47 / 64
第47話。
しおりを挟む
47
飛行機がシドニー国際空港に着陸したのは、それから三時間ほど後のことだった。
空気が涼しく、少し肌寒いぐらいだ。南国の冬の厳しさを、初めて味わう。
ふっとジミーが、脳裏に思い出した。
“南半球のこの国は、季節が北半球とは真逆だ。だから、十二月は真夏日和になり、サンタが波間でサーフィンしながら、子供たちにプレゼントを渡す。そんな感じなんだな”
記憶を一通り、手繰る。その後、
“この言葉、誰が言ってたっけ?……確か以前、話したことのある人間だったと思うけど、誰だったかな?”
と思い返す。
しかし、そのリフレインの言葉は、実に一瞬で消え去った。そんなことは今の二人にとって、もうどうだって、よかったのだ。別に、今となっては、どうだっていい。
空港前でタクシーを拾う。パッと見た感じ、相当ボロの車両だった。
「お客さんたち、新婚さん?」
運転手が愉快そうに、日本語で質問してくる。
「新婚……じゃないわね」
亜季がそう返すと、運転手が重ねて、
「じゃあ、この国に、何で来たの?」
と訊き返す。
彼の喋るフランクな日本語と南国特有の人の温かさは、全く厭味にならなかった。ジミーと亜季の二人は、自分たちの秘密を打ち明けるわけにはいかない。また、打ち明けると、とんでもないことになる。
「……」
車内にいる三人が無言を通したまま、時間が過ぎ去っていく。別に、何も言うことはない。
やがて二十分ほど、走っただろうか?タクシーは、オペラハウスが右手に見えるハーバービューへと出た。もう、ここは、怖い場所でも何でもない。
「あれが有名なオペラハウス。カタツムリみたいな綺麗な形してるでしょ?」
助手席の前に掲示してある乗務員証にある、ヒロアキナガタが言った。
「何だ!あんた、日本人じゃん」
隠さなくてもいいでしょ?といった風に、ジミーが運転手に声を掛けた。幾分、いぶかしむ気持ちでいる。
「ああ。俺は日本人だよ。生まれは秋田」
そう口にした永田が、一転して、疑問を持ったように訊く。
「そう言えば、お客さんたち、どこ行きたいの?聞いてなかったよね?」
「この国に、隠れて住むところってある?」
ジミーの質問に、永田が、
「ああ。いっぱいあるけど」
と返すと、ジミーが、
「じゃあ、どっかに案内して」
と注文した。
「ここから、そうだな……三十分ぐらい、車飛ばしたところに、格好の場所があるよ。お客さんの言うようなね」
「そこお願い!」
亜季がすかさず、横槍を入れた。速度を上げた車が、シドニーのメインストリートを突っ切る。さすがは南国の道路だ。舗装状態も、極めて良好で、道路脇には、葉が緑色で、幹が茶色の、原色に近いパームツリーが、整然と植え並べられている。
会話が少なくなり、やがて二人は、旅の疲れからか眠ってしまった。掛けっぱなしのラジオから、ニュースが英語で流れ出す。
「次のニュースです。つい先日、ミクロネシア連邦セントアルバ島で発生した日本人警官銃撃事件の犯人は、依然逃亡を続けている模様です。指名手配されたのは……」
その時不意に、ラジオに雑音が入って、三十秒ほど、聞こえなくなった。
「……の二人組です。両容疑者は共謀し、日本人警官、但馬勇さんと片桐華さんを銃撃し、但馬さんを射殺、片桐さんには瀕死の重傷を負わせた疑いが持たれています。二人は……」
永田がラジオを聴きながら、時折、後部座席で眠っている二人の方を、ミラー越しにチラッチラッと盗み見た。まさかな?と思う。
「オーストラリアへ逃亡した可能性があり、当局は、捜査基点をオーストラリアに移して、引き続き捜査を進める方針です」
ニュースキャスターがそう言って、次のニュースを告げ始めた。いつの間にか、ジミーと亜季は肩を並べて、すやすやと寝入っている。まるでこれから始まる悪夢の日々など、片鱗すら想像できないかのように……。
飛行機がシドニー国際空港に着陸したのは、それから三時間ほど後のことだった。
空気が涼しく、少し肌寒いぐらいだ。南国の冬の厳しさを、初めて味わう。
ふっとジミーが、脳裏に思い出した。
“南半球のこの国は、季節が北半球とは真逆だ。だから、十二月は真夏日和になり、サンタが波間でサーフィンしながら、子供たちにプレゼントを渡す。そんな感じなんだな”
記憶を一通り、手繰る。その後、
“この言葉、誰が言ってたっけ?……確か以前、話したことのある人間だったと思うけど、誰だったかな?”
と思い返す。
しかし、そのリフレインの言葉は、実に一瞬で消え去った。そんなことは今の二人にとって、もうどうだって、よかったのだ。別に、今となっては、どうだっていい。
空港前でタクシーを拾う。パッと見た感じ、相当ボロの車両だった。
「お客さんたち、新婚さん?」
運転手が愉快そうに、日本語で質問してくる。
「新婚……じゃないわね」
亜季がそう返すと、運転手が重ねて、
「じゃあ、この国に、何で来たの?」
と訊き返す。
彼の喋るフランクな日本語と南国特有の人の温かさは、全く厭味にならなかった。ジミーと亜季の二人は、自分たちの秘密を打ち明けるわけにはいかない。また、打ち明けると、とんでもないことになる。
「……」
車内にいる三人が無言を通したまま、時間が過ぎ去っていく。別に、何も言うことはない。
やがて二十分ほど、走っただろうか?タクシーは、オペラハウスが右手に見えるハーバービューへと出た。もう、ここは、怖い場所でも何でもない。
「あれが有名なオペラハウス。カタツムリみたいな綺麗な形してるでしょ?」
助手席の前に掲示してある乗務員証にある、ヒロアキナガタが言った。
「何だ!あんた、日本人じゃん」
隠さなくてもいいでしょ?といった風に、ジミーが運転手に声を掛けた。幾分、いぶかしむ気持ちでいる。
「ああ。俺は日本人だよ。生まれは秋田」
そう口にした永田が、一転して、疑問を持ったように訊く。
「そう言えば、お客さんたち、どこ行きたいの?聞いてなかったよね?」
「この国に、隠れて住むところってある?」
ジミーの質問に、永田が、
「ああ。いっぱいあるけど」
と返すと、ジミーが、
「じゃあ、どっかに案内して」
と注文した。
「ここから、そうだな……三十分ぐらい、車飛ばしたところに、格好の場所があるよ。お客さんの言うようなね」
「そこお願い!」
亜季がすかさず、横槍を入れた。速度を上げた車が、シドニーのメインストリートを突っ切る。さすがは南国の道路だ。舗装状態も、極めて良好で、道路脇には、葉が緑色で、幹が茶色の、原色に近いパームツリーが、整然と植え並べられている。
会話が少なくなり、やがて二人は、旅の疲れからか眠ってしまった。掛けっぱなしのラジオから、ニュースが英語で流れ出す。
「次のニュースです。つい先日、ミクロネシア連邦セントアルバ島で発生した日本人警官銃撃事件の犯人は、依然逃亡を続けている模様です。指名手配されたのは……」
その時不意に、ラジオに雑音が入って、三十秒ほど、聞こえなくなった。
「……の二人組です。両容疑者は共謀し、日本人警官、但馬勇さんと片桐華さんを銃撃し、但馬さんを射殺、片桐さんには瀕死の重傷を負わせた疑いが持たれています。二人は……」
永田がラジオを聴きながら、時折、後部座席で眠っている二人の方を、ミラー越しにチラッチラッと盗み見た。まさかな?と思う。
「オーストラリアへ逃亡した可能性があり、当局は、捜査基点をオーストラリアに移して、引き続き捜査を進める方針です」
ニュースキャスターがそう言って、次のニュースを告げ始めた。いつの間にか、ジミーと亜季は肩を並べて、すやすやと寝入っている。まるでこれから始まる悪夢の日々など、片鱗すら想像できないかのように……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
アイリーンはホームズの夢を見たのか?
山田湖
ミステリー
一人の猟師が雪山にて死体で発見された。
熊に襲われたと思われるその死体は顔に引っ搔き傷のようなものができていた。
果たして事故かどうか確かめるために現場に向かったのは若手最強と言われ「ホームズ」の異名で呼ばれる刑事、神之目 透。
そこで彼が目にしたのは「アイリーン」と呼ばれる警察が威信をかけて開発を進める事件解決補助AIだった。
刑事 VS AIの推理対決が今幕を開ける。
このお話は、現在執筆させてもらっております、長編「半月の探偵」の時系列の少し先のお話です。とはいっても半月の探偵とは内容的な関連はほぼありません。
カクヨムweb小説短編賞 中間選考突破。読んでいただいた方、ありがとうございます。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
授業
高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。
中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。
※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。
※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる