『逆行。』

篠崎俊樹

文字の大きさ
上 下
64 / 64

最終話。

しおりを挟む
     FIN
 二月まで雪をかぶっていた、高知城の天守閣は、すでに、その降り積もった雪をすっかり溶かしてしまっている。
 二〇二三年三月下旬、ジミーはその地に降り立った。高知空港から、タクシーで三十分ほどのところに、竜馬像の建つ桂浜がある。
 本州では未だに寒い日が続いているというのに、南国高知は、半袖の開襟シャツでも十分の陽気だった。
 桂浜を少しだけ歩き、竜馬銅像前で亜季の遺骨の入った白木箱を眺めながら、ジミーが考えたのは、社会への再報復という、およそ常人離れした選択肢だった。絶対にやってもせる。彼の神経は壊れてしまい、完全に壊死と枯渇に至っていた。
     *
 四日後、大阪のなんばに降り立ったジミーは、繁華街のど真ん中に、一つ、事務所を作った。これが、彼の始めたビジネスの拠点だ。人を闇へと葬り去ることが、ジミーの出した結論であり、仕事だったのである。
 オフィスの固定電話が最初に鳴ったのは、立て看板を立てた翌日のことだ。
 決して高級とは言えない葉巻を銜えて、先端に火を点け、燻らし、片手で銃を弄りながら、彼が電話応対する。
「はい。分かりました。江崎さんですね?堂島?……はい。では、三日後に、ターゲットの大黒を殺します。銃殺いたしますので、よろしくお願いいたします。それでは失礼します」
 怜悧なジミーは電話を切った。統合失調症の彼は、その優秀な頭脳を、作家活動に使わずに、殺人に用いることにしたのだ。
     *
 昼間からでも派手な電飾看板が目立つ道頓堀の河岸に、大黒謙介の遺体が投げ込まれていたのは、三日後のことだった。大黒は頭を拳銃のようなもので撃ち抜かれて、遺棄前にすでに即死した模様だった。
     * 
 成功報酬二百万をきっちりキャッシュで受け取ったジミーのオフィスに、大阪府警捜査一課の刑事三人がやって来たのは、現金受け渡しが終わった翌日のことだった。
     *
「出てこい、君島!容疑はすでに固まってる。逮捕状も取った。無謀な逃亡しても、駄だ」
 事務所外から、警察官が盛んに呼びかけるが、オフィスには、頑丈に施錠がしてあった。
 ビル管理人が、
「ここ、個人の事務所だからね。警察の方でも、家宅捜索令状がない限り、鍵は渡せないよ」
 と言って、笑った。ジミーとグルになっているのは、言うまでもない。互いに、共犯関係だった。
 完全に捜査に行き詰まった警察を尻目に、ジミーはどこか遠くへと、高跳びしたようだった。それから先の彼の行方を、杳として誰も知らない。また、ジミーの存在自体、蒸発したように消えてしまった。この事件は、まさに、藪の中だった。真相は、闇だ。
                                  (了)
 




 
 



















 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

三位一体

空川億里
ミステリー
 ミステリ作家の重城三昧(おもしろざんまい)は、重石(おもいし)、城間(しろま)、三界(みかい)の男3名で結成されたグループだ。 そのうち執筆を担当する城間は沖縄県の離島で生活しており、久々にその離島で他の2人と会う事になっていた。  が、東京での用事を済ませて離島に戻ると先に来ていた重石が殺されていた。  その後から三界が来て、小心者の城間の代わりに1人で死体を確認しに行った。  防犯上の理由で島の周囲はビデオカメラで撮影していたが、重石が来てから城間が来るまで誰も来てないので、城間が疑われて沖縄県警に逮捕される。  しかし城間と重石は大の親友で、城間に重石を殺す動機がない。  都道府県の管轄を超えて捜査する日本版FBIの全国警察の日置(ひおき)警部補は、沖縄県警に代わって再捜査を開始する。

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

ヴィーナスは微笑む

蒼井 結花理
ミステリー
誰もが憧れる、学園のアイドル【河野瑞穂(こうの・みずほ)】。 誰もが羨む美貌と、優雅さを兼ね備える‘完璧’な才女。 同じクラスの【七瀬舞(ななせ・まい)】も彼女に魅了された一人だった。 そんな舞に瑞穂は近づき、友達になりたいと声をかける。 憧れの瑞穂から声をかけたれた優越感に浸る舞は、瑞穂が望むことはなんでも叶ようと心に決める。瑞穂への強い想いから、舞は悪事に手を染めてしまう。 その後も瑞穂の近くで次々と起きていく不可解な事件。 連続していく悲劇の先にある結末とは。

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

痴漢冤罪に遭遇したニートな俺のダイハードな48時間

ご隠居
ミステリー
俺こと吉良尊氏が今度は日常使う電車の中で痴漢冤罪に遭遇してしまう。

ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、侯爵令嬢エレーヌ・ミルフォードは誰かに学院の階段から突き落とされ、目覚めると自分や家族などの記憶をいっさい失っていた。  しかも、学院に復学した日に知ってしまうのだ。自分が男爵令嬢を虐めて婚約者から嫌われていることを。生徒に恐れられ悪役令嬢と呼ばれる存在であることを。  更には追い討ちをかける様にある問題が起きてしまう。そして、その問題が大事に発展して……

自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した

独立国家の作り方
ミステリー
刺激の少ない大学生活に、一人のインテリ女子が訪れる。 彼女は自称「未来人」。 ほぼ確実に詐欺の標的にされていると直感した俺は、いっそ彼女の妄想に付き合って、化けの皮を剥ぐ作戦を思いつく。 そんな彼女は、会話の所々に今この時を「戦前」と呼んでいる事に気付く。 これは、それ自体が彼女の作戦なのか、そもそも俺に接触してくる彼女の狙いは一体何か。

ありふれた事件の舞台裏

ふじしろふみ
ミステリー
(短編・第2作目) 小林京華は、都内の京和女子大学に通う二十歳である。 そんな彼女には、人とは違う一つの趣味があった。 『毎日、昨日とは違うと思える行動をすること』。誰かといる時であっても、彼女はその趣味のために我を忘れる程夢中になる。 ある日、学友である向島美穂の惨殺死体が発見される。殺害の瞬間を目撃したこともあって、友人の神田紅葉と犯人を探すが… ★四万字程度の短編です。

処理中です...