君の唇がさよならと告げる前に

HAZZA

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喧騒 5

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学校を出てから暫く何も話さずに2人は駅までの道を歩いた。夕方近くの慌ただしい人の流れの中、2人だけが取り残されているような寂しさを感じて、朋は手を伸ばし海翔のパーカーの裾をツンっと引っ張った

「ん?なに」

「呼び出しって何だったの?」

「あぁ・・・」

海翔は困ったように眉をひそめながら、両手をパーカーのポケットに突っ込んだ

「俺が全然連絡しないから、親から学校に連絡があったらしい」

「え」

「『息子はちゃんと登校してますか』だってさ」

「海翔、ダメじゃん」

朋はくくくっと笑うと、でも海翔らしいよねと悪戯な目をして海翔の顔を覗き込みながら、そっと掴んだパーカーを離した
離れた朋の手に一瞬視線を走らせてから、海翔は小さくため息をつく

「解放されたいよ」

「なに」

「制服着るのも嫌だし、これも鬱陶しい」
そう言いながら、ポケットに突っ込んだスマホを取り出して軽く振った

「それないと、海翔と連絡取れない」

「なんでだよ、同じ寮じゃん」

「今はね・・・」

思わずそう呟いて、朋ははっと息を飲んだ
海翔がその言葉に足を止める
海翔に合わせて立ち止まった朋の背中に誰かがどんっとぶつかり、すみませんという声が聞こえた瞬間、朋の体が海翔の胸に倒れ込んだ

「あぶねっ・・・」

そう言いながら朋の体を支える為に伸ばした海翔の腕に、そのまま朋の体を強く抱きしめたい衝動が流れる

「ご、ごめん」

慌てて海翔の体から離れると、朋は「急に立ち止まるから」と言い訳をするように呟き海翔よりも先に歩き出した。朋の温もりを抱きしめられなかった海翔の腕が力なく降ろされる。海翔を残したまま人の流れに隠れるように駅へ向かう朋の背中に、思わず掌を握り締めた

 泣くなよ、頼むから

キリリと奥歯を噛みしめ、海翔は早足で朋に追いつくと朋の肩に腕を回してグッと強く自分の方へ引き寄せた

「な、なに?」

「先に行くなよ」

「いや、ちょっと、痛いって」

少し声を荒げて海翔の腕を振りほどこうとする朋をからかうように、海翔は更に腕に力を込めると

「ずっと朋といるから、俺」

と、朋の耳元で囁いた

ようやく海翔の腕を振りほどいた朋の耳が徐々に赤く染まっていくのが分かった
海翔は満足気に小さく微笑むと

「泣くなよ」と言い残して改札を通り抜けた

うるさい、と言おうとした唇が小さく震えて声が出せないまま、朋は泣かないように瞬きをせずに海翔の背中を見つめて改札を通ると、追いついた海翔の頭を力いっぱい叩いた

「っってーな!何だよっ」

「愛情表現」

「いらねーよ」

「海翔ばっかりカッコいい事言ってムカつく」

エスカレーターを下りて電車のホームに並んで立った朋が今度は肘で海翔の横腹を小突く

「だって俺カッコいいじゃん」

肩をすくめてニヤリと笑う海翔の声が、ホームに滑り込んできた電車に掻き消される。風圧に一瞬目を閉じた海翔の長い睫毛がスローモーションのように揺れた

ゆっくり目を開けて、また隣で黙り込んでしまった朋の顔を見た海翔が、ハッと息を止めた
ドクンと熱い血液が体中を流れる

「海翔、大好き」

けたたましいブレーキ音に紛れながらそう言った朋の瞳は海翔だけをまっすぐに見つめ、夕方の光を浴びた湖面のように美しく揺らめいていた

「きれいだ・・・」

ほんの一瞬、自分を取り巻いていた全ての音が消えて、どこからか朋の奏でるピアノの音が聞こえたような気がした
海翔が思わず口にしたその言葉に、朋が嬉しそうに微笑むと、瞳の端から一粒の雫が零れ落ちた

ガタンと大きく車体を揺らして停車した電車の扉が開く

電車に乗ろうとせずに見つめ合っている2人に人々は眉をひそめ怪訝な視線を向けながら、2人を避けるようにして次々に電車に乗り込んだ
構内に鳴り響いた発車を知らせる電子音に、海翔がハッと我に返ると電車がゆっくり動き出した

「乗り損ねちゃったね」

指先で流れた雫を掬いながら朋が小さく笑った

「お前が悪い」

海翔はそう言うと、さっきのお返しとばかりに力を込めて、朋の頭をバシッと叩いた
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