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羽音
しおりを挟む寮から学校まで、海翔はほぼ毎日自転車で通っている
朝夕の混み合う電車にどうしても馴染めなかったからだ
電車で通えば15分で通える距離を、大きく遠回りするしかないルートで40分ほどかけて登校している
15分耐えれば部屋に戻れる
そう思って電車に乗り込んだが、電車が動きだしてすぐ自分の判断を悔やんだ
小刻みな電車の振動に耐えがたい程気分が悪くなってきた
夕方近い電車内は、さほど混んではいなかったが座席に空きはなかった
入り口近くの手すりにつかまって立っていた海翔は、他の乗客に気分の悪さを気付かれないように背中を緊張させたままで目を閉じた
電車が揺れる度襲ってくる痛みと気持ち悪さでギュッと手すりを掴んでいる手のひらが汗で湿っていく
さり気ない角度で目を閉じていた顔が徐々に下を向いてしまう
1つ目の駅への到着を知らせるアナウンスが流れた。海翔が降りるのはその次の駅だ
ここで降りるしかない・・・
頭ではそう考えているのに体が全く動かない
一歩踏み出せば力なく倒れてしまいそうだった
マジでやばい・・
「僕も一緒に帰る」と言った、朋の泣きそうな顔を思い出した
頼めばよかったかも
電車が速度を落とし、降車する人々が入り口付近へと集まってくる
電車が完全に停止する直前のブレーキに海翔の体が大きく傾いて、隣に立っていた男性らしき乗客にぶつかってしまった
「す、すいません」
海翔が顔も上げずに小さく謝罪すると、突然その男が手すりを握っていた海翔の手首を強い力で掴むと
「降りて」
と耳元で囁き、扉が開くと同時にそのまま海翔を電車から引きずるように降ろした
「うっ・・・」
海翔は抵抗する思考も力もなく、もつれる足でその男に従いながら、ぼやけた視界に半歩前を歩く男の茶色いスエードの靴を映した
「ここに」
男が急に立ち止まり海翔の体に手を添えるとホームのベンチに座らせる
「待っていて下さい」
そういうと、さっき見えていたのスエードの靴が遠ざかって行った
助けてくれた・・・のかな
駅員でも連れてくるのだろうか・・・
海翔が大きく息を吸い込みながら両ひざに肘を立てて両手で顔を覆うと、駅のホームのざわめきさえも、もう耳には入ってこなかった
程なくして、近づいてきた足音に気付きほんの少し目を開けて見ると、さっきと同じ靴が見えた
男は海翔の隣に座ると
「飲みますか?」とミネラルウォーターのペットボトルを差し出した
「ありがとうございます・・・」
顔を上げれないまま俯いてペットボトルを受け取った時、海翔の視界に見覚えのある黒い生地が見えた
「えっ?」
思わず顔を上げて、初めてその男の顔を見る
「相当具合悪そうですね」
困ったような表情で海翔の顔を覗き込んだ男は、犬飼だった
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