君の唇がさよならと告げる前に

HAZZA

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深淵 5

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登校してから昼休みまでは誤魔化せる程度だった目の奥から突き上げられるような頭痛が下校時間には耐え難くなってきた

いつもよりも口数が少なく、休み時間になると机につっぷしている海翔の様子を見て、何人かのクラスメイトが保健室へ一緒に行こうか?と声をかけてくれたが、返事をするのもままならないほどの痛みだった

 あー薬持ってくるの忘れたなぁ

今朝、朋が持っていくようにと命じて机の上に置いた鎮痛剤の事を何度も思い出した

終業のチャイムが鳴り、クラスメイトはバラバラと席を立つとそれぞれの放課後へと教室を出ていく

「海翔、大丈夫か?」

「先生呼んでこようか?」

声をかけられる度に頭を上げて痛みに耐えながら、「あー平気平気」と作り笑いで手を振ってやり過ごした

ガランとした静な教室に一人取り残された海翔はゆっくり立ち上がると大きく息を吐いてみる

 電車で帰るか・・・

自転車の鍵がポケットにあるのを確認してから、視線を下げたまま教室を出ると誰も居ない廊下を痛みの来ない速度で歩いた
昇降口へ近づいた所で前から賑やかな話声が近づいてきて海翔は目線だけを前に向ける

 げ・・・最悪

野球部の部員たちだった

再び目線を足元に戻し微かにお辞儀をしてやり過ごそうとした海翔に気付いて、一瞬口を噤んだ部員たちがヒソヒソと何かを言い合い笑っているのが耳に届く

すれ違う瞬間、1人の部員が明らかに意図的に一歩大きく海翔の方へ寄り肩と肩がぶつかったその瞬間、頭に激痛が走った

「っっ・・!」

海翔は衝撃と痛みで足元がふらつき、大きな音を立てて廊下の壁に体を打ち付けた

「何だよ、大袈裟だな」

「目が悪くて見えなかったんじゃない?」

立ち止まった部員たちがニヤニヤと笑う

「あー誰かと思ったら・・・」

ぶつかってきた部員が俯いていた海翔の顔を大袈裟に覗き込んだ

「小さな頃から野球やってたのにボールの避け方も知らなかった海翔ちゃんじゃない?」

嘲るような笑い声が遠くぼやけて聞こえる

海翔はあまりの頭痛に言葉を返す気力もなく歯を食いしばっていたが、顔を上げようとした瞬間めまいを感じて思わずしゃがみこんでしまった

「ふざけんなよ」

誰かが吐き捨てるように言う

「ケガ人はいいよな。優しくして貰えるもんな」

「部活辞めても寮に居られるなんてな」

早くどこかへ行ってくれ、と心の中で叫んでいるのに部員たちは立ち去る様子を見せずに海翔を取り囲んだ

「こっちは突然ショートが抜けて迷惑してんだよ」

「俺たちが悪者みたいに言われてな」


「何か言えよ、おい」

誰かがしゃがみこんだままの海翔の髪を掴むと
グイッっと強く後ろに引き、顔を上げさせた

「うっ!」

海翔が低くうめき声を上げたその時だった

「何か問題でもありましたか?」

海翔を取り囲んでいた野球部の背後から凛とした声が聞こえた

 あ・・・

海翔はその声に思わず薄く目を開ける

「ヤバい・・・」

誰かが声を潜めて呟いた

海翔の髪を掴んでいた部員が、慌てて手を離したせいで海翔の体はガクッと大きく前に倒れて廊下に両手をついた


「あ、いえ・・こいつが何か具合悪そうにしてたのでどうしたのかと・・・」

「ふーん・・そういう風には見えなったけどね」

「いや、本当にそうなんです」
誰かが慌ててフォローする

「君たち野球部だよね?」

「はい・・・」

「野球部のよからぬ噂は色々僕の耳に届いてるんだよね。でも甲子園に向けて一生懸命頑張ってる部員もいることだし黙ってるんだけど。僕のその判断は間違っていたのかな?」

「い・・・いえ・・・」

声の主が海翔に歩み寄ると、背中で海翔を守るように野球部員たちの方を向いて強い口調で続けた

「2度と彼に手は出さないと約束できますよね?」

「もちろんです」

「そう」

彼がふっと笑ったような声を出した
それを聞いた海翔の脳裏に彼の表情が鮮明に浮かぶ

「早く練習に行けば?」

どこか気迫のある冷たい口調に部員たちはたじろぐように、失礼します、と口々に言いながらその場を去っていった
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