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喧騒 8
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「海翔待って!」
背中で朋の叫ぶような声を聴きながら海翔は乱暴に寮の玄関の鍵を開けると、スニーカーを脱ぎ捨て、廊下から階段を駆け上がった
呼吸が苦しい
このまま早く部屋に入って全てから遮断されたい
部屋のドアに手を伸ばしたのと同時に、後ろから強い衝撃を受けて思わずドアに両手をついた
「嫌だよ海翔。ちゃんと僕を見てよ。置いていかないでよ・・・」
海翔の腰に回された朋の腕が強く海翔を締め付け、背中から朋の体温が伝わってくる
海翔を追いかけて走ってきた朋の荒い呼吸の中に、微かに嗚咽が混ざっているのに気付くと、海翔は思わず振り返って朋を抱きしめた
朋の頭を自分の肩に押し付け、その耳元に自分の顔を埋めながら押し殺した声で「ごめん」と海翔が呟く
「朋は悪くない。泣かなくていい。でも、今、朋に顔見られたくないんだ」
「海翔・・・」
「何だか・・・これ、この前と逆だな」
海翔は自嘲するように小さな声でそう言いながら朋の髪を撫でると「頼むから目を瞑って」と囁いた
「うん・・・分かった」
朋が言われるままに目を閉じると、海翔はゆっくり体を離して指先で朋の唇に触れた
その形を確認するように、何度も唇の輪郭をなぞった後その指先で優しく朋の涙を掬い取る
朋は海翔の愛おしそうな眼差しを思い浮かべて海翔の温もりを待ったが、涙を掬った海翔の指先が静かに朋から離れた瞬間前髪を微かに揺らす風圧を感じ慌てて開けた瞳には、閉じられたドアだけが映った
「海翔・・・なんで・・・」
朋が震える声で問いかける
「朋、ホントごめん。今日だけは勘弁して。陸たちには、具合が悪いとか適当に謝っといて」
「嫌だ」
「朋・・・頼むよ・・・」
ドア越しに聞こえる海翔の弱々しい声に朋の胸がキリリと痛んだ
「海翔?」
「なに」
「僕の事好き?」
「好きだよ」
「誰よりも?」
「誰よりも」
朋は冷たいドアにコツンと額を当てながら泣かないように奥歯を噛みしめた
どんなに言葉を重ねてもドアに隔たれた海翔の心に手が届かない
「信じてるよ、海翔」
信じてる
お願い 伝わって 僕の気持ち
祈るように海翔の返事を待つ朋の耳に届いた「ありがとう」の声は、密やかに震えていて、まるで泣いているようだった
朋はドアに額をつけたまま次の言葉を期待したが、海翔のあの優しい声が静寂の中に響く事はなく、海翔の体をなぞるようにドアに指先を滑らせた後、朋は小さくため息をついて自分の部屋へと向かった
朋、ごめんな
ドアに背中を預けて床に座りこんでいた海翔は、朋が立ち去っていく足音にギュッと膝を抱えた
誰も悪くないんだ
自分の気持ちに応えて欲しいと願う八代も、八代が向けた怒りから朋と海翔を守ろうとした犬飼も、もちろん朋も
でも、その全てを肯定して受け入れられる余裕など自分にはない
押さえられないほどの嫉妬心を隠そうとする度に心が蝕まれていく
胸の奥底から溢れ出す感情に耐えられなくて、海翔は膝に額を押し付けた
怖い
信じ合う気持ちがあっても、朋にその気がなくても、誰かが朋の腕を強引につかんで奪い去ってしまうかもしれない
一緒にいたいと願えば願うほど、その恐怖は大きくなっていく
いつまでも、と願うからだ
いっその事、卒業までの3年間だけと割り切って、青春を謳歌するように朋との時間を過ごせたらどんなに気が楽だろう。朋が誰かに告られても、目の前で朋の唇を奪われても、朋が「好きだよ」と言ってくれさえすれば、残された時間の為に全てに目を瞑って平気な顔で朋を抱きしめられるかも知れない
いや・・・それも無理か・・・
どんなに考えを巡らせても、もう、朋がいない世界などあり得ない
それなら
海翔は膝を抱えていた掌を強く握り締めると、顔を上げて立ち上がり、そのままベッドにうつ伏せに倒れ込んだ
確かな何かが欲しい。言葉とか約束じゃなく、もっと確かな何か
そんな抽象的な解決方法しか思いつかない自分の幼さに腹が立つ
海翔は目を閉じて、朋の顔を思い浮かべた。抱きしめると嬉しそうに海翔に体を預ける朋の体温を思い出す
絶対に離さない
その為には認めなければいけない
自分はまだ子どもなのだ
誰かに守られなければ生きていけないほど幼くはないが、今、朋と一緒に居る為にはこの生活を続けるしかない
朝起きて食堂に降りれば、学校から帰宅して玄関を開ければ、そこには必ず犬飼がいる
今後二度と八代が朋の前に姿を現さないという確証もない
『信じてるよ、海翔』
「朋、ごめん」
何度目かの言葉を海翔は声に出して言ってみる
信じてると言ってくれた朋が一番欲しい言葉も、『信じてる』だったはずだ
それを分かっていて答えられなかった自分の弱さに虫唾が走る
朋が不安に苛まれて流す涙を、もう繰り返さない
進むべき道が見つからず2人が立ち止まってしまっても、手さえ繋いでいれば朋が安心した笑顔を自分に向けてくれるように
その為に、自分を見失いそうになるようなこの渦巻く感情はこの夜に置いていこう
このまま目を閉じて眠りに身を任せ、朝の光がこの部屋を照らしたら、いつもと同じように制服に着替えて食堂へむかい、犬飼と朝の挨拶を交わす
犬飼は何かを言おうとするだろう
どんな言葉を聞いても冷静に答えよう
きっと海翔の隣には朋がいる
海翔の隣に座り、小さく笑いながら海翔が嫌いなトマトに手を伸ばしてくれるはずだ
大丈夫
俺たちは離れない
でも、今夜は
今夜だけは、弱い自分に溺れたい
閉じた海翔の目の端から一筋の涙がこぼれた
ずっと堪えていたものが一気に溢れ出し、胸の痛みと共に激しい嗚咽で喉が震える
海翔は声を殺すように腕で口を塞ぐと毛布を掴んでその中に身を隠した
海翔を包んだ毛布は、薄暗い夕刻の帳が部屋を包み込むまで、切ない泣き声を閉じ込めたままいつまでも震えていた
背中で朋の叫ぶような声を聴きながら海翔は乱暴に寮の玄関の鍵を開けると、スニーカーを脱ぎ捨て、廊下から階段を駆け上がった
呼吸が苦しい
このまま早く部屋に入って全てから遮断されたい
部屋のドアに手を伸ばしたのと同時に、後ろから強い衝撃を受けて思わずドアに両手をついた
「嫌だよ海翔。ちゃんと僕を見てよ。置いていかないでよ・・・」
海翔の腰に回された朋の腕が強く海翔を締め付け、背中から朋の体温が伝わってくる
海翔を追いかけて走ってきた朋の荒い呼吸の中に、微かに嗚咽が混ざっているのに気付くと、海翔は思わず振り返って朋を抱きしめた
朋の頭を自分の肩に押し付け、その耳元に自分の顔を埋めながら押し殺した声で「ごめん」と海翔が呟く
「朋は悪くない。泣かなくていい。でも、今、朋に顔見られたくないんだ」
「海翔・・・」
「何だか・・・これ、この前と逆だな」
海翔は自嘲するように小さな声でそう言いながら朋の髪を撫でると「頼むから目を瞑って」と囁いた
「うん・・・分かった」
朋が言われるままに目を閉じると、海翔はゆっくり体を離して指先で朋の唇に触れた
その形を確認するように、何度も唇の輪郭をなぞった後その指先で優しく朋の涙を掬い取る
朋は海翔の愛おしそうな眼差しを思い浮かべて海翔の温もりを待ったが、涙を掬った海翔の指先が静かに朋から離れた瞬間前髪を微かに揺らす風圧を感じ慌てて開けた瞳には、閉じられたドアだけが映った
「海翔・・・なんで・・・」
朋が震える声で問いかける
「朋、ホントごめん。今日だけは勘弁して。陸たちには、具合が悪いとか適当に謝っといて」
「嫌だ」
「朋・・・頼むよ・・・」
ドア越しに聞こえる海翔の弱々しい声に朋の胸がキリリと痛んだ
「海翔?」
「なに」
「僕の事好き?」
「好きだよ」
「誰よりも?」
「誰よりも」
朋は冷たいドアにコツンと額を当てながら泣かないように奥歯を噛みしめた
どんなに言葉を重ねてもドアに隔たれた海翔の心に手が届かない
「信じてるよ、海翔」
信じてる
お願い 伝わって 僕の気持ち
祈るように海翔の返事を待つ朋の耳に届いた「ありがとう」の声は、密やかに震えていて、まるで泣いているようだった
朋はドアに額をつけたまま次の言葉を期待したが、海翔のあの優しい声が静寂の中に響く事はなく、海翔の体をなぞるようにドアに指先を滑らせた後、朋は小さくため息をついて自分の部屋へと向かった
朋、ごめんな
ドアに背中を預けて床に座りこんでいた海翔は、朋が立ち去っていく足音にギュッと膝を抱えた
誰も悪くないんだ
自分の気持ちに応えて欲しいと願う八代も、八代が向けた怒りから朋と海翔を守ろうとした犬飼も、もちろん朋も
でも、その全てを肯定して受け入れられる余裕など自分にはない
押さえられないほどの嫉妬心を隠そうとする度に心が蝕まれていく
胸の奥底から溢れ出す感情に耐えられなくて、海翔は膝に額を押し付けた
怖い
信じ合う気持ちがあっても、朋にその気がなくても、誰かが朋の腕を強引につかんで奪い去ってしまうかもしれない
一緒にいたいと願えば願うほど、その恐怖は大きくなっていく
いつまでも、と願うからだ
いっその事、卒業までの3年間だけと割り切って、青春を謳歌するように朋との時間を過ごせたらどんなに気が楽だろう。朋が誰かに告られても、目の前で朋の唇を奪われても、朋が「好きだよ」と言ってくれさえすれば、残された時間の為に全てに目を瞑って平気な顔で朋を抱きしめられるかも知れない
いや・・・それも無理か・・・
どんなに考えを巡らせても、もう、朋がいない世界などあり得ない
それなら
海翔は膝を抱えていた掌を強く握り締めると、顔を上げて立ち上がり、そのままベッドにうつ伏せに倒れ込んだ
確かな何かが欲しい。言葉とか約束じゃなく、もっと確かな何か
そんな抽象的な解決方法しか思いつかない自分の幼さに腹が立つ
海翔は目を閉じて、朋の顔を思い浮かべた。抱きしめると嬉しそうに海翔に体を預ける朋の体温を思い出す
絶対に離さない
その為には認めなければいけない
自分はまだ子どもなのだ
誰かに守られなければ生きていけないほど幼くはないが、今、朋と一緒に居る為にはこの生活を続けるしかない
朝起きて食堂に降りれば、学校から帰宅して玄関を開ければ、そこには必ず犬飼がいる
今後二度と八代が朋の前に姿を現さないという確証もない
『信じてるよ、海翔』
「朋、ごめん」
何度目かの言葉を海翔は声に出して言ってみる
信じてると言ってくれた朋が一番欲しい言葉も、『信じてる』だったはずだ
それを分かっていて答えられなかった自分の弱さに虫唾が走る
朋が不安に苛まれて流す涙を、もう繰り返さない
進むべき道が見つからず2人が立ち止まってしまっても、手さえ繋いでいれば朋が安心した笑顔を自分に向けてくれるように
その為に、自分を見失いそうになるようなこの渦巻く感情はこの夜に置いていこう
このまま目を閉じて眠りに身を任せ、朝の光がこの部屋を照らしたら、いつもと同じように制服に着替えて食堂へむかい、犬飼と朝の挨拶を交わす
犬飼は何かを言おうとするだろう
どんな言葉を聞いても冷静に答えよう
きっと海翔の隣には朋がいる
海翔の隣に座り、小さく笑いながら海翔が嫌いなトマトに手を伸ばしてくれるはずだ
大丈夫
俺たちは離れない
でも、今夜は
今夜だけは、弱い自分に溺れたい
閉じた海翔の目の端から一筋の涙がこぼれた
ずっと堪えていたものが一気に溢れ出し、胸の痛みと共に激しい嗚咽で喉が震える
海翔は声を殺すように腕で口を塞ぐと毛布を掴んでその中に身を隠した
海翔を包んだ毛布は、薄暗い夕刻の帳が部屋を包み込むまで、切ない泣き声を閉じ込めたままいつまでも震えていた
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