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羽音 5
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あの夜から暫くの間、犬飼は平静を保つのに必死だった
動揺したままの心を悟られないようにと気遣いすぎて、今にして思えば明らかに挙動不審だったと思う
1週間ほど経過してようやく落ち着きを取り戻した
以前と変わらないペースで淡々と自分の仕事をこなしながら、でも何となく寮生たちの様子を観察していた
自分が入寮する際に、この寮で生活している生徒たちは全員スポーツ推薦で入学した生徒だと聞かされていた。だからきっと、寮に居る時は部活の悩みを相談しあったり励ましあったり、リビングの共用のテレビでスポーツ観戦をしたり・・・そういう生活を送るのだろうと思っていた
だが、それは全く見当違いだった
生徒たちは寮にいる間、全くといっていいほど部活の話はしなかった
所属している部が違うからだろうか・・・と考えてもみたが、どうやらそれが理由ではないようだった
何故なんだろう?
就任1年目の犬飼にはまだ、彼らが背負っている『推薦入学』の重さが分からなかった
そして観察を続けている内に気付いた事があった
食事は1日2回、朝と晩に出す事になっているのだが、部によってその時間はまちまちだった
犬飼は一番早く出る部と、一番早く戻る部に合わせて食事を作り、全員の食事が終わったら片付けをして1日の業務を終えるという生活をしていたが、一番早く戻ったにも関わらず何故か食事に降りてこない生徒がいた
生徒がテーブルについたら出来ている食事を温め直して出すだけの作業だったから、さほど気にはしていなかったが、それは誰かを待っているからだとはっきり分かったのは、あの夜を経験してからだった
その日、犬飼は夕食後の片付けをしていた
チラリと目にした腕時計は22時を過ぎていた
22時以降の食事は各自で温めて食べる事になっている
テーブルに残された夕食は、そろそろ帰ってくるバスケ部の黒木直哉と、既に部屋に戻っているはずのテニス部の七尾明良の分だ
七尾は犬飼があの夜覗き込んだ部屋の生徒で、黒木はその七尾に覆い被さるように愛撫をしていた生徒だ
できれば顔を合わさずに自室に戻りたい
犬飼は時計を気にしながら手早く片付けをしていたのだが、その願いはかなわなかった
「ただいまー」と、玄関から黒木の声が聞こえた
犬飼はその声にハッとしたように顔を上げると、静かに息を吐き、冷静になれ、と自分に言い聞かせた
「あれ?まだ帰ってない奴いるんですか?」
食堂からキッチンの犬飼に向かって黒木が声をかける
「あぁ、七尾君がまだ食べてないんですよ。部屋には戻ってるはずなんですけどね」
犬飼は自分の笑顔が黒木の目に不自然に映ってないか不安になりながら答えた
「ふーん。待ってなくていいって言ったのにな」
黒木はさらっと呟くと、一度床に置いた部活バッグを手に取りながら
「俺、着替えるついでに呼んできますから。犬飼さん部屋に戻ってもいいっすよ」
と、屈託ない笑顔を見る
「お気持ちは嬉しいのですが、まだ片付けが終わらなくて」
困ったような顔で犬飼は答えると
「お二人の分、温めておきますよ」
と言いながら、テーブルの食事を両手に取った
「すいません!急いで戻ってきます!」
恐縮したように黒木は頭を下げると、パタパタとスリッパを鳴らしながら二階の自室へと走っていった
腹を括ろう
犬飼は黒木の背中を見ながら決心した
いつまでも不自然に様子を伺いながら仕事をする苦痛から解放されたかった
彼らの逢瀬を受け入れるのか拒絶するのか…
そのどちらでもいいから、自分の中に確かな答えが欲しかった
手にした食事を持ってキッチンに戻ると2台ある電子レンジにそれぞれの食事を入れてスタートボタンを押した。まだ片付いていない食器を諦めて、キッチンの端にある小さな出窓に置かれたタバコを手に取ると、換気扇を回してから、タバコに火をつけた
悪い子たちじゃないんだし
犬飼は、フーッと大きく煙を吐き出し、それが換気扇に吸い込まれていくのを見ながら、そう心の中で呟いた
動揺したままの心を悟られないようにと気遣いすぎて、今にして思えば明らかに挙動不審だったと思う
1週間ほど経過してようやく落ち着きを取り戻した
以前と変わらないペースで淡々と自分の仕事をこなしながら、でも何となく寮生たちの様子を観察していた
自分が入寮する際に、この寮で生活している生徒たちは全員スポーツ推薦で入学した生徒だと聞かされていた。だからきっと、寮に居る時は部活の悩みを相談しあったり励ましあったり、リビングの共用のテレビでスポーツ観戦をしたり・・・そういう生活を送るのだろうと思っていた
だが、それは全く見当違いだった
生徒たちは寮にいる間、全くといっていいほど部活の話はしなかった
所属している部が違うからだろうか・・・と考えてもみたが、どうやらそれが理由ではないようだった
何故なんだろう?
就任1年目の犬飼にはまだ、彼らが背負っている『推薦入学』の重さが分からなかった
そして観察を続けている内に気付いた事があった
食事は1日2回、朝と晩に出す事になっているのだが、部によってその時間はまちまちだった
犬飼は一番早く出る部と、一番早く戻る部に合わせて食事を作り、全員の食事が終わったら片付けをして1日の業務を終えるという生活をしていたが、一番早く戻ったにも関わらず何故か食事に降りてこない生徒がいた
生徒がテーブルについたら出来ている食事を温め直して出すだけの作業だったから、さほど気にはしていなかったが、それは誰かを待っているからだとはっきり分かったのは、あの夜を経験してからだった
その日、犬飼は夕食後の片付けをしていた
チラリと目にした腕時計は22時を過ぎていた
22時以降の食事は各自で温めて食べる事になっている
テーブルに残された夕食は、そろそろ帰ってくるバスケ部の黒木直哉と、既に部屋に戻っているはずのテニス部の七尾明良の分だ
七尾は犬飼があの夜覗き込んだ部屋の生徒で、黒木はその七尾に覆い被さるように愛撫をしていた生徒だ
できれば顔を合わさずに自室に戻りたい
犬飼は時計を気にしながら手早く片付けをしていたのだが、その願いはかなわなかった
「ただいまー」と、玄関から黒木の声が聞こえた
犬飼はその声にハッとしたように顔を上げると、静かに息を吐き、冷静になれ、と自分に言い聞かせた
「あれ?まだ帰ってない奴いるんですか?」
食堂からキッチンの犬飼に向かって黒木が声をかける
「あぁ、七尾君がまだ食べてないんですよ。部屋には戻ってるはずなんですけどね」
犬飼は自分の笑顔が黒木の目に不自然に映ってないか不安になりながら答えた
「ふーん。待ってなくていいって言ったのにな」
黒木はさらっと呟くと、一度床に置いた部活バッグを手に取りながら
「俺、着替えるついでに呼んできますから。犬飼さん部屋に戻ってもいいっすよ」
と、屈託ない笑顔を見る
「お気持ちは嬉しいのですが、まだ片付けが終わらなくて」
困ったような顔で犬飼は答えると
「お二人の分、温めておきますよ」
と言いながら、テーブルの食事を両手に取った
「すいません!急いで戻ってきます!」
恐縮したように黒木は頭を下げると、パタパタとスリッパを鳴らしながら二階の自室へと走っていった
腹を括ろう
犬飼は黒木の背中を見ながら決心した
いつまでも不自然に様子を伺いながら仕事をする苦痛から解放されたかった
彼らの逢瀬を受け入れるのか拒絶するのか…
そのどちらでもいいから、自分の中に確かな答えが欲しかった
手にした食事を持ってキッチンに戻ると2台ある電子レンジにそれぞれの食事を入れてスタートボタンを押した。まだ片付いていない食器を諦めて、キッチンの端にある小さな出窓に置かれたタバコを手に取ると、換気扇を回してから、タバコに火をつけた
悪い子たちじゃないんだし
犬飼は、フーッと大きく煙を吐き出し、それが換気扇に吸い込まれていくのを見ながら、そう心の中で呟いた
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