君の唇がさよならと告げる前に

HAZZA

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海翔がシャワーを浴び制服に着替えて部屋を出ると、ちょうど朋も部屋から廊下へと姿を現した
渇ききっていない髪を掻き上げながら小走りに海翔に駆け寄ると、甘えた目で海翔を見つめる

「陸たち、朝練行っちゃったみたいだね」

しんと静まり返った廊下に朋の声が響く

「そうだな」

「海翔、大丈夫?」

「何が」

「何って・・・」

言い淀む朋の額に優しく唇を落とすと、海翔は大きな手で朋の頬を包んだ

「平気じゃないよ」

「えっ?」


「上書きさせて」

心配そうに瞳を揺らした朋の唇を塞ぐと海翔は優しく朋を味わった後、満足気に目を細めて顔を離しクシャッと朋の髪を撫でた

「平気じゃないけど、大丈夫だから。行こう」

海翔が朋の手を取り階段を下りると、朝の光をたっぷりと浴びた食堂のテーブルに料理を並べていた犬飼が、2人の足音に振り返る

「おはようございます」

犬飼の声が昨日と変わらない響きで2人の耳に届き、海翔と朋はそっけなくおはようございます、と応えながらいつもの席に座る
朋が思わずテーブルの下で、繋がれたままの海翔の手をギュッと握り締めると海翔は朋に向って小さく頷いてから犬飼に声を掛けた

「犬飼さん」

キッチンに戻ろうとしていた犬飼が2人に背中を向けたまま立ち止まる

「海翔君、昨日夕食食べなかったからお腹空いてるんじゃないですか?急いで温めますから・・・」

そう言いながらも2人を振り返らない犬飼の背中が緊張しているように見える

「犬飼さん、こっち向いて」

海翔にそう言われ俯いた犬飼が、ゆっくり振り返り2人を見つめた

「昨日は本当に申し訳ない事をしました・・・私は・・・」

「違う」

犬飼の言葉を遮る海翔の視線に犬飼が口を噤む

「俺は犬飼さんに謝って欲しい訳じゃない。犬飼さんが何を考えて朋にキスをしたのかは分かってるつもりだから」

真っすぐ犬飼を見つめる海翔に観念したようなため息をつくと犬飼は椅子をひいて2人の前に座り海翔の言葉を待った

「犬飼さん…俺は朋を好きになってから、ずっと不安なんだ」

海翔の言葉に下を向いていた朋が驚いた目で海翔を見つめる。海翔が『大丈夫』というように朋の手を握り返し、繋いだままの手をテーブルの上に置いた

「俺がこうやって自分の気持ちに正直に誰の目も気にせずに朋に触れられるは、俺たちの事を知っている人の前でだけだ。朋と俺は恋人同士なのに、それを他人に証明する事が出来ない」

そこまで話すと海翔が静かに息を静かに吐きながら言葉を探す

「だから・・・昨日、八代の前で・・・誰が通るかも分からない道の上で、咄嗟に朋にキスをした犬飼さんに心底ムカついた」

絞り出すように気持ちを言葉にする海翔の瞳が微かに揺れながら犬飼を射る

 あぁ・・・そうか・・・

その瞳の中の真意に犬飼はため息のように小さく笑った
海翔が何を言いたいのか、犬飼には良くわかった

彼は今、怒りや宣戦布告ではなく、犬飼との間に決して交わらない一線を引こうとしている

自分たちが添い遂げる為に乗り越えなければいけない高い壁がある。その壁の在処は社会と。そして自分たちの心の中だ

『俺の好きと犬飼さんの好きは違う』

見えない壁の前で立ちすくむ不安や憤りこそがお互いを求める気持ちが本物である証だと、きっと海翔は犬飼に伝えたいのだろう

「全く・・・君は真面目だね」

ため息をつきながら海翔を見た犬飼の口調に朋が驚いて顔を上げ、犬飼と海翔の顔を交互に見た

「性分ですから、仕方ないです」

海翔を好きだと告げた時の犬飼を思い出しながら、海翔が肩をすくめると、犬飼は静かに立ち上がってキッチンに入り香ばしい香りを漂わせていたコーヒーサーバーを手に戻り、口元に笑みを浮かべながら海翔と朋のカップに丁寧にコーヒーを注いだ

「正直に言えば・・・」

3つ目のカップに最後の一滴をポトリと落とす

「君たちの仲をひっかき回したらどうなろうんだろう?と思わない事もないけど」

そう言ってクスリと笑う犬飼に、思わず立ち上がろうとした朋の手を海翔がギュッと握ってそれを止めた

「昨日のは本当にそういう邪な考えはなかったよ。八代という子の怒りの矛先が君たちに向かないようにしたかっただけ」

コーヒーサーバーを置きながら席につくと、犬飼はまっすぐに2人を見つめた
出会ったのはまだ数ヶ月前なのに犬飼を見ている2人の眼差しはその頃より随分大人びて見える

「だから・・・ごめんな、朋君」

そう言って差し出された犬飼の手が朋のくせっ毛をグシャクシャとかき乱すと、朋がムッとした顔でそれを振り払った

「犬飼さんウザい」

顔をしかめながら朋が犬飼を睨む横で、海翔がフッと微笑んだ
その微笑みに、吸い込まれるように犬飼が手を離す

あぁ・・・そうか
別に腫物に触るように静かに2人を見守る必要なんてなかったんだ。手を伸ばせば触れられるこの2人に、自分の手の平から熱を伝えるように、大切だと言ってあげれば良かったのか
秘める必要のない思いを隠さなけらばならないのは、こちらの配慮が過ぎるからなのかも知れない

「俺は2人の未来を信じてるよ。3年後、ここを巣立つ時に、俺をがっかりさせないでくれよな」

「がっかりって何」

腑に落ちないというように朋が呟きながら、空いた手でコーヒーカップを口に運ぶ

「朋君、油断したら俺が海翔君奪っちゃうよ?」

愉快そうに朋をからかう犬飼の言葉に朋が喉を鳴らしてむせると、海翔がその背中を優しくさすりながらクククッツと笑った

「俺、この犬飼さんなら信頼できる」

「『この』っていうのが引っかかるなぁ」

「みんな、そう思ってるよ」

「え?」

「『管理人』犬飼じゃなくて、素の犬飼さんに話を聞いてもらいたいって」

思わぬ海翔の言葉に犬飼は一瞬言葉を失う。どんな状況にいても、仕事だからと自分を押し殺していたのを見抜かれたようで急に居たたまれない気持ちになった

「僕も今のダーク犬飼が好きだな」

「ダークって何ですか・・・」

「あ、優等生犬飼に戻った」

プッと吹き出した朋の笑顔が、昨日の行為は許すよ、と伝えてくれる

「べっ、別に優等生じゃない・・・」

「俺は負けないし。犬飼さんに」

涼し気な顔でそう言う海翔に、犬飼の素直な対抗心が疼く

「そういう事は、その皿のトマトを食べてから言って欲しいね」

「なっ・・・」

「あーあ。海翔ざんねーん。犬飼さんに負けちゃったぁ・・・いてっ」

海翔をからかう朋の額にデコピンを食らわした海翔が、ムスッとしたまま朋の手を離し真面目な顔でトマトを口に運んだ

「え?まじ?いや、ちょっと、海翔何ムキになってるの?吐いちゃうよ?ねぇ、やめなって」

目をギュッと閉じてトマトを咀嚼してる海翔の顔を覗き込み心配そうに眉を潜める朋の肩を、突然海翔が掴む

「えええっ?何っ???」

朋が驚くより早く海翔の口が朋の唇を塞ぎ、咀嚼したトマトをその口に流し込んだ

「んんんんっ!?!?」

目を見開きながら、唾液の混じったトマトを朋が飲み下すと、ゆっくり唇を離した海翔が犬飼を見てニヤリと笑った

「ごちそうさまでした」

犬飼は、やれやれ、と肩をすくめて立ち上がると「遅刻しそうですよ」と壁の時計を指さす

「げっ」
「やばっ」

2人は同時に叫ぶと、皿の上のトーストを口に咥えながら立ち上がり、床に置いた鞄を掴んで肩をぶつけ合いながら玄関へと走っていく

「車に気を付けて」

その背中に犬飼が声を掛けると、玄関から「行ってきます」という2人の声が美しいユニゾンで食堂に届いた
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