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蜜月
目に見えない宝物
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「それでは雫は紅茶の手配をして参ります! 何かありましたら、すぐにお呼びください! すぐに駆けつけます!」
執事モドキの声にそちらを見ると、そこには恭しく礼をする腹巻きの筋肉ダルマが目に入った。そして寮長の顎が少し動くと、当然のように部屋を飛び出して行く。
「……アレ、大丈夫なんですか?」
呆れながらもオレが飼い主に尋ねると、寮長は涼しい顔で「大丈夫だ」と言う。
「雫は丈夫な体を持っているからな。風邪など寄せ付けないんだ」
飼い主の答えもなんかズレてるな。オレとしては、半裸の使用人が校内を跋扈しているのを主人として監督責任等を問われたりしないのかと心配しているのだが。オレの呆れが本気の心配に変化し始めた頃、ちゃんと閉められていなかった(半開きだった)扉の外から、聞き慣れた声がした。
「山野辺先輩、洋服を着るのを忘れていますよ。替えの服ならありますので、部屋に戻りましょう」
「おぉ! どうりで動きやすいと思った」
ガハハハと豪快な笑い声と共に半裸の筋肉ダルマは戻ってきた。寮長の言う通り、馬鹿は風邪ひかないってのが言葉通り当てはまりそうな奴は、オレの身内に気遣われながら窮屈そうに服を着る。事前に寮長からオレが尋ねて来るであろう事を知らされていたのか、狭間は特に何も言わず視線だけでオレの単語の挨拶に応えた。
「狭間も来い。雫が用意する紅茶を馳走してやろう」
服を着た執事モドキと一緒に狭間も出て行ってしまった。オレは手元の暗号に視線を落とし、身内を引き止められなかった事を悔いた。溜め息など吐いている場合ではないと奮起して机に向かうが、本気でどう扱ったらいいのか分からない。
「夷川、そこにある本を取ってくれ」
全てのページを一読(と言っていいのか?)し、判別できる特徴のある文字をチェックしていくところから始めていると、寮長に声をかけられる。助けを求めるような気持ちで振り返ると、寮長はこちらへ手を差し伸べていた。
指の先に視線をやると、分かりやすく栞が挟まれた一冊の本があった。背表紙から予感していたが、手に取るとそれは洋書だった。
「これですか?」
オレが本を差し出すと、特に返事もなく寮長は静かに受け取った。指を滑らせページを開く姿は、芝居がかっている訳ではないのに、映画の中にでも飛び込んだ気分にさせられる。改めて思うが、オレはこの人の雰囲気が苦手だ。同席すると実感してしまう。別世界に連れて来られたような、居心地の悪さを感じるのだ。
オレが失礼な事をぼんやり考えていると、読書の邪魔になったのか寮長が顔を上げた。
「……まずは平仮名を読み取れるようになれ」
突然の言葉につい惚けた声を漏らしてしまう。すると、寮長は溜め息にも似た短い息を吐いて続けた。
「分かりやすい漢字を見つけて、その振り仮名から理解しろ。ある程度理解すれば、前後の内容から全文も読み取れるようになる」
アドバイスをくれた寮長は、それだけ言うと読書に戻ってしまった。手っ取り早く答えが頂けない事を再確認したオレは、再び手帳の写しに向き合う。根気強く読める字を探し、なんとか(寮長の)夕食までに二文字は確証を持てるようになったが、先輩の卒業までに間に合うか本気で自信がない。そうオレがぼやくと、寮長は涼しい顔で言った。
「金城先輩が卒業した後でも遅くはない。その程度で切れる縁ではないのだろう」
「そうだけど、そうじゃなくて……先輩に、なんて言うのかな……自分の事もっと大事にして欲しいってか、新しい生活に飛び込むじゃん。そこで、なんだろ、拠り所みたいなの必要かなって思ったんだ」
「それはお前でいいんじゃないか?」
オレのまとまらない考えを聞かされ、寮長は何故か小さく笑う。
「拠り所を手帳に求めなくてもお前で十分だろう。過去に縛られる必要はない」
人に言われると少しこそばゆい。正直満更でもないが、オレの個人的な感情は関係ないのだ。きっと恐ろしいほどに頑固だろうからな、先輩は。
「オレだってそれくらいの気持ちでいるけどさ……多分、先輩は捨てられないだろ。誰が責めなくても、きれいさっぱり忘れて楽しくやる気なんかないと思う。なら、クソだらけの過去じゃなくて、クソの中にも大事に出来るものがあってもいいと思うんだ。これってそういうモノなんだろ?」
手帳の表紙に手を置いて聞くと、寮長は寂しそうな顔で「そうだ」と呟いた。
執事モドキの声にそちらを見ると、そこには恭しく礼をする腹巻きの筋肉ダルマが目に入った。そして寮長の顎が少し動くと、当然のように部屋を飛び出して行く。
「……アレ、大丈夫なんですか?」
呆れながらもオレが飼い主に尋ねると、寮長は涼しい顔で「大丈夫だ」と言う。
「雫は丈夫な体を持っているからな。風邪など寄せ付けないんだ」
飼い主の答えもなんかズレてるな。オレとしては、半裸の使用人が校内を跋扈しているのを主人として監督責任等を問われたりしないのかと心配しているのだが。オレの呆れが本気の心配に変化し始めた頃、ちゃんと閉められていなかった(半開きだった)扉の外から、聞き慣れた声がした。
「山野辺先輩、洋服を着るのを忘れていますよ。替えの服ならありますので、部屋に戻りましょう」
「おぉ! どうりで動きやすいと思った」
ガハハハと豪快な笑い声と共に半裸の筋肉ダルマは戻ってきた。寮長の言う通り、馬鹿は風邪ひかないってのが言葉通り当てはまりそうな奴は、オレの身内に気遣われながら窮屈そうに服を着る。事前に寮長からオレが尋ねて来るであろう事を知らされていたのか、狭間は特に何も言わず視線だけでオレの単語の挨拶に応えた。
「狭間も来い。雫が用意する紅茶を馳走してやろう」
服を着た執事モドキと一緒に狭間も出て行ってしまった。オレは手元の暗号に視線を落とし、身内を引き止められなかった事を悔いた。溜め息など吐いている場合ではないと奮起して机に向かうが、本気でどう扱ったらいいのか分からない。
「夷川、そこにある本を取ってくれ」
全てのページを一読(と言っていいのか?)し、判別できる特徴のある文字をチェックしていくところから始めていると、寮長に声をかけられる。助けを求めるような気持ちで振り返ると、寮長はこちらへ手を差し伸べていた。
指の先に視線をやると、分かりやすく栞が挟まれた一冊の本があった。背表紙から予感していたが、手に取るとそれは洋書だった。
「これですか?」
オレが本を差し出すと、特に返事もなく寮長は静かに受け取った。指を滑らせページを開く姿は、芝居がかっている訳ではないのに、映画の中にでも飛び込んだ気分にさせられる。改めて思うが、オレはこの人の雰囲気が苦手だ。同席すると実感してしまう。別世界に連れて来られたような、居心地の悪さを感じるのだ。
オレが失礼な事をぼんやり考えていると、読書の邪魔になったのか寮長が顔を上げた。
「……まずは平仮名を読み取れるようになれ」
突然の言葉につい惚けた声を漏らしてしまう。すると、寮長は溜め息にも似た短い息を吐いて続けた。
「分かりやすい漢字を見つけて、その振り仮名から理解しろ。ある程度理解すれば、前後の内容から全文も読み取れるようになる」
アドバイスをくれた寮長は、それだけ言うと読書に戻ってしまった。手っ取り早く答えが頂けない事を再確認したオレは、再び手帳の写しに向き合う。根気強く読める字を探し、なんとか(寮長の)夕食までに二文字は確証を持てるようになったが、先輩の卒業までに間に合うか本気で自信がない。そうオレがぼやくと、寮長は涼しい顔で言った。
「金城先輩が卒業した後でも遅くはない。その程度で切れる縁ではないのだろう」
「そうだけど、そうじゃなくて……先輩に、なんて言うのかな……自分の事もっと大事にして欲しいってか、新しい生活に飛び込むじゃん。そこで、なんだろ、拠り所みたいなの必要かなって思ったんだ」
「それはお前でいいんじゃないか?」
オレのまとまらない考えを聞かされ、寮長は何故か小さく笑う。
「拠り所を手帳に求めなくてもお前で十分だろう。過去に縛られる必要はない」
人に言われると少しこそばゆい。正直満更でもないが、オレの個人的な感情は関係ないのだ。きっと恐ろしいほどに頑固だろうからな、先輩は。
「オレだってそれくらいの気持ちでいるけどさ……多分、先輩は捨てられないだろ。誰が責めなくても、きれいさっぱり忘れて楽しくやる気なんかないと思う。なら、クソだらけの過去じゃなくて、クソの中にも大事に出来るものがあってもいいと思うんだ。これってそういうモノなんだろ?」
手帳の表紙に手を置いて聞くと、寮長は寂しそうな顔で「そうだ」と呟いた。
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