上 下
20 / 51

海翔と朋 

しおりを挟む
大怪我をして、野球の道が絶たれた海翔が寮に戻って来る頃には、テニス部不祥事に対するマスコミのしつこい訪問もほとんどなくなっていた。

新入学生で三年間この寮を利用するのは5人。

海翔が両親とともに退院して寮に帰ってきたのは入学式を数日後に控え、寮生たちが新生活に慣れてきた頃だった。

「中原くん、何時頃帰ってくるんですか?」
夕食の調理をしている犬飼の横に立ってその手元を見つめながら朋が尋ねると、犬飼は腕につけたままの腕時計にチラリと視線を移し、
「そろそろ帰ってきますよ」と答えた。

「そっか・・・」

朋はそう言うと、食堂に戻り、
「そろそろだって」と他の3人に伝えながら椅子に座り頬杖をついた。

犬飼が調理する手を止めて、そっと静かなままの食堂を覗くと、テーブルについているサッカー部の3人

三浦みうらりく
たちばな悠太ゆうた
古田ふるた雅也まさや

は、沈痛な面持ちで顔を見合わせていた。

どう接していいか分からない。
4人とも同じ気持ちだろう。
正直、犬飼も海翔にどう接したらいいのか、と戸惑っていた。


「寮で部活の話はしないんですね」
犬飼は一度、黒木が1人食堂のテーブルで食事をしている時に尋ねた事を思い出す。
「あぁ・・・・」
黒木は苦手なサラダを箸でつついている。
「ちゃんと食べて下さいよ」
「わかってるよ」
ムッとしたように答えると、黒木は箸で大きくそれを掴んで一気に口の中へ放り込んだ。
「だってさ・・・」
口を動かしながら黒木は言った。
「家帰っていちいち部活の話、しないじゃん?」
「そうですか?」
「そうだよ」
学生時代、彼らのように必死で部活をした記憶がない犬飼にはいまいちピンとこなかったが、ここを『家』だと言ってくれているようで少し嬉しくなったのを覚えている。



「いつも通りでいいんですよ」
犬飼は黙り込んだままの4人に向ってキッチンから声をかけた。
「いつも通りっていうのが難しいんだよ」
陸が不満そうに言う。
「無理に話さなくてもいいんじゃないですか?」
「え、それって気まずいじゃん」
と、朋の声が聞こえた。

犬飼はコトコトと音を立てていた鍋の火を消すと、重ねた皿を持って食堂へ出てテーブルにそれを並べながら。
「気まずい雰囲気になったら私がフォローしますから」と笑顔を見せると、その言葉を聞いた4人はようやくホッとした表情になった。

ちょうど夕食の準備が整った頃玄関のチャイムが鳴り、一瞬緊張した表情になった朋たちに笑顔で合図を送ると、犬飼は玄関で両親に付き添われて帰寮した海翔を出迎えた。

「海翔君、おかえり」

俯きがちに玄関先に立っている海翔の眼帯が痛々しくて犬飼は思わず手を握り締める

「あ・・・ただいま・・・」
「犬飼さん、色々ご迷惑をおかけしますが、今後ともどうぞよろしくお願いします」
海翔の父親が母親と共に深々と頭を下げると、海翔もそれに倣ってぎこちなく頭を下げた。
「いえいえ、そんな・・・頭を上げて下さい」
犬飼が慌ててそう言っても、なかなか頭を上げない2人に少し困った犬飼が明るい声で話題を変える。
「海翔くんと一緒に部屋に行きますか?」
犬飼が来客用のスリッパを用意しながら2人に尋ると「え・・・いえ・・・」と、母親が口ごもって父親の顔を見た。
「ちょうどこれから夕食ですが、ご一緒にいかがです?」
「そうしたいのは山々なんですが、仕事が立て込んでいまして・・・すぐ戻らないといけないんですよ・・・」
「そうですか・・・」

犬飼は残念そうに首を傾け、
「じゃぁ、海翔くんの荷物は僕はお預かりしますね・・・海翔君・・・」
と、海翔に上がるように促した。

「あの・・・じゃぁ・・・何かあったらいつでもご連絡下さい」
心細げに言った母親の目は少し潤んでいるように見える。怪我の完治を見届けないまま息子と離れるのは気掛かりで仕方ないはすだ。
「わかりました。大丈夫ですよ。ご心配なららずに」
犬飼が落ち着いた声でそう言うと、母親はホッとしたような顔で父親を見上げた。

「じゃぁ、海翔・・・頑張れよ」
「無理しないでね。ちゃんと連絡して」
海翔は伏目がちのまま、両親の言葉に、あぁ、と小さな声で頷く。
「それでは・・・」

交互にお辞儀をした後、海翔の両親が背を向けてバタンと玄関が閉まるのと同時に、海翔が大きなため息をついた。

「海翔君・・・大丈夫ですか?」
「え?」
「疲れてるんじゃないかと・・・」

犬飼が心配そうに海翔の顔を覗き込むと、

「・・・やっと解放された・・・」
海翔は顔をあげて犬飼に安堵の笑顔を見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

セラフィムの羽

瀬楽英津子
BL
闇社会のよろず請負人、松岡吉祥は、とある依頼で美貌の男子高生、寺田亜也人と出会い、一目で欲情した。亜也人を強引に手に入れ、自分の色に塗りかえようとする松岡。しかし亜也人には忠誠を誓った積川良二という裏番の恋人がいた。 見る者を惑わす美貌ゆえに、心無き者の性のはけ口として扱われていた亜也人。 松岡の思惑を阻む恋人の存在と地元ヤクザとの関係。 周りの思惑に翻弄され深みに嵌っていく松岡と亜也人。

俺と父さんの話

五味ほたる
BL
「あ、ぁ、っ……、っ……」   父さんの体液が染み付いたものを捨てるなんてもったいない。俺の一部にしたくて、ゴクンと飲み込んだ瞬間に射精した。 「はあっ……はー……は……」  手のひらの残滓をぼんやり見つめる。セックスしたい。セックスしたい。裸の父さんに触りたい。入れたい。ひとつになりたい。 ■エロしかない話、トモとトモの話(https://www.alphapolis.co.jp/novel/828143553/192619023)のオメガバース派生。だいたい「父さん、父さん……っ」な感じです。前作を読んでなくても読めます。 ■2022.04.16 全10話を収録したものがKindle Unlimited読み放題で配信中です!全部エロです。ボリュームあります。 攻め×攻め(樹生×トモ兄)、3P、鼻血、不倫プレイ、ananの例の企画の話などなど。 Amazonで「五味ほたる」で検索すると出てきます。 購入していただけたら、私が日高屋の野菜炒め定食(600円)を食べられます。レビュー、★評価など大変励みになります!

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

Candle

音和うみ
BL
虐待を受け人に頼って来れなかった子と、それに寄り添おうとする子のお話

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

処理中です...