『僕の仕事』

篠崎俊樹

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『僕の仕事』

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 僕は、福岡県の地元の街で、本屋を経営しています。40代男性で、本が好きなんです。元々、大学時代に、学部で日本文学を専攻していたので、それで、本が好きになりました。
 ドキッとする話が好きです。女の子たちの交わす会話がたくさん載った、文庫本をいつも読んでいます。店番をしていると、いつも、店には、女の子たちが来ます。本を買いに来るのもそうですが、大抵、お喋りです。無駄なお喋りが好きな子が、この街には多いんです。
「川上さん、面白い本ある?」
「ええ、ございますよ。文庫本は、そちらの棚にありますし、単行本とか、古書も置いてあります」
 いつも、この子たちは、店に来て、本を買ってから、隣にあるスターバックスで、コーヒーを飲みながら、読んでから、帰るんです。元々、僕も恥ずかしがり屋で、女の子たちと話すのが苦手でした。でも、いいんです。恋人であり、妻の美加子は、僕の家にしょっちゅう来て、料理を作ってくれたり、リビングの掃除をしてくれたりします。本屋の経営さえしていれば、僕の仕事は、事足りるのでした。
 2022年4月下旬は、新緑が芽吹いて、新しい季節に相応しいものでした。福岡にも、桜が咲きました。目抜き通りには、色も鮮やかな桃色の桜が咲いて、緑色の葉が、たくさん芽吹き、風に吹かれて、散っては、通りに散らばっていました。毎日、通りを掃除するのが、僕の朝の日課です。箒と塵取りを使って、やります。店に来る女の子たちは、それを見ています。
「川上さん、お疲れ様」
 常連の一人の、奥田里香が、いつも、声を掛けてくれます。彼女は、髪を茶髪に染めて、いつも、ハンドバッグには、メイク道具や文庫本、その他、女の子たちに必須の道具を詰めて、持ち歩いているのでした。この里香に、僕は、時として、ドキッとします。何というか、乙女に弱いのが、僕の特徴でした。元々、シャイで、恥ずかしがり屋で、女性とは、そんなに付き合ったことがないのでした。実際、里香のような可愛い子は、僕の気を惹きます。美加子は、恋人であり、妻なのですが、僕にとっては、最愛の人間です。お互い、いい年をしていますし、40代というと、結婚とか、女性なら、出産・育児などが当たり前でしょう。美加子は、僕の事実上の妻です。
 結構、僕自身、フリーな生活をしていて、いつも、スマホを見ているか、パソコンを見ながら、店番をするのが、基本的な生活パターンでした。元々、勘が鋭くて、気も強い僕は、人には言えないような、不器用で、ぶきっちょな人間なんです。でも、いいんです。本屋が僕の仕事なのですから……。
 店の近くには、コーヒー店が結構ありました。ここは、福岡県の田舎町なのですが、結構、お洒落で、女の子たちのファッションセンスもいいんです。この季節、Tシャツに、ジーンズといった格好で、街を練り歩く子が多いです。おまけに、自転車を飛ばせば、美容室とか、ヘアサロンも近所に数軒あります。僕は大抵、髪は、美加子に切ってもらいますが、街にいる女の子たちは、美容室に行きます。何と言いますか、若い女性は、お洒落とか、身だしなみに、お金を惜しまないのでしょう。
 僕のような40代男性からすれば、20代というのは、若すぎるのでした。また、僕自身、不器用な性格で、引っ込み思案なので、なおさら、そう思います。別にいいんです。これまで、その性格で、損をしてきたこともありましたが、今は違います。それに、僕がやっている、もう一つの仕事は、ネットで小説を書くことでした。夜、自室でパソコンを立ち上げて、投稿サイトに投稿するのが、趣味なんです。悪い中年のやり口です。それは、妻も知っています。僕がネット作家であることを知っていて、それで、咎めたりはしません。
 元々、本を読むのが好きで、本屋の店番が本業で、夜は作家。ダブルワークなのでした。夜は、2階の部屋で、誰にも邪魔されずに、原稿が書けます。元々、創作は好きなのでした。繰り返しますが、中年男性にしては、悪いやり口で、お金こそもらってないのですが、好きこそものの上手なれで、別にいいのでした。妻が、
「浩介の小説、読んでるわよ。面白いわね」
 といつも言ってくれます。僕自身、出版歴こそないのですが、ネットで自由に作品を書き綴ります。入った地元の私立大学は、3年半で、中退しました。家庭が経済的に厳しくなって、学費を払えなくなり、やむなく、学校を辞めて、今の本屋の仕事を始めたんです。後悔はしてません。今の仕事が合っています。また、最近、ある、偉いヤングアダルトの小説の作家先生に弟子入りして、作品を見てもらいました。すると、言われたんです。
「私のアシスタントをやってみない?」と。
 つまり、作家のゴーストライターをやれということでしょう。うれしくて、しょうがなかったんです。春が来た、と思いました。今の季節の葉桜と同じですが、遅い春がやってきました。僕は、先生の指示通りに、下書きを書いて、メールで、先生のご自宅のパソコン宛に送りました。一作送ると、案外好評で、代筆をどんどんやってくれと、メールが矢の督促のように、来ました。いよいよ、春です。爛漫です。そう思えました。美加子に、
「本屋の店番、君に任せて、僕は専業作家やってもいい?」
 と訊いてみると、妻は意外にも、
「いいわよ。一日中、パソコンに向かってて」
 と、好意的な返事が返ってきました。〆たものです。元々、不器用な生き方しかできない僕にとって、自宅の二階で、パソコンに向かって、作家の仕事をするのは、たとえ、真似事だったにしても、いいことなのでした。ちなみに、言っておきますと、僕は、ネット作家の時は、本名の川上浩介をもじった、変なペンネームを付けて、名乗っていましたが、専業になったとき、その筆名を捨てて、本名でやることにしました。ペンネームというのは、概して、よくないからです。
 今年も、桜は散りました。僕は、執筆に疲れたら、パソコンから目を上げて、窓辺に行き、窓を開けて、外の風を入れ、新鮮な空気を吸って、軽く休憩を入れてから、また仕事をするのでした。本屋の仕事は、妻がやってくれます。安心なのでした。
 春の温かい風が、夜になると、この街にも吹き付けます。明日は晴れるかな、と天気を気にしながら、洗濯物を部屋に干すのが、僕の日課なのでした。これも幸せなことなんです。日常が静かに回り続けるという……。
                                (了)




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