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螺旋 5

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憂鬱なアラーム音で目覚めて階段を降りると食堂から賑やかな話し声が聞こえた
定期テスト前で部活のないサッカー部の3人が朝から元気な声を響かせている

「お、海翔ひさしぶり」

夏休み明けの小学生のように日焼けした悠太が八重歯を覗かせた笑顔で手を振った

 「おかえり。元気そうだな」

 「俺はいつでもどこでも元気」
 
 「うるさいのも相変わらず」

 「大きなお世話だよ」

椅子を引きながら、海翔は視線を泳がせる
いつも海翔より先に隣に座っている朋の姿がなかった。キッチンにいるのかと視線を移した海翔に気づいた陸が

 「そういば朋、まだ来てないな」と言葉を挟んだ

 「海翔君が先だなんて珍しいですね」

両手サラダを持ってキッチンから出てきた犬飼におはようございます、と応えながら思わず陸に向けた視線を誤魔化すように、海翔は

 「俺、朋起こしてくるよ」と、一度引いた椅子を戻してから、階段を駆け登った


 「朋、まだ寝てるのか?」
軽くノックをしてからドアを開けると、毛布にくるまってこちらに背中を向けて寝ている朋の姿があった。海翔の声で目が覚めたのか、毛布の中でモソモソと足元が動かしてから眠た気な顔を海翔に向けて眩しそうに目を細めた

 「あー海翔、おかえりぃ」

 「おかえりじゃねーよ。朝だよ朝」

くくっと笑いながら朋の枕元に座った海翔が、寝癖のついた朋の前髪をかき上げて柔らかな白い額に唇を当てると、朋は嬉しそうに身を捩って海翔の首にしがみつき、ゆっくりと体を起こす

 「アラームかけないで寝ちゃった」

 「具合悪いとかじゃなく?」

 「んー?元気元気」

毛布を払いのけて伸びをし、海翔の唇にリップ音を乗せると、朋はベッドから降り、ううっ寒くない?と、ブルッと体を震わせながらエアコンのスイッチを入れ、トレーナーを脱いだ
露になった背中を眺めていた海翔がニヤリと口角を上げて立ち上がり、その背骨を指先で辿ると、朋がひゃっ!っと大声を上げてのけ反った

 「ちょっ、やめろよ!」

 「目が覚めたろ?」

 「大きなお世話」

いつまでも可笑しそうに笑っている海翔に不機嫌な眼差しを向けながら壁にかかっていた制服に着替える朋の首元に、シャランと冷たい感触が与えられ、ボタンを閉めていた手が止まった

 「何これ」

 「陸からのお土産」

ネックレスの留め具を留め終えた海翔が、朋の前に立ち、自分の胸元から同じネックレスを引き出して揺らす

 「ここに、朋の名前が刻印してある」

リング部分を指差して言った海翔言葉に、朋はえっ?と嬉しそうな顔をして、自分の胸元で鈍く光るリングを掴みその内側を覗きこんだ

 「あ…ほんとだ。僕のは海翔の名前」

 「うん」

朋はリングをギュッと握り絞めると、ピョンと飛び付くように海翔の胸に飛び込んできた

 「嬉しい。ありがとう」

「俺じゃなくて、陸な」

「うん・・・でも、ありがとう海翔」

コツンと海翔の肩に額をつけた朋の背中に腕を回し、くしゃくしゃの髪の中に鼻先を埋めながら海翔が小さな声で問いかけた

「どうした?」

「んー」

額を肩にこすりつけるように首を左右に振って朋が回した腕が、ギュッと海翔を抱きしめる

「学校行きたくないなぁー」

「・・・え?」

朋がそんな言葉を吐くのは初めてだ

「何?何かあった?」

黙ったままの朋に不安を感じ、両手を離してその頭をつかみ自分の方に向けた朋の表情を覗き込むと、海翔と合った朋の瞳が悪戯な色で微笑んだ

「なーんて!海翔の真似!」

「なに」

へへへ、と笑う朋を海翔が険しい顔で見つめる

「ジョーダンだよ、ジョーダン。早く下に行かないとまた走る羽目になっちゃうよ」

スルリと海翔の腕をすり抜けると、朋は制服のジャケットを羽織って前のボタンを留めながら鏡の前に立った
最後のボタンを留めた後、胸元に隠れたネックレスを引き出して鏡越しにそれを眺め、また大切そうに胸元にしまって振り返った

「お揃い、嬉しいね」

「そうだな」

表情を緩めた海翔がそう答えると、すぐ行くから下に行ってて、と言いながら朋が机の上の教科書をリュックに詰め込んだ

 何かあったんだな・・・

朋の背中がそれを聞く事を拒絶しているように見えて、海翔は思わず朋の背中に抱きついた

「ちょっと、海翔。なになに、重いじゃん。準備できないって」

笑いながら海翔を振り払おうとする朋を、もっと強い力で抱きしめる

「朋・・・」

「なに」

「隠すなよ?」

「え?」

「俺に隠し事するな」

首元で思いつめたような声で囁く海翔に、朋は動きを止めると小さなため息をついて振り返り、海翔の目線にふんわりと優しい笑顔を作りながら、子どもをあやすように、海翔の頭を撫でた

「しないよ」

 言わないのか・・・

込み上げてくる苦い言葉を海翔が呑み込んだ瞬間、階段の下から2人を呼ぶ陸の声が寮内に響き渡った

「朋ー!海翔ー!早く食えって犬飼さんが怒ってるぞーー!」

その声の後ろで、怒ってないです、と犬飼の声が小さく聞こえ、朋がプッと小さく吹き出して机の上のリュックを閉じると、海翔の腕を掴んだ

「海翔、行こう」

引っ張られるままに、朋の部屋を出る

朋が学校に行きたくない理由は何だ?
隠し事をしているのは明らかで、それに海翔が気付いている事も朋には分かっているはずだ
それなのに、それを明かそうとしない朋にもどかしさを感じる
これじゃ今までと同じじゃないか

階段を降りる手前で振り返った朋が、足を止めて海翔の眉間をほぐすように人差し指を当てた

「なんだよ」

顔を背けて朋の手をどけると、階段を降りながら「イケメンが台無し」と笑った朋の目が、心配しないで、と海翔に囁きかける

 わかったよ、朋。嘘を信じるよ

フッと笑顔を返した海翔を確認すると、朋は勢いよく階段を駆け下りる

「おはよー寝坊しちゃったよ。・・・あ!陸、お土産ありがとう!」

「おわっ!お前、やめろよ、暑苦しい。てか、コーヒー零しちゃったじゃん」

喚く陸にお構いなしに、後ろから抱き着いたまま陸の体を揺らしつづける朋の笑い声が食堂に響くと、キッチンから出てきた犬飼が呆れた顔をしながら、二つ並んだ空のコーヒーカップに、ゆっくりと淹れたてのコーヒーを注いだ

朝食の間、さり気なく朋の様子を伺っていたが、特に沈んだ表情をする訳でもなく始終、サッカー部の連中や犬飼と楽し気に話をしていた

「俺、電車で行こうかな・・・」

朋の耳元でボソッと呟いてみる

「海翔今日もバイトでしょー?自転車で行かないと、終電逃したら帰り困るじゃん」

何食わぬ顔でいつものように海翔の皿の上のトマトを摘まみ口に放り入れた朋が、犬飼に窘められて肩を竦めた

「海翔、相変わらずバイト頑張るねぇ」

既に食事を終えてテレビの前のソファーに座っていた雅也が海翔を振り返りながら太い声を響かせる

「めっちゃ貯まったんじゃね?」

「そうだな」

「そんなに貯めてどうすんだよ」

「あー・・・マンションでも買うわ」

無表情のままそう言ってトーストに齧りついた海翔の腕に、朋がしがみつく

「うわぁ!やったね!」

「いいなぁ・・・俺も一緒に住みたい」

「やだよ。陸うるさいし」

当たり前のように海翔の何気ない未来への妄想に自分を重ねて喜ぶ朋の姿を見て、さっきまで感じていた不穏な気持ちが少しずつ溶けていく

 まぁ・・・俺も単純だな

しがみついた朋の襟元から覗くお揃いのネックレスに視線を走らせながら、海翔は少しぬるくなったコーヒーで口の中のトーストを流し込んだ
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