圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み!!

異常事態

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 学校に戻ると、また見慣れぬ車が増えていた。バスが通る事を知らないのか、旧館の前に道を塞ぐよう停車されている。

 先に来ていた警察の応援かと思ったが、バスを降りる時に中島が「守峰先生の車じゃないか」とぼやいていたので、思わず胸を撫で下ろした。

 先輩が警察相手に大立ち回りとか想像出来ないが、最悪そうなってしまうのではと心配の種はスクスクと育っていたのだ。安堵しつつも、早く先輩の無事な姿が見たいと、小吉さんたちを出し抜いて先に旧館へ入れば、無視できない荒々しい声が事務所の方から聞こえてきた。

 どすの利いた声での罵倒し合いは、口汚すぎて内容を聞き取る事は困難だったが、浴場へと向かう道すがら覗き見て、それが守峰と客人のモノである事は確認出来た。

 客人の所在が分かっている今、先輩が尋問されている可能性は低い。他の生徒の出入りが多いので、少々怪しい動きをしていても目立たないだろう。すると、先輩を捜そうと動き出した瞬間、密かに気合いを入れたオレの背中を誰かが思いきり叩きやがった。

「勝手な事をするな」

 振り返れば山センと一緒に残っていた稲継先輩が、無慈悲に軽く咽せるオレを見下ろしていた。不安が爆発しそうなオレは、後先考えず突っかかりそうになったが、それを止めたのは稲継先輩の意外な行動だった。

 いきなりオレの手を掴むと、握手するみたいにギュッと握ってきたのだ。パニクって振り払おうとしたが、稲継先輩はオレに手を握らせると、すぐにその場から立ち去った。

 手を開くと破られたノートの切れ端があり、そこに殴り書きされた短い言葉に息が詰まった。

『客は原因を探してる』

 文面を理解する前に紙片を隠すよう握り締める。背後に突然、人の気配を感じたからだ。手をポケットにねじ込み振り返ると、見た事のない男が驚いた顔をして立っていた。

 二十代半ば……いや三十手前ぐらいか、皺のないカッターシャツが目を引く、几帳面そうなその男は、人を値踏みするような不躾な視線を向けてくる。

 このタイミングで出て来る見知らぬ男は、ほぼ間違いなく客の連れだろう。男の立っている位置からオレの手元を覗き見るのは不可能だ。そう言い聞かせ、オレは動揺を隠し、稲継先輩の後を追うように歩き出す。

「ちょっと待ってくれるかな」

 男の横を通り過ぎようとした時、ポケットに手を突っ込んでいる方の腕を掴まれてしまった。咄嗟に体を捻って逃れようとしたが、男の手はまるで緩まらず、柔和な表情とは裏腹に、一切笑っていない目が逃がす気はないと物語っていた。

「別に何もしないよ。今、ポケットに隠した何かを見せてくれなんて言わないよ。ただ、君の名前を教えて欲しいだけだから」

 見せろとは言わないが、必要であれば勝手に見ると言わんばかりに、指は容赦なくオレの腕に食い込んだ。別に咎められるような内容は書かれていないはずだが、上手く頭が回らず、自分が半ばパニックになりかけているのが分かった。

 このメモ書きで、オレのせいで、先輩の状況が更に不利になって、警察に連れて行かれたら……いっそこの場でオレが悪いんだと白状すべきかと頭を過ぎった時、男の手を誰かが掴み上げた。

「生徒にちょっかいかけるの止めて貰えますか、久保さん」

 聞き慣れた担任の声に安堵して顔を上げると、オレは助けられたというのに「うわッ!」と驚愕の声を上げた。

「もう少し顔を冷やして休まれた方がいいですよ。ふふ、今のままですと……僕たちが出て行くまで、ずっとあの調子でしょうし」

 男は罵声が止まない事務室の方へ意味深な視線を向け、掴まれた腕をハンカチで拭いながら去って行った。

「せんせい、だい、じょうぶ……ですか?」

 赤黒く腫れ上がる悲惨な顔をした担任に声をかける。瞼が腫れ上がり片目は殆ど開いておらず、もう片方は頬がパンパンでこちらも視界が悪そうだった。鼻血でも吹き出したのだろう、着ているシャツも血で汚れ、誰が見ても満身創痍だ。

「大丈夫な訳あるか……あーもういい大丈夫だ。それより、夷川、あいつらが帰るまで金城の事で騒ぐな。余計ややこしくなる」

 手当するべきだと助言したが、鬱陶しがられ、逆に忠告をされてしまった。

 先輩の名前が出て、抑えていた不安が溢れ、担任の体調を気にする余裕もなく、質問を浴びせようとしてしまうが、分厚い手のひらでガッと口を押さえ込まれ何一つ声にならなかった。

「金城が予定より早く戻って来た事で、行き違いがあったらしい。先生らが誤解を解くまで、金城には関わるな。分かったか」

 声を潜めて担任にまで同じ事を言われる。納得なんて出来なかったが、近くで見る腫れ上がった担任の顔は凄まじく、反論する気力は湧かず素直に頷いた。

 オレの返事を受け取った担任は、深い溜め息を吐きながら、重い足取りで事務室へと向かって行った。罵声怒声が延々と漏れ聞こえる室内に、その背中が消えると、仲裁どころか一斉射撃を受けているらしく、世にも恐ろしい恫喝の嵐が廊下にまで響き渡った。

 先輩の事だけじゃなく、担任の安否も気になったが、地獄を覗き見る気にもなれず、大人しく風呂に入り食事を取った。

 せめて出来る事だけでもと、弁当を運ぶ役を買って出て、その数を数えてみると、校内にいる教師と生徒数にプラス二個の弁当が用意されていた。客人は二人、事務所で守峰とやりあってる奴と、オレが廊下で会った久保とかいう男だけなのだと確証を得たが、肝心の先輩の居場所は分からず徒労に終わる。

 姿の見えない先輩に弁当を運ぶと、さり気なく申し出たのだが、先輩への接近禁止令は徹底されているらしく、余計な事はするなと危うく野村の木刀の餌食になる所だった。

 夕食後、教師たちが寝静まったら先輩を捜そうと、早々に部屋へ戻り仮眠を取ろうとしたら、小吉さんから冷蔵庫へ来るようお誘いがあった。先輩の捜索の為、少しでも体力を温存したいと思い「疲れたから、止めとく」と断れば、先輩命令だと有無を言わさずオレを部屋から引きずり出した。

「金城先輩のこと、山センと稲っちが色々と調べてくれたらしいぞ」

「本当に! せんぱい、先輩がどこに捕まってるか分かるのか」

「わわわ、おおれもまだ聞いてないんだぞ。でも、山センがニヤニヤしてたから見つけてると思うぞ」

 確かに今日は稲継先輩だけでなく、山センも下山していなかった。ハーレムよりも友だちの心配を優先するなんて意外すぎるが(と言うか、先輩と山センは友だちなんだろうかと疑問にも思ってしまったが)些細な事は無視して、オレはありがたく召集に応じる。

 小吉さんを引っ張って冷蔵庫に駆け込むと、オレの期待を裏切るように予想外の光景が目に飛び込んできた。山セン、稲継先輩、矢野君の三人が囲むテーブルの上には、飲み始めて三時間は経っていそうな量のアルコールの空き缶が所狭しと並んでいる。

 てか、乗りきらず床にもその浸食は広がり、それはこの場にいる奴ら全員が出来上がっている事の証拠でもあった。

「おっし、揃ったな。じゃあ、始めるぞ」

 オレが理不尽と分かっていても抑えられない怒りに身を任せそうになった時、床の空き缶を蹴飛ばしながら立ち上がり、山センが楽しそうな声を上げた。

 カランカランと賑やかな音を立て進み出たのは、普段大きなテレビの影に隠れている壁に掛けられた黒板で、そこに放置されていたのだろう、使いさしの短いチョークを三つほど消費して、山センはデカデカと文字を書き殴った。

『金城キュー出大作戦』

 救出の救の字が分からなかったらしく実に潔く男らしい文字を、バンと勢いよく手で叩き出の字を手形で半分消しながら、山センはそれをたかだかと読み上げた。

「……先輩、捕まってるの?」

 目の前の先輩共の頼もしさよりも、オレは作戦名にある救出という、不吉な言葉に心を奪われてしまう。部屋に入り扉を閉めながら、力なく呟くと「うん」と山センが小吉さんばりの元気な返事を寄越した。

「お前らが乗ってたバスの荷台に乗ってなきゃ、旧館の反省室にいる。校内の他の場所は全部見て回ったからな」

「昼間は久保とかいう刑事がずっと反省室の近くで張ってたから、間違いないだろ」

 山センの後を継いだ稲継先輩の言葉、その重い言葉を無意識に繰り返してしまう。

「なんで警察が……ちょっと早く学校に帰って来ただけじゃん。何が問題なんだよ」

 学校から脱走した訳じゃあないんだ、怪我人が山ほど出た訳でもない……それなのに、どうして警察沙汰になるのか全く分からない。

「そりゃ、ちょっと早く学校に帰って来たのが『金城』だからじゃねーの?」

 オレの疑問をヘラヘラした顔の山センがズバッと解決する。そうだ、きっと山センは正しい。遠足の時に髭が言っていた通り、何があったかなんて問題にはならない。問題なのは……それを誰がしたのか。

「つぅー訳で、今夜ここにいる四人で金城をキュー出すんぞ。ハイッ文句ある奴は挙手ッ!」

 こっちの気も知らず、全力で楽しそうな山センは「文句じゃないけど……しつもん」とおずおず挙手した小吉さんに中身の入った缶を全力投球しやがった。見事に顔面で受け止めた小吉さんは、これまた見事にひっくり返る。

「誰にもの言うとんのじゃ、ボケェ!」

 山センは芝居がかった声で、ノリノリに小吉さんを怒鳴る。泣きながら「ズイマゼン」と謝る小吉さんに、更に追い打ちをかけようとするので、さすがに見ていられなくなり二人の間に割って入った。

「文句じゃなくて質問だって言ってんだろ。なんだよ、そのテンション。酔っぱらってんのか!」

「飲んでたのは昼間だ! 今はシラフ~。コレはアレだ。ヨコー演習だって」

 山センはゲラゲラ笑いながら、泣いている小吉さんの肩をバシバシ叩き「圏ガクに入れられたら最後、死ぬまでここでの上下関係は続くんだからな」と現在進行形で地獄絵図と化している事務室の事情について話し出す。

「客人の親玉の方な、守峰と同期ならしいぞ。んで、谷垣はその後輩なんだとよ。自分は外様だから割って入れねーとか、野村が稲っちの師匠と愚痴ってた」

 守峰の方がだいぶ若く見えるのに、担任は後輩なのか。あの悲惨な顔を思い出し、担任に心の底から同情したが、明日は我が身、オレも同じ場所に所属している訳で、予行演習と言って無茶をやらかす山センの馬鹿笑いを自分の将来の為、今すぐにでも止めてやろうかと思ったが、脱線している時間が惜しい。
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