『記憶の中で』

篠崎俊樹

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第5話。

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 隣町の障碍者施設へは、送迎車で行っている。施設の主任は、西川さんという女性で、五十年配。ソーシャルワーカーで、お洒落な人だ。俺も、西川さんがある意味、舞子に似ていると思っていて、最初からずっと、親近感が湧いた。当然だと思う。西川さんは、朝、午前八時半頃に、障碍者施設に来て、門扉を開け、開所する。それから、庭の手入れや水撒きなどをして、施設の利用者を招き入れ、仕事に掛かるのだ。ある意味、俺のような人間と馬が合う。紘一とは、難しいだろう。
 今年の八月頭に行った時も、
「磯崎さん、調子はどう?……変わりない?」
 と言ってくれた。元々、マイペースで、大人しい女性なので、俺とは気が合うのだ。逆に言えば、紘一とは、意見が決裂するだろう。そんな感じだと思う。西川さんには、悪父のことは言ってないけど、言ったら言ったで、絶対決裂になるし、妻も、言わないほうがいいと言ってくれた。ある意味、その通りだと思う。俺も正直、自分の小説の仕事と、隣町の障碍者施設での労働、それに、睡眠時間を合わせると、もう手持ちがない。執筆を早朝と夜間に回しても、時間は足りない。舞子は、外資系企業で事務員をやっていて、時間は取れない。磯崎家にとって、早朝や夜の時間は、比較的、空きがあるのだが、全力で時間配分を考えても、足りない。俺にとって、磯崎家に帰宅してから、パソコンで小説を書いてもいいのだが、それだと、ちょっと時間的に足りない。また、紘一のことは言えない。口が裂けても……。言うと、問題になる。
 妻は、帰ってきたら、自室でテレビを見ながら、ゆっくりしている。外資系企業で一日働けば、スーツも汚れるし、足がパンパンになるのだ。悪父は、そんな嫁のことは知らず、ずっと部屋に引きこもり。俺は正直、投げた。これは、投げる以外の何者でもないだろう。また、俺自身、自分の持ち時間を考えると、もう、暇はないのである。『希望の家』の職員も、適当に来て、帰っている。俺にとって、磯崎家は、単なるねぐらで、帰ってきてから、睡眠を取るだけの場所なのだ。実際、買い物は、週に二日程度。それで済んでいる。本当なら、西川さんにこの事実を告げたほうがいいのだろうが、そうもできない。また、やりようがない。また、俺は、執筆に疲れたら、本を読むか、テレビを見るか、ユーチューブを聴くかで、正直なところ、紘一と話す時間は取れない。本音だ。事実、午後六時には、睡眠導入剤を服用して、いったん仮死状態を作ってから、執筆に移る。昼間興奮していて、午後六時に眠剤を飲んでも、寝付けるのは、午後十一時か、午前零時過ぎぐらい。それで、やっと、三時間ぐらい寝れて、翌朝は、早朝に目覚める。そして、パソコンを開き、また原稿を書く。送迎車が来る前に、パソコンを閉じて、スタンバイしてから、行く。そんなものだ。俺にとって、隣町の障碍者施設に働きに行く前の時間だって、一分一秒でも、惜しいのだ。(以下次号)
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