19 / 64
第19話。
しおりを挟む
19
翌日の朝早く、亜季から、スマホに電話が掛かってきた。そうなるだろうと踏んでいたが、案の定だった。ジミーが出ると、
「一体、どういうことなの?あたしに何か隠してるの?」
と彼女が言ってくる。適当に、「別に隠してなんかない」と言うと、
「じゃあ話して。何で、警察なんかに付け回されてるの?」
と訊かれた。話すしかないと思い、話し始める。
――あいつらが勝手に付け回してるだけだ。俺は何もしてない。
嘘をついた。統合失調症の患者が付く、特有の嘘だ。だが、女の勘は一際鋭く、勘付いたようで、亜季は溜め息をついて、
「あの女刑事さんが言ってたわ。『あの男は、亡くなった甘利健吾民慈党幹事長殺しの犯人かもしれない』って」
と返す。心底、呆れ返ったといった感じだ。ジミーは、もはや、隠しきれないといった風に、諦めて、正直に、
――俺が甘利をヤった。
と白状した。不承不承に、だ。その後、続ける。
――甘利をヤるしか、手がなかった。それだけだ。
「自首して。お願いだから、自首して、罪を償って」
亜季が、そう言ってきた。ジミーはできない相談だというように、
――それは絶対できない。……お願いだ。俺と一緒に逃げてくれないか?
と返す。
「あたしを巻き添えにするつもり?」
――そういうんじゃないけど。……でも今は、愛しい人とずっと一緒にいたいんだ。
と適当に言いくるめて、誤魔化す。これが、奥の手だ。亜季を欺く、まさに奥の手だったのだ。最終手段と言ってもいい。
「気持ちは分からないことないけど……でも、あたしの人生、どうなるのよ?」
――君には、ただ傍にいてくれるだけでいいんだ。それだけなんだ。
そう返して、
――君が決断してくれなかったら、俺は次の殺人を犯すかもしれない。
と半ば、脅迫まがいのことを、口にする。統合失調症の頭脳も、ここまで来ると、恐ろしいものだ。そう思えた。
――明日、ミクロネシア連邦にある、セントアルバ島行きのチケットを二枚取って、午後三時に成田で待ってる。君に、もし決心がつけば、一緒に来てくれないか?
と、電話口で言った後、軽く息をつき、
――もちろん、来てくれなかったら、チケットは破くよ。じゃあ、待ってるから。
と言って、電話を切った。ダメを押したつもりだ。もちろん、騙して、悪いとは分かっているのだが……。
その夜、ジミーはタカに内緒で、手持ちのボストンバッグに荷物を詰め込み、航空会社の二十四時間受付のカスタマーセンターに電話して、チケットの予約を入れた。二枚手配する。幸いにも、明日の午後三時五十七分、成田発セントアルバ島行きのチケットが二枚あった。これはイケる。そう思えた。
「ご予約のお名前は?」
「浅川昌平といいます」
電話口で、わざと偽名を使った。少し後ろ暗い。
「失礼ですが、漢字は?」
「浅いという字に、川。昌は日二つに、平は平家の平」
すると、オペレーターが、
「もう一人のご予約のお名前は?」
と訊いてきた。
「大島亜季。大きい島に、亜は亜細亜の亜、季は季節の季」
連れの方だけは、本名を言った。これは本名で、嘘をつくわけにはいかないからだ。
「分かりました。浅川様と大島様ですね?では、チケットを手配しておきます。ありがとうございました」
オペレーターがそう言い、マニュアル通りの言葉を返す。これは、まさに、マニュアル通りの返答だ。これで、タカからも、世間の目からも、上手く逃れられる。そう思えた。
その夜は、実に興奮したせいか、朝まで一睡も出来なかった。それも自然だろう。興奮というのは、実に、睡眠時間まで、削ってしまうのだから……。
翌日の朝早く、亜季から、スマホに電話が掛かってきた。そうなるだろうと踏んでいたが、案の定だった。ジミーが出ると、
「一体、どういうことなの?あたしに何か隠してるの?」
と彼女が言ってくる。適当に、「別に隠してなんかない」と言うと、
「じゃあ話して。何で、警察なんかに付け回されてるの?」
と訊かれた。話すしかないと思い、話し始める。
――あいつらが勝手に付け回してるだけだ。俺は何もしてない。
嘘をついた。統合失調症の患者が付く、特有の嘘だ。だが、女の勘は一際鋭く、勘付いたようで、亜季は溜め息をついて、
「あの女刑事さんが言ってたわ。『あの男は、亡くなった甘利健吾民慈党幹事長殺しの犯人かもしれない』って」
と返す。心底、呆れ返ったといった感じだ。ジミーは、もはや、隠しきれないといった風に、諦めて、正直に、
――俺が甘利をヤった。
と白状した。不承不承に、だ。その後、続ける。
――甘利をヤるしか、手がなかった。それだけだ。
「自首して。お願いだから、自首して、罪を償って」
亜季が、そう言ってきた。ジミーはできない相談だというように、
――それは絶対できない。……お願いだ。俺と一緒に逃げてくれないか?
と返す。
「あたしを巻き添えにするつもり?」
――そういうんじゃないけど。……でも今は、愛しい人とずっと一緒にいたいんだ。
と適当に言いくるめて、誤魔化す。これが、奥の手だ。亜季を欺く、まさに奥の手だったのだ。最終手段と言ってもいい。
「気持ちは分からないことないけど……でも、あたしの人生、どうなるのよ?」
――君には、ただ傍にいてくれるだけでいいんだ。それだけなんだ。
そう返して、
――君が決断してくれなかったら、俺は次の殺人を犯すかもしれない。
と半ば、脅迫まがいのことを、口にする。統合失調症の頭脳も、ここまで来ると、恐ろしいものだ。そう思えた。
――明日、ミクロネシア連邦にある、セントアルバ島行きのチケットを二枚取って、午後三時に成田で待ってる。君に、もし決心がつけば、一緒に来てくれないか?
と、電話口で言った後、軽く息をつき、
――もちろん、来てくれなかったら、チケットは破くよ。じゃあ、待ってるから。
と言って、電話を切った。ダメを押したつもりだ。もちろん、騙して、悪いとは分かっているのだが……。
その夜、ジミーはタカに内緒で、手持ちのボストンバッグに荷物を詰め込み、航空会社の二十四時間受付のカスタマーセンターに電話して、チケットの予約を入れた。二枚手配する。幸いにも、明日の午後三時五十七分、成田発セントアルバ島行きのチケットが二枚あった。これはイケる。そう思えた。
「ご予約のお名前は?」
「浅川昌平といいます」
電話口で、わざと偽名を使った。少し後ろ暗い。
「失礼ですが、漢字は?」
「浅いという字に、川。昌は日二つに、平は平家の平」
すると、オペレーターが、
「もう一人のご予約のお名前は?」
と訊いてきた。
「大島亜季。大きい島に、亜は亜細亜の亜、季は季節の季」
連れの方だけは、本名を言った。これは本名で、嘘をつくわけにはいかないからだ。
「分かりました。浅川様と大島様ですね?では、チケットを手配しておきます。ありがとうございました」
オペレーターがそう言い、マニュアル通りの言葉を返す。これは、まさに、マニュアル通りの返答だ。これで、タカからも、世間の目からも、上手く逃れられる。そう思えた。
その夜は、実に興奮したせいか、朝まで一睡も出来なかった。それも自然だろう。興奮というのは、実に、睡眠時間まで、削ってしまうのだから……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
アイリーンはホームズの夢を見たのか?
山田湖
ミステリー
一人の猟師が雪山にて死体で発見された。
熊に襲われたと思われるその死体は顔に引っ搔き傷のようなものができていた。
果たして事故かどうか確かめるために現場に向かったのは若手最強と言われ「ホームズ」の異名で呼ばれる刑事、神之目 透。
そこで彼が目にしたのは「アイリーン」と呼ばれる警察が威信をかけて開発を進める事件解決補助AIだった。
刑事 VS AIの推理対決が今幕を開ける。
このお話は、現在執筆させてもらっております、長編「半月の探偵」の時系列の少し先のお話です。とはいっても半月の探偵とは内容的な関連はほぼありません。
カクヨムweb小説短編賞 中間選考突破。読んでいただいた方、ありがとうございます。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私と叔父は仲がよくない。
天野純一
ミステリー
運転席に座る叔父、喜重郎を見つめながら、私は思いを馳せる――。
最小限の文字数で最大限に驚きたいあなたへ。
その数、わずか1000字。
若干のグロ注意。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる