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第51話。
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「亜季」
「何、あなた?」
亜季が、改まった言い方で返す。夫婦同然なのだ。
「悪い予感がする。俺たちのことを、付け回すやつらがいる気がして……」
「そりゃあいるわよ。あたしたち、人殺して逃げ回ってるんだから……。おまけに顔まで変えて、偽名で入籍して」
「怖い……怖くてたまらない」
「今更、怖気づいたの?」
「怖いんだ。……だって、俺たちに下される審判は、どう考えても罰じゃないか?」
「あたしたちは捕まらないわ」
彼女が断言する。固い信念で、そう言っていた。
その後、互いに抱き合う。しっかりと、腕同士を携え合った。
今日のジミーは一時たりとも、一人ではいられないようだ。そんな時、亜季がそっと抱き寄せる。
二人は各々、自分のベッドへと入って、仮眠を取り始めた。クタクタに疲れているのだ。
そんな中、追っ手は刻一刻と迫っている。後から迫る、黒い影のように……。
*
その日の午後、代々木南署第二取調室で、タカは八田の聴取を受けていた。すっかり警察の回し者になった裏堅気の男は、かつての相棒を売るような真似を平気でした。
「刑事さん」
「ん?何?」
「君島は、整形してるかもしれませんよ」
「整形?顔を変えたってこと?」
「だって、よく聞くじゃないですか?殺人犯が整形して、世界中を逃げ回るって話」
「そりゃそうだけど……でも、やつがオーストラリアにいるってのは、ほぼ疑いようのない事実なんだろ?」
「いや、そりゃそうなんですけど。……俺の証言は単に、あいつが以前、真夏のメリークリスマスを見たいって言ってたってだけのことですよ。根拠は何もありません。それに仮にですよ、今行っても、クリスマスじゃないから、サンタはいないし」
「じゃあ、決定打なしってわけか?」
「そうです。そういうことになります」
「はあ」
「どうしたんですか?溜め息なんかついて」
「いやね、向こうに行ってるうちの署の女の子に、何て言おうかなって」
「捜査報告ですか?」
「ああ」
「……」
「せめて、君島のことを一目でも見たって人間が現れればいいんだけどな」
「無理ですよ、それは」
二人ともすっかり意気消沈している。室内の片隅に置いてある、速記用のノートパソコンの前に座って、黙って二人の会話を起こしていた書記官の志田朋子も、落胆の様子を隠し切れない。
八田が朋子に言う。
「君、もう帰っていいよ」
「分かりました」
朋子が力なくそう返事して頷くと、
「今日の収穫はゼロか」
と八田が言って、昔の人間らしい紙の手帳をパタンと閉じ、取調室を出ていく。
部屋に西日が差していた。その日は一段と厳しい夏日和だった。六月もすでに中旬に差しかかろうとしている。
その場の誰しもが、ホシを掴めていないで、悔しいという意味で、意中は同じだった。
*
仲間のいる刑事課フロアへと戻った朋子が、同僚の石山由希に、
「由希、君島はどこにいると思う?」
と、試しに訊いてみた。
由希が言う。
「さあ……ただ、やつは絶対、オーストラリアの分かりにくい、山荘みたいな場所に潜伏してるんじゃないかってことね」
「今、何て言った?」
「だから山荘って」
「そうか。山荘……?まだ当たってなかったよね?そういうとこ」
「オーストラリア中の山、全部当たるわけ?」
「いや。そんなことしてたら、何百年あっても事件は解決しないわよ。それよりか……」
「何?」
「幾らかピックアップして、当たってみる」
何それ?と言いたそうな由希を振り払い、朋子が棚から紙の地図を取り出して、自分のデスク上に開いた。縮尺十万分の一のオーストラリア全図に、赤ペンでたちまちチェックが付けられていく。疑わしい場所が全部で三箇所あった。
第一のチェックポイント、メルボルンへの出動要請を早速、現地警察に依頼する。
「おい、志田君。何やってんだ?」
朋子の突然の行動に、八田が戸惑わないわけがない。
「警部補、オーストラリアの山荘、片っ端から当たってみましょう」
体のいい隠れ場所となる山荘がある場所と言えば、まずメルボルン近辺だ。それから、キャンベラも。これも山の中だった。
地図をじっと睨んだままの朋子は、自分でも歯軋りするのが分かった。
「亜季」
「何、あなた?」
亜季が、改まった言い方で返す。夫婦同然なのだ。
「悪い予感がする。俺たちのことを、付け回すやつらがいる気がして……」
「そりゃあいるわよ。あたしたち、人殺して逃げ回ってるんだから……。おまけに顔まで変えて、偽名で入籍して」
「怖い……怖くてたまらない」
「今更、怖気づいたの?」
「怖いんだ。……だって、俺たちに下される審判は、どう考えても罰じゃないか?」
「あたしたちは捕まらないわ」
彼女が断言する。固い信念で、そう言っていた。
その後、互いに抱き合う。しっかりと、腕同士を携え合った。
今日のジミーは一時たりとも、一人ではいられないようだ。そんな時、亜季がそっと抱き寄せる。
二人は各々、自分のベッドへと入って、仮眠を取り始めた。クタクタに疲れているのだ。
そんな中、追っ手は刻一刻と迫っている。後から迫る、黒い影のように……。
*
その日の午後、代々木南署第二取調室で、タカは八田の聴取を受けていた。すっかり警察の回し者になった裏堅気の男は、かつての相棒を売るような真似を平気でした。
「刑事さん」
「ん?何?」
「君島は、整形してるかもしれませんよ」
「整形?顔を変えたってこと?」
「だって、よく聞くじゃないですか?殺人犯が整形して、世界中を逃げ回るって話」
「そりゃそうだけど……でも、やつがオーストラリアにいるってのは、ほぼ疑いようのない事実なんだろ?」
「いや、そりゃそうなんですけど。……俺の証言は単に、あいつが以前、真夏のメリークリスマスを見たいって言ってたってだけのことですよ。根拠は何もありません。それに仮にですよ、今行っても、クリスマスじゃないから、サンタはいないし」
「じゃあ、決定打なしってわけか?」
「そうです。そういうことになります」
「はあ」
「どうしたんですか?溜め息なんかついて」
「いやね、向こうに行ってるうちの署の女の子に、何て言おうかなって」
「捜査報告ですか?」
「ああ」
「……」
「せめて、君島のことを一目でも見たって人間が現れればいいんだけどな」
「無理ですよ、それは」
二人ともすっかり意気消沈している。室内の片隅に置いてある、速記用のノートパソコンの前に座って、黙って二人の会話を起こしていた書記官の志田朋子も、落胆の様子を隠し切れない。
八田が朋子に言う。
「君、もう帰っていいよ」
「分かりました」
朋子が力なくそう返事して頷くと、
「今日の収穫はゼロか」
と八田が言って、昔の人間らしい紙の手帳をパタンと閉じ、取調室を出ていく。
部屋に西日が差していた。その日は一段と厳しい夏日和だった。六月もすでに中旬に差しかかろうとしている。
その場の誰しもが、ホシを掴めていないで、悔しいという意味で、意中は同じだった。
*
仲間のいる刑事課フロアへと戻った朋子が、同僚の石山由希に、
「由希、君島はどこにいると思う?」
と、試しに訊いてみた。
由希が言う。
「さあ……ただ、やつは絶対、オーストラリアの分かりにくい、山荘みたいな場所に潜伏してるんじゃないかってことね」
「今、何て言った?」
「だから山荘って」
「そうか。山荘……?まだ当たってなかったよね?そういうとこ」
「オーストラリア中の山、全部当たるわけ?」
「いや。そんなことしてたら、何百年あっても事件は解決しないわよ。それよりか……」
「何?」
「幾らかピックアップして、当たってみる」
何それ?と言いたそうな由希を振り払い、朋子が棚から紙の地図を取り出して、自分のデスク上に開いた。縮尺十万分の一のオーストラリア全図に、赤ペンでたちまちチェックが付けられていく。疑わしい場所が全部で三箇所あった。
第一のチェックポイント、メルボルンへの出動要請を早速、現地警察に依頼する。
「おい、志田君。何やってんだ?」
朋子の突然の行動に、八田が戸惑わないわけがない。
「警部補、オーストラリアの山荘、片っ端から当たってみましょう」
体のいい隠れ場所となる山荘がある場所と言えば、まずメルボルン近辺だ。それから、キャンベラも。これも山の中だった。
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