『逆行。』

篠崎俊樹

文字の大きさ
上 下
11 / 64

第11話。

しおりを挟む
     11
 翌朝、八田は、署長室に上野を訪ねた。室内は薄暗く、上野は椅子に座り、机の上の書類を見ている。元々、上の人間たちは、いい加減で、適当なのだ。いろんな刑事が、警察社会にはいるのだが、上野は、その中でも、別に大したことはできない人間なのだ。署長というのだって、実際はお飾りなのだ。椅子にふんぞり返って、威張り散らす辺り、およそ、所轄という場所には相応しくない。
“こんな人間のクズが、自分たちの上にいるのか?”
 八田は、失望以上の感情を、禁じ得なかった。実際、ヒラの刑事にとって、上層部の人間たちは煙たい存在なのだ。警察社会に在籍する刑事たちは、皆、そう思っている。
「君が提出したICレコーダー、音響班に協力してもらって、詳しく解析してる最中だ」と上野が切り出した。しかし、言葉を重ねて、続けた。
「あれじゃあ、何の証拠にもならん。実際、君島次郎がどんなに親に反発していたとしても、殺しに至るまでの確証や肝心の動機すら、持てやしない。それに彼は、単なる引きこもりだ。とてもじゃないが、親を殺して逃亡の線は考えにくい」
 と、重ねて言い添える。それに、続けた。
「君は、その手の人間に対して、偏見を持ってるだろ?そういう人間たちを、半ば犯罪予備軍扱いしてるのは、実際のところ、君たち現役警察官の方じゃないか?」
「まあ、そうかもしれませんが……」
「君の態度は、単なる差別だよ!」
 どうやら八田は、上野までをも、敵に回してしまったようである。実際、敵に回すことほど、怖いことはない。そこにいる警察官たちは、皆、怖がった。実際、怖がるだろう。背けば、もう、後がないからだ。実際、上司を怒らせることほど、恐ろしいことはないからだ。そして、上野は止めを刺した。
「出ていけ!君のような人間を見てると、不愉快だ!」
 これは、本音のようだ。実際、上野はブチ切れた。また、ブチ切れるに決まっている。そこにいる、他の警察官たちも、皆、上司を怖がっているし、実際、怖い。
 八田が、黙って署長室を出ていく。実際、出ていかざるを得ない。言われてしまえば、確かにそうだ。この部屋に、居場所などない。もちろん、八田は、事態が難しいと思った。この事態は、打開し辛い。
 しかし彼は拳を固め、力を込めていた。君島を絶対、意地に掛けてでも、挙げてみせる。意地に賭けてでも、と。実際、君島次郎を検挙するのは、そう難しくもない。また、難しいわけがない。それが、警察社会にとって、取り得る常套手段だった。別に、矢島のようなキャリア組にとっても、そういったことは、平気なのだった。そして、そんな矢先、次なる殺人が実行されようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R 18】現役小学校教師と秘密のSEX

kira jun(仮)
エッセイ・ノンフィクション
先生だってオナニーするんだよ

グレイマンションの謎

葉羽
ミステリー
東京の郊外にひっそりと佇む古びた洋館「グレイマンション」。その家には、何代にもわたる名家の歴史と共に、数々の怪奇現象が語り継がれてきた。主人公の神藤葉羽(しんどう はね)は、推理小説を愛する高校生。彼は、ある夏の日、幼馴染の望月彩由美(もちづき あゆみ)と共に、その洋館を訪れることになる。 二人は、グレイマンションにまつわる伝説や噂を確かめるために、館内を探索する。しかし、次第に彼らは奇妙な現象や不気味な出来事に巻き込まれていく。失踪した家族の影がちらつく中、葉羽は自らの推理力を駆使して真相に迫る。果たして、彼らはこの洋館の秘密を解き明かすことができるのか?

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

隣人

日越拳智
ミステリー
僕は気になっていた。隣人のことが。いつからか。 気にしなければ良かったと、後悔するにはもう遅いだろう。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

中年探偵幸田の日記

クライングフリーマン
ミステリー
南部興信所に勤めるベテラン調査員。今日も疲れていた。

処理中です...