」

「えっ・・・?」

「早くしろ」

朋が思うように力が入らない指先で言われるままにスマホをポケットから出したのを確認すると、八代が耳元で数字を囁く

「登録、早く」

どんどん近づく能天気な笑い声に急かされるように、朋が数字の羅列を打ち込んで登録ボタンをタップすると、八代は満足気な顔を見せ朋から体を離し、「3日以内に電話くれよな」と囁きを残して、用も足さずにトイレから出ていった

八代と入れ違いにトイレに入ってきた男子生徒たちが、壁際でスマホを片手に立ちすくんでる朋に気付き口を噤んで軽く頭を下げると、朋は何事も無かったようにスマホをポケットに入れて廊下へと出た
込み上げてくる悔しさに涙が出そうになるのを堪えながら、階段を降りる

ついさっき宝物のように握りしめていたスマホの重さが鬱陶しく感じ、窓から放り投げたい衝動を必死で押さえながら、海翔の優しい笑顔を思い出そうとするのに、「俺に隠し事するな」と呟いた苦し気な瞳ばかりが浮かんでくる

 海翔・・・僕、どうしたらいい?

放課後の校舎を出ると、ほんの少しの自由を楽しむ生徒たちのはしゃいだ声があちこちから聞こえてくる
小さな2人だけの世界で息を潜めるように笑みを交わす2人の関係を、どうしてそっとしておいてくれないのか

 神様は意地悪だ

油断したとたんに滲んだ涙をそっと拭うと、朋は胸元のリングをギュッと握り締めてから、いつもとは違う方向に向かって歩き出した

 

















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