君の唇がさよならと告げる前に

HAZZA

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ピアノ 2

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部屋から出て階段を下りると、階段から続く広い食堂の壁際に置かれた黒いアップライトのピアノを弾いていたともが海翔の気配に気づいて手を止め振り返る。

「あ、ごめんね。うるさかった?」

少し癖のある猫っ毛な前髪をふわりとかきあげ、申し訳無さそうに美しい眉を下げた。

「いや、全然」

海翔はすれ違いざまに朋の肩に手を置き、続けていいよと耳打ちして、食堂を通り抜けキッチンの奥にある冷蔵庫から飲みかけのペットボトルを出した。

その背後から、また朋のピアノが流れ出す。

振り返って朋を見ると、顔を少し上げ目を閉じたまま音を身体中で感じているような表情をしている。
海翔の中でいたずら心が騒ぎ、足音を潜めて朋の背後に立つ。
朋は気づいていない。

海翔はほくそ笑みながらゆっくり片腕だけを動かし人差し指を立てると、触れるか触れないかの微妙なタッチで朋の耳の輪郭を撫でた。

「んっ」

朋の薄い唇から吐息が漏れ、擽ったそうに笑い首を小さく左右に振りながら、それでも朋はピアノを弾き続ける。
そっと身を屈めて朋の顔を覗き見ると目を閉じた朋の顔が何かを期待してるのが分かった。

 お望みなら

海翔が一歩後ろに下がり朋の白くて華奢なうなじに舌を這わせると、肩をビクンと震わせて小さく喘ぎ声を漏らし、鍵盤を叩いていた朋の指が宙をさ迷いピアノの音が途切れた。
朋の顎を指先で持ち上げその顔を自分にに向けると、物欲しげな潤んだ瞳が海翔を映す。
海翔は優しく目を細め、柔らかい朋の頬に軽く唇を当てただけで、すっと姿勢を元に戻した。

「えっ?」

期待を裏切られた朋が咄嗟に海翔のシャツを
引っ張る。

「ん?」

「かいと・・・」

海翔、お願い・・・と朋の視線が先の行為をねだっている。

「なに?」

 分かっているくせに

朋はガタン!と椅子を鳴らして立ち上がると澄ました顔をしている海翔の襟を掴みグッと引き寄せて唇を重ねた。
身動きひとつしない海翔がもどかしくて乱暴に海翔の口の中に舌を押し入れる。
うっと海翔の喉が小さく鳴った後、口の中で切なく動く朋の舌に自分の舌を絡めながら海翔がグッと強く朋の腰を抱いた。
合わさった唇の僅かな隙間から二人の熱い息が漏れ、海翔の襟を掴んでいた朋の手が力なくほどけると、海翔はゆっくりと唇を離し朋の頭を優しく自分の肩に抱き寄せて朋の体温を感じた。

「朋」
「うん」

朋が海翔の胸に触れようとそっと手を伸ばした瞬間、

「しないよ」

海翔がその細い手首を掴むと笑いを含んだ声でそう言った。

「え?」

言っている意味が分からないというように朋が海翔を見上げると、そこにはニヤニヤと笑う海翔の顔があった。

「なんで?」
「こんな明るい時間から欲情するほど溜まってないからな」

海翔はそういうと、子どもを宥めるように朋の頭をぐしゃっと撫でる。
上気した頬のまま海翔を睨むと朋は掴まれていた手を振りほどき、海翔に背中を向けてストンとピアノの椅子に座った。

「あ、怒った?」
「べつに」
「いじけてるとか?」
「ない」

海翔はくくくっと笑うと拗ねたように顔を背けたままの朋を見下ろす。

「ごめんな。今からバイトだから続きは休みの時にな」

海翔がそう言いながら柔らかい朋の髪に優しい口づけを落とすと、朋は機嫌を直した様子でうっとりと朋の髪をいじる海翔の指先を感じた。

「お取り込み中すいませんが」

突然食堂に聞き覚えのある男の声が響き、二人が声の方を向くと犬飼いぬかいが両手にスーパーの袋を下げて食堂の入り口に立っていた。

迷惑そうな顔で。
その姿に海翔と朋が同時に吹き出す。

「なにかおかしいですか?」

心外だ言わんばかりの声色で犬飼が尋ねる。

「犬飼さんって、もしかしてその格好のまま買い物してここに来るの?」
「そうですよ」

何を今さらとでもいいたげに溜め息混じりに答えると、犬飼は黒いエプロン姿でキッチンへと入っていった。
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