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第39話。
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39
ジミーは護身用に、刃渡り十二センチのナイフを一本と、拳銃を一丁、携帯していた。その二つを、胸の内ポケットへと仕舞い込み、店へと入る。ちょうど、店長と会った。
「今夜から、早速入ってくれない?人、足りないんだよ」
店長のマイケル・レイモンドは、五十代ぐらいの、気さくな男性だった。頭髪がだいぶ抜け落ち、白髪が少し仄見える彼は、自分一人で、マーブルをオープンさせたらしく、水商売人特有の、頭のキレのよさもありそうな男性だった。
「最初は、慣れてもらわないとね」
レイモンドがそう言って、たまたまそこに居合わせたホストに告げる。ホストが、軽く一礼したので、ジミーも返す。レイモンドが、
「この子、新入りなんだ。名前は確か……」
と、言葉を濁すと、ジミーが、
「ジミーといいます。よろしく」
と返した。
「俺、ユール。ユール・ディライト」
「へえー、変わった名前ですね?」
「うん。言われる」
すると、レイモンドが横から入って、
「おいユール。ジミーと仲良くしてやれよ」
と言った後、
「こいつ、日本人らしいからな」
と重ねて言って、侮蔑的な目付きをした。東南アジアでは、未だに日本人のことを、太平洋戦争時の侵略者として、意識的に嫌ったり、言われなき差別をしたりする人間たちがいる。彼らにとって、日本人は永遠に仇なのだ。そう言えばさっきから、レイモンドもユールも、ジミー相手に、どこかしら哀しい顔をしている。
レイモンドが、
「まずは水割りの作り方からな」
と言って、ユールに、
「おい。ジミーに、酒の作り方教えてやれ!」
と、幾分乱暴に促した。
「はい」
ユールが応え、
「まず、グラスに氷入れろ!」
と言い、手取り足取り、教え出す。学校などをろくに出てなくて、頭の悪いジミーも、それだけはすぐに覚えたらしい。それから、スーツに着替えさせられた。派手なホストスーツだ。
すっかり水商売人の格好をしたジミーは、午後十時を回った頃、一人目の客を取った。
相手は化粧の濃い中年女性だった。自分の母親ぐらいの年かもしれない。
店に、ドンペリが出、グラスに酒が並々と注がれる。その女は、ジミーに対して、デレデレしてきた。ホストならば、相手女性に絶えず奉仕し、喜ばせねばならない。それが鉄則だ。嫌々ながらも、ジミーが女に寄り添う。
その女性は、亜季とは比較にならないぐらい更けていて、おまけに太っていた。
ジミーは、いったん、トイレに入る。入った男子トイレでは、同じくホスト仲間が、今か今かと指名待ちしていた。その待ちわびる男たちの中に、珍しく日本人がいた。
「お前が、ジミーか?」
「ええ」
声を掛けてきたその男は二十代後半くらいで、目鼻立ちが、いかにも東洋系、といった感じだった。
「俺、マサ。よろしくな!」
こういう場に相応しく、本名を名乗らずに、源氏名で通した。
右手に高そうな銀のブレスレットを嵌めて、ゆっくりとタバコを燻らすマサは、その仕草がいかにも、俺は水商売やってるよ、といった感じで、十分様になっていた。
「マサ、指名だ!」
呼びにやってきたボーイに軽く頷いた彼は、灰皿でタバコを揉み消し、手を洗って洗面所に唾を吐くと、一つ咳払いをして、その場を去った。
マサの指名の後、しばらくの間、誰一人として指名されない時間が続く。
「ジミー、指名!」
と、突然声が掛かる。
気を張って、トイレを出たジミーを指名してきたのは、シンガポールにある、某大企業の社長夫人だった。
三十分以上、二人で飲んだ後、彼女が、
「ジミー、これ取っときなさい」
と言って、布に包んだ何かをもらった。そっと中を見ると、札束だった。
熱い夜が一向に更けない中、外では、私服姿のボビーとリサがじっと見張っている。
顔を見合わせた二人が、思わずほくそ笑む。しかしその日、ジミーが店を出たのは、夜もとうに更けた、午前三時過ぎだった。当然ながら、バスがないので、タクシーを呼んでもらい、乗り込む。後を付けようとするリサを、ボビーが「止めとけ!」と静止した。さすがに、人通りの少ない繁華街を付けたら、相手にバレバレだというのが、彼の直感的な読みだ。
暑い中、約七時間も粘ったその夜の内偵は、結局泳がせるだけで終わった。捕まえるのは明日以降ということになる。
ジミーは護身用に、刃渡り十二センチのナイフを一本と、拳銃を一丁、携帯していた。その二つを、胸の内ポケットへと仕舞い込み、店へと入る。ちょうど、店長と会った。
「今夜から、早速入ってくれない?人、足りないんだよ」
店長のマイケル・レイモンドは、五十代ぐらいの、気さくな男性だった。頭髪がだいぶ抜け落ち、白髪が少し仄見える彼は、自分一人で、マーブルをオープンさせたらしく、水商売人特有の、頭のキレのよさもありそうな男性だった。
「最初は、慣れてもらわないとね」
レイモンドがそう言って、たまたまそこに居合わせたホストに告げる。ホストが、軽く一礼したので、ジミーも返す。レイモンドが、
「この子、新入りなんだ。名前は確か……」
と、言葉を濁すと、ジミーが、
「ジミーといいます。よろしく」
と返した。
「俺、ユール。ユール・ディライト」
「へえー、変わった名前ですね?」
「うん。言われる」
すると、レイモンドが横から入って、
「おいユール。ジミーと仲良くしてやれよ」
と言った後、
「こいつ、日本人らしいからな」
と重ねて言って、侮蔑的な目付きをした。東南アジアでは、未だに日本人のことを、太平洋戦争時の侵略者として、意識的に嫌ったり、言われなき差別をしたりする人間たちがいる。彼らにとって、日本人は永遠に仇なのだ。そう言えばさっきから、レイモンドもユールも、ジミー相手に、どこかしら哀しい顔をしている。
レイモンドが、
「まずは水割りの作り方からな」
と言って、ユールに、
「おい。ジミーに、酒の作り方教えてやれ!」
と、幾分乱暴に促した。
「はい」
ユールが応え、
「まず、グラスに氷入れろ!」
と言い、手取り足取り、教え出す。学校などをろくに出てなくて、頭の悪いジミーも、それだけはすぐに覚えたらしい。それから、スーツに着替えさせられた。派手なホストスーツだ。
すっかり水商売人の格好をしたジミーは、午後十時を回った頃、一人目の客を取った。
相手は化粧の濃い中年女性だった。自分の母親ぐらいの年かもしれない。
店に、ドンペリが出、グラスに酒が並々と注がれる。その女は、ジミーに対して、デレデレしてきた。ホストならば、相手女性に絶えず奉仕し、喜ばせねばならない。それが鉄則だ。嫌々ながらも、ジミーが女に寄り添う。
その女性は、亜季とは比較にならないぐらい更けていて、おまけに太っていた。
ジミーは、いったん、トイレに入る。入った男子トイレでは、同じくホスト仲間が、今か今かと指名待ちしていた。その待ちわびる男たちの中に、珍しく日本人がいた。
「お前が、ジミーか?」
「ええ」
声を掛けてきたその男は二十代後半くらいで、目鼻立ちが、いかにも東洋系、といった感じだった。
「俺、マサ。よろしくな!」
こういう場に相応しく、本名を名乗らずに、源氏名で通した。
右手に高そうな銀のブレスレットを嵌めて、ゆっくりとタバコを燻らすマサは、その仕草がいかにも、俺は水商売やってるよ、といった感じで、十分様になっていた。
「マサ、指名だ!」
呼びにやってきたボーイに軽く頷いた彼は、灰皿でタバコを揉み消し、手を洗って洗面所に唾を吐くと、一つ咳払いをして、その場を去った。
マサの指名の後、しばらくの間、誰一人として指名されない時間が続く。
「ジミー、指名!」
と、突然声が掛かる。
気を張って、トイレを出たジミーを指名してきたのは、シンガポールにある、某大企業の社長夫人だった。
三十分以上、二人で飲んだ後、彼女が、
「ジミー、これ取っときなさい」
と言って、布に包んだ何かをもらった。そっと中を見ると、札束だった。
熱い夜が一向に更けない中、外では、私服姿のボビーとリサがじっと見張っている。
顔を見合わせた二人が、思わずほくそ笑む。しかしその日、ジミーが店を出たのは、夜もとうに更けた、午前三時過ぎだった。当然ながら、バスがないので、タクシーを呼んでもらい、乗り込む。後を付けようとするリサを、ボビーが「止めとけ!」と静止した。さすがに、人通りの少ない繁華街を付けたら、相手にバレバレだというのが、彼の直感的な読みだ。
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