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第32話。
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但馬の待つセントアルバ島立警察署前でタクシーを降りた華は、一つ咳払いをして、十一階の会議室へと向かった。右手には資料を入れたカバンを抱え込んでいる。
一階エレベーターに向かうところで、大柄な黒人とぶつかった。華のカバンが手から落ち、中の資料がどっと零れ出る。
すまないねという言葉を繰り返しながら、資料を拾い集める黒人は、まだ青年だった。
紫がかった、濃いはっきり目の眉と、サラサラの茶髪、引き締まった口元、そしてその口元に時折訪れる微笑が、素敵な男性だ。胸のIDカードに、ローリー・マックとある。拾った資料を華に手渡したマックに、彼女が、ありがとう、と英語で返した。
するとマックが、
「どういたしまして。……あなたは、日本人ですか?」
と訊いてきた。
華が英語で続ける。
「ええ、そうよ。……あなたは、どこ出身なの?」
「アフリカの僻地です」
彼が答えた。
マックは、穢れを知らない口元に、時として、苦い何かを感じているようだった。
「急いでるから、失礼するわ。じゃあね」
重たいカバンを再び抱え込んだ華が、足早にその場を立ち去って、エレベーターに乗り込む。そんな彼女に、マックが思わず見惚れたようだ。働く女性は、カッコいいと。それは、一瞬で芽生えた恋だった。
「おい、ローリー。行くぞ!」
彼をファーストネームで呼んだ相棒のビル・クーパーが、早く来いと催促する。
マックは、脱税犯の査察などの特殊犯罪が専門で、日本で言うところの、マルサのようなプロジェクトチームに参画していた。その日も、島内の銀行家の屋敷の内偵に、出かけるところだった。
単なるすれ違いだったし、華も、瞬間的にマックのことを忘れてしまう。
但馬の待つセントアルバ島立警察署前でタクシーを降りた華は、一つ咳払いをして、十一階の会議室へと向かった。右手には資料を入れたカバンを抱え込んでいる。
一階エレベーターに向かうところで、大柄な黒人とぶつかった。華のカバンが手から落ち、中の資料がどっと零れ出る。
すまないねという言葉を繰り返しながら、資料を拾い集める黒人は、まだ青年だった。
紫がかった、濃いはっきり目の眉と、サラサラの茶髪、引き締まった口元、そしてその口元に時折訪れる微笑が、素敵な男性だ。胸のIDカードに、ローリー・マックとある。拾った資料を華に手渡したマックに、彼女が、ありがとう、と英語で返した。
するとマックが、
「どういたしまして。……あなたは、日本人ですか?」
と訊いてきた。
華が英語で続ける。
「ええ、そうよ。……あなたは、どこ出身なの?」
「アフリカの僻地です」
彼が答えた。
マックは、穢れを知らない口元に、時として、苦い何かを感じているようだった。
「急いでるから、失礼するわ。じゃあね」
重たいカバンを再び抱え込んだ華が、足早にその場を立ち去って、エレベーターに乗り込む。そんな彼女に、マックが思わず見惚れたようだ。働く女性は、カッコいいと。それは、一瞬で芽生えた恋だった。
「おい、ローリー。行くぞ!」
彼をファーストネームで呼んだ相棒のビル・クーパーが、早く来いと催促する。
マックは、脱税犯の査察などの特殊犯罪が専門で、日本で言うところの、マルサのようなプロジェクトチームに参画していた。その日も、島内の銀行家の屋敷の内偵に、出かけるところだった。
単なるすれ違いだったし、華も、瞬間的にマックのことを忘れてしまう。
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