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圏ガクの夏休み!!
先輩の危機
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何かまずい事が起こっているのは明らかだ。待つと決めても、落ち着けず、無駄に室内をウロウロしていると、廊下から慌ただしい誰かの足音が聞こえ、苛立ちをぶつけるような勢いで扉を開いた。
「夷川!? てめぇ、どこうろついてやがった!」
オレを捜していたらしい稲継先輩は、少し息を切らしながら、部屋に踏み込んでくると容赦なくオレの腕を掴み、行き先も告げず引き摺るように廊下を進み出した。
「一体何がどうしたんだよッ! ちゃんと説明してくれ!」
冷蔵庫に連行されながら、抗議の意味も込めて喚いたが、何も答えてはもらえなかった。そのかわり、冷蔵庫に叩き込まれる前に稲継先輩は「事情なら山センに聞け」とだけ吐き捨て、また廊下を駆けて行く。
転がり込んだ冷蔵庫の中には、なくなっていたオレの荷物とカレンダーがあった。それによく見れば布団が一組多い、きっと先輩が使っていた布団だ。
「小吉さん! 何してんだよ!」
部屋の隅でガサガサやっていた小吉さんの背中を怒鳴りつける。振り返る小吉さんの手元には、キャンプの為に用意したリュックがあり、何故か解体されようとしていた。慌てて止めようと伸ばした手に、もう一つのリュックを押しつけられる。
「夷川、急げ。はははははやく、早くコレをばらすんだ」
「なんでだよ!」
「こここここんなの見つかったら、金城先輩は一発でアアァアアウトなんだぞ。言い訳出来ない。いいいいから、早くしろッ!」
目に涙を溜めて本気で怒鳴る小吉さんの言葉に、オレは無我夢中で荷物を床にぶちまける。先輩、アウト、言い訳出来ない……不吉としか言い様のない単語に突き動かされ、約束をブチ壊すように荷物を崩す。
事情の分からないオレは、小吉さんの指示を受けて、食料を冷蔵庫へと詰め込んだ。
ばらした他の荷物は、矢野君が何度も冷蔵庫を出入りして、どこかに持って行ってしまった。そして、荷物を無事に解体した小吉さんは、残ったカレンダーをビリビリといくつかに破ると、先輩がマジックで書き込んだ部分を迷った末に口に放り込んだ。
モシャモシャとカレンダーを必死で咀嚼し飲み込んだ小吉さんを見て、コレが冗談など一つもなく、そこまでして隠さなければいけない状況なのは十分に分かった。
「小吉さん、先輩はどこにいるの?」
冷たい空気で満ちた部屋の中、堪らない心細さが声を震わせる。夕べ眠るまでは想像もしなかった現状について行けない。オレが眠っている間に何かあったのか? いや、あったんだ。
「分からない……一時間くらい前に、知らない車が来たんだ。そしたら、金城先輩がここに来て、山センと何か話して、どっか行っちゃったんだ」
オレが車庫で見たあの車の事だろう。学校に誰かが来た、それも先輩に関わる人間が。
「おれと矢野は山センに、荷物の片付けと夷川が来たら引き止めておくようにって言われた。山センと稲っちは様子見てくるって言ってた。多分、旧館に行ってる」
旧館に先輩がいる。そう聞くと、オレは考えるより先に体が動いていた。とにかく先輩の無事を確かめたかった。
オレが飛び出すのを分かっていたのだろう、小吉さんは形振り構わず飛びかかって来た。「山センが帰るまで待て」と何度も言う小吉さんを振り払うべく、足蹴にしながら這って扉を目指す。あと数センチという所で、扉は開き、山センたちが揃って戻って来た。
扉の前でもつれていたオレらを見て、山センは視線一つで稲継先輩と矢野君を使う。小吉さんを引き剥がされたオレは脱出ならず、冷蔵庫の中へと放り込まれてしまった。
「夷川、金城からの伝言だ。キャンプは中止、奉仕作業に行け」
山センはそれだけ言うと、ゴロンと自分の寝床であるソファーに寝転んだ。伝言をもらったからと言って「はい分かりました」なんて言えるはずもなく、オレは山センに状況を説明してくれと言い寄った。
「ちょっと見てきたけど、まだ情報不足で状況が全く見えないんだよ。説明っつっても、難しい」
もしかしたら夜通し遊んでいて、今から就寝なのかもしれないが、構っていられず先輩は無事なのか問い詰める。けれど、山センは欠伸で目尻に涙を溜めつつ、逆に問いかけてきた。
「金城が早く帰校したのって、もしかしてお前のせいか?」
早く帰校した事が問題なのか? 山センの言葉にドクッと胸が大きく鳴った。
「オレらは気にしなかったけど……お前も学校に提出しただろ? アイツが帰って来た日は帰校予定日と違ってたのかって話だよ」
カレンダーに印を付けた日よりも早くは帰って来てくれた。本当だったら八月の半ば過ぎに帰ってくる予定だったのに、先輩は七月の末に帰って来た。
「そう、だけど……別に、働いてる先を脱走したとかそういうんじゃないよ! 先輩、帰ってもいいって言われたって言ってた」
先輩から聞いていた事情を話すと、山センは怪訝な顔を見せる。
「そうホイホイと行ったり来たり出来る場所じゃねーんだけどな」
山センはソファーに投げ出していた足を床に下ろし、真面目な表情で続けた。
「オレらは休みだからって自由に遊び回れねーの。お前も身に染みて分かってんだろ。それは外の奴らも一緒って事だよ」
帰省した奴らも奉仕作業をやらされているのかと聞けば「そうだよ」と即答されてしまった。
「親元に帰れる奴らは別だけどな、それ以外の奴らは微々たる金と微々たる自由の為に、外で仕事やらされてるんだよ」
先輩は住み込みで働かせてもらってると言っていたが、その言葉は確かにそのままで、けれどオレが思っていた事情とは違っていた。
学校の外で主にOBならしいが、長期休暇中の生徒を引き受けてくれる人たちがいて、合宿という名目で衣食住を保証してくれるらしい。
もちろんタダではなく、その分をしっかり働いて返すというシステムで、一度は利用した事のある山センの「割に合わない」という言葉からも分かるように、あまり良い環境ではないそうだ。
もちろん、休みの間に生徒が問題を起こせば、引き受けた人間の責任になるので、かなり厳しい人が多いのだとか。生徒が帰りたいと漏らしても、ぶん殴られるなら分かるが、帰ればいいじゃないと勧めてくるような事は考えられない……そう山センは言った。
「まあ、なんにしても、金城の状況が分からないから迂闊に動くな。今日はアイツの言う通りに奉仕作業に言って来い」
先輩の状況が分からないなら、奉仕作業なんて行っている場合ではない。山センたちが眠ったら、小吉さんを撒いて旧館に忍び込もうと考えていたら、どうやら見抜かれてしまったらしく、小吉さんだけでなく矢野君まで奉仕作業に参加する事になってしまった。
「お前の存在は金城にとって不利になる可能性が高いんだ。あの客人が帰るまでは大人しくしてろ」
異議を申し立てようとしたら、先に釘を刺されてしまう。悔しくて呻きつつ「客人って誰なんだよ」と代わりに口にすると、山センは何故かニッコリ笑って、冗談のような口調で答えてくれた。
「警察官、お巡りさんだよ。役職は知らねーけど、目が合っただけで犯人にされそうなおっかないオッサンだ」
不安だけが膨らむ中、奉仕作業に参加するべく旧館へ向かい、矢野君の目を盗んで食堂など覗ける範囲で先輩と問題の客人を捜してみたが、全て空振りに終わった。けれど、ゾロゾロと出て来る残留一年に混ざり、言われた通り、大人しく山を下りるバスに乗ると、それが事実なのだと実感する。
背後から聞こえてくる一年の会話に、口数少なくピリピリとした空気を纏う教師の雰囲気に、校内に入り込んだ異物の気配が滲む。
決定的だったのが、歯抜け共が興奮気味に、客人の相手をしていた担任が殴られていたのを目撃したと騒ぎ出した時。それを耳にした普段温厚な中島が、顔色を変えて怒鳴り散らし、バスの中は益々好奇の気配が濃くなったが誰もが黙り込んだ。
「谷垣先生……大丈夫かな」
そんな中、隣に座る小吉さんだけが、まともな感覚を持っていて、その一言にオレは「きっと、大丈夫だよ」と力なく返事をした。同じ目に遭っているだろう、先輩を思い、何も出来ない自分に腹が立ち、拳で太ももを殴った。
いつも午前中だけで終わる量の仕事が終わらず、食後も作業に従事した。オレも小吉さんも気持ちが別の所にあり、手元が疎かになったせいだ。
けれど、文句言いつつも手伝ってくれた矢野君のおかげで、帰りの時間までに終わらせ、無事に帰校する事が出来た。
「夷川!? てめぇ、どこうろついてやがった!」
オレを捜していたらしい稲継先輩は、少し息を切らしながら、部屋に踏み込んでくると容赦なくオレの腕を掴み、行き先も告げず引き摺るように廊下を進み出した。
「一体何がどうしたんだよッ! ちゃんと説明してくれ!」
冷蔵庫に連行されながら、抗議の意味も込めて喚いたが、何も答えてはもらえなかった。そのかわり、冷蔵庫に叩き込まれる前に稲継先輩は「事情なら山センに聞け」とだけ吐き捨て、また廊下を駆けて行く。
転がり込んだ冷蔵庫の中には、なくなっていたオレの荷物とカレンダーがあった。それによく見れば布団が一組多い、きっと先輩が使っていた布団だ。
「小吉さん! 何してんだよ!」
部屋の隅でガサガサやっていた小吉さんの背中を怒鳴りつける。振り返る小吉さんの手元には、キャンプの為に用意したリュックがあり、何故か解体されようとしていた。慌てて止めようと伸ばした手に、もう一つのリュックを押しつけられる。
「夷川、急げ。はははははやく、早くコレをばらすんだ」
「なんでだよ!」
「こここここんなの見つかったら、金城先輩は一発でアアァアアウトなんだぞ。言い訳出来ない。いいいいから、早くしろッ!」
目に涙を溜めて本気で怒鳴る小吉さんの言葉に、オレは無我夢中で荷物を床にぶちまける。先輩、アウト、言い訳出来ない……不吉としか言い様のない単語に突き動かされ、約束をブチ壊すように荷物を崩す。
事情の分からないオレは、小吉さんの指示を受けて、食料を冷蔵庫へと詰め込んだ。
ばらした他の荷物は、矢野君が何度も冷蔵庫を出入りして、どこかに持って行ってしまった。そして、荷物を無事に解体した小吉さんは、残ったカレンダーをビリビリといくつかに破ると、先輩がマジックで書き込んだ部分を迷った末に口に放り込んだ。
モシャモシャとカレンダーを必死で咀嚼し飲み込んだ小吉さんを見て、コレが冗談など一つもなく、そこまでして隠さなければいけない状況なのは十分に分かった。
「小吉さん、先輩はどこにいるの?」
冷たい空気で満ちた部屋の中、堪らない心細さが声を震わせる。夕べ眠るまでは想像もしなかった現状について行けない。オレが眠っている間に何かあったのか? いや、あったんだ。
「分からない……一時間くらい前に、知らない車が来たんだ。そしたら、金城先輩がここに来て、山センと何か話して、どっか行っちゃったんだ」
オレが車庫で見たあの車の事だろう。学校に誰かが来た、それも先輩に関わる人間が。
「おれと矢野は山センに、荷物の片付けと夷川が来たら引き止めておくようにって言われた。山センと稲っちは様子見てくるって言ってた。多分、旧館に行ってる」
旧館に先輩がいる。そう聞くと、オレは考えるより先に体が動いていた。とにかく先輩の無事を確かめたかった。
オレが飛び出すのを分かっていたのだろう、小吉さんは形振り構わず飛びかかって来た。「山センが帰るまで待て」と何度も言う小吉さんを振り払うべく、足蹴にしながら這って扉を目指す。あと数センチという所で、扉は開き、山センたちが揃って戻って来た。
扉の前でもつれていたオレらを見て、山センは視線一つで稲継先輩と矢野君を使う。小吉さんを引き剥がされたオレは脱出ならず、冷蔵庫の中へと放り込まれてしまった。
「夷川、金城からの伝言だ。キャンプは中止、奉仕作業に行け」
山センはそれだけ言うと、ゴロンと自分の寝床であるソファーに寝転んだ。伝言をもらったからと言って「はい分かりました」なんて言えるはずもなく、オレは山センに状況を説明してくれと言い寄った。
「ちょっと見てきたけど、まだ情報不足で状況が全く見えないんだよ。説明っつっても、難しい」
もしかしたら夜通し遊んでいて、今から就寝なのかもしれないが、構っていられず先輩は無事なのか問い詰める。けれど、山センは欠伸で目尻に涙を溜めつつ、逆に問いかけてきた。
「金城が早く帰校したのって、もしかしてお前のせいか?」
早く帰校した事が問題なのか? 山センの言葉にドクッと胸が大きく鳴った。
「オレらは気にしなかったけど……お前も学校に提出しただろ? アイツが帰って来た日は帰校予定日と違ってたのかって話だよ」
カレンダーに印を付けた日よりも早くは帰って来てくれた。本当だったら八月の半ば過ぎに帰ってくる予定だったのに、先輩は七月の末に帰って来た。
「そう、だけど……別に、働いてる先を脱走したとかそういうんじゃないよ! 先輩、帰ってもいいって言われたって言ってた」
先輩から聞いていた事情を話すと、山センは怪訝な顔を見せる。
「そうホイホイと行ったり来たり出来る場所じゃねーんだけどな」
山センはソファーに投げ出していた足を床に下ろし、真面目な表情で続けた。
「オレらは休みだからって自由に遊び回れねーの。お前も身に染みて分かってんだろ。それは外の奴らも一緒って事だよ」
帰省した奴らも奉仕作業をやらされているのかと聞けば「そうだよ」と即答されてしまった。
「親元に帰れる奴らは別だけどな、それ以外の奴らは微々たる金と微々たる自由の為に、外で仕事やらされてるんだよ」
先輩は住み込みで働かせてもらってると言っていたが、その言葉は確かにそのままで、けれどオレが思っていた事情とは違っていた。
学校の外で主にOBならしいが、長期休暇中の生徒を引き受けてくれる人たちがいて、合宿という名目で衣食住を保証してくれるらしい。
もちろんタダではなく、その分をしっかり働いて返すというシステムで、一度は利用した事のある山センの「割に合わない」という言葉からも分かるように、あまり良い環境ではないそうだ。
もちろん、休みの間に生徒が問題を起こせば、引き受けた人間の責任になるので、かなり厳しい人が多いのだとか。生徒が帰りたいと漏らしても、ぶん殴られるなら分かるが、帰ればいいじゃないと勧めてくるような事は考えられない……そう山センは言った。
「まあ、なんにしても、金城の状況が分からないから迂闊に動くな。今日はアイツの言う通りに奉仕作業に言って来い」
先輩の状況が分からないなら、奉仕作業なんて行っている場合ではない。山センたちが眠ったら、小吉さんを撒いて旧館に忍び込もうと考えていたら、どうやら見抜かれてしまったらしく、小吉さんだけでなく矢野君まで奉仕作業に参加する事になってしまった。
「お前の存在は金城にとって不利になる可能性が高いんだ。あの客人が帰るまでは大人しくしてろ」
異議を申し立てようとしたら、先に釘を刺されてしまう。悔しくて呻きつつ「客人って誰なんだよ」と代わりに口にすると、山センは何故かニッコリ笑って、冗談のような口調で答えてくれた。
「警察官、お巡りさんだよ。役職は知らねーけど、目が合っただけで犯人にされそうなおっかないオッサンだ」
不安だけが膨らむ中、奉仕作業に参加するべく旧館へ向かい、矢野君の目を盗んで食堂など覗ける範囲で先輩と問題の客人を捜してみたが、全て空振りに終わった。けれど、ゾロゾロと出て来る残留一年に混ざり、言われた通り、大人しく山を下りるバスに乗ると、それが事実なのだと実感する。
背後から聞こえてくる一年の会話に、口数少なくピリピリとした空気を纏う教師の雰囲気に、校内に入り込んだ異物の気配が滲む。
決定的だったのが、歯抜け共が興奮気味に、客人の相手をしていた担任が殴られていたのを目撃したと騒ぎ出した時。それを耳にした普段温厚な中島が、顔色を変えて怒鳴り散らし、バスの中は益々好奇の気配が濃くなったが誰もが黙り込んだ。
「谷垣先生……大丈夫かな」
そんな中、隣に座る小吉さんだけが、まともな感覚を持っていて、その一言にオレは「きっと、大丈夫だよ」と力なく返事をした。同じ目に遭っているだろう、先輩を思い、何も出来ない自分に腹が立ち、拳で太ももを殴った。
いつも午前中だけで終わる量の仕事が終わらず、食後も作業に従事した。オレも小吉さんも気持ちが別の所にあり、手元が疎かになったせいだ。
けれど、文句言いつつも手伝ってくれた矢野君のおかげで、帰りの時間までに終わらせ、無事に帰校する事が出来た。
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