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圏ガクの夏休み
三年の交友関係
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他に何かヒントになるような情報はないかと、頭に浮かんだ山センのイメージを先輩の耳に投げ入れてやる……が、あまり役に立たない所か、本人を前に言うべきでない言葉だらけになってしまい、慌てて山センの尊厳を返上出来る唯一のステータスを付け加える。
「番長代理! 番長代理なんだ! あの髭っじゃなくて、真山先輩から、直々に任されたんだよなっ! いやあ、あの番長から一目を置かれるなんて、やっぱりスゥーパァーイケメンにもなると他の二年とは格が違うなぁ」
オレの中にある山センのイメージを言語化している最中、どんどん表情をなくしていった番長代理に見え透いたお世辞を浴びせかける。
「いや、うん……別にシンシンに任されたとか、なんにもないし。『番長代理』って言葉が初耳なんだけども」
また小吉さんにテキトー言われてる! いや、オレが勝手に思い込んでただけか。まあ意味的には間違っていないから問題無いだろう。
残留二年を仕切っているのは稲っちでも矢野君でもなく(もちろん小吉さんでもなく)山センだ。一瞬ポカンとした山センだったが、番長という響きが気に入ったらしく一気にボルテージは上がり、ふんぞり返る勢いで先輩と対峙した。
「シンシンの右腕、いや、シンシンを泣く子も黙る圏ガクの番長に育て上げたのは、何を隠そう、このオレ山本千尋だ!」
髭の交友関係などオレはまるで知らないが、圏ガクの番長の隣に山センが立っている姿は想像すら出来なかった。下半身が無駄に逞しいと過剰すぎる自信から、恐いモノがなくなってしまうのかもしれない。この場に稲っちと矢野君が居合わせたなら、確実に屋上から逆さ吊りにされるだろうからな。
テキトーを言いまくる山センのせいで、また先輩を混乱させてしまったと思ったのだが、意外や意外、その表情はスッキリと晴れやかだ。
「思い出した。もう一人の方の山本だな。随分と見なかったが、刑期が終わって出所して来たのか?」
もう一人『山本』がいるのか。刑期に出所って刑務所か? いや少年院か……てか一体、山セン何をやらかしたんだ。
「仮にぶち込まれなきゃいけねー奴がいるとしたら、オレじゃなく山イチの方だからなッ! オレが姿を消していたのは愛の逃避行で忙しかったせいだ!」
十近い股ぐらと抜き差しやってる人間が言う『逃避行』って壮絶すぎて笑えない。刑務所うんぬんは先輩の誤解らしいが、山センの爛れた課外活動を思えば、それらが本当になってしまう日も遠からず来るのではないだろうか。山センに限らず、圏ガクに放り込まれてる連中は、そういう所でお世話になる可能性が高そうな奴らも多いけどな。
「あぁー金城先輩だ! 谷垣先生、金城先輩だ!」
山本違いをされた事にご立腹の山センが、先輩に文句を垂れまくっている中、玄関口から小吉さんの元気な声が聞こえ、疲れた顔をした担任と一緒に姿を現した。
「おぉ小吉か。お前も残ってたんだなぁ」
駆け寄ってくる小吉さんを見て、先輩は嬉しそうな顔をした。そして、あろう事か、小吉さんの頭を、オレにするみたいに、グリグリ撫で回して親しげに話しかけた。二人の口からオレの名前が何度も出ていたが、何一つ意味を拾い上げる事が出来なかった。もちろん、会話に参加する事も出来ず、情けないかな呆けていると
「金城、帰校はまだ先のはずだろうが……向こうで何かあったのか?」
担任が真面目くさった顔で二人に割って入った。
その場で事情を説明し始めた先輩だったが、担任は「話しは事務室で聞く」と言い、やや強引に先輩を連れて行ってしまった。二人を見送り、ぼんやりを続行していると、小吉さんがオレの肩を指で突っつき
「夷川、金城先輩は先に風呂に入ってから待とう。あのな、今日はな、お前と稲っちの分の弁当もあるんだぞ。図書室の片付け頑張ってるからって霧夜先生がお願いしてくれたんだ」
小声で吉報を伝えてくれる。久し振りの弁当を思うと、期待で腹が鳴き出したが、オレの口から出たのは、自分でも嫌になるくらい平坦な声だった。
「小吉さん……先輩と仲いいんだ」
オレの様子に首を傾げつつも小吉さんは「仲がいいって言うか」と困ったように笑って後ろ頭を掻く。
「おれも一年の時にすごい世話になってたってだけだぞ」
そうなんだ……頷く声が暗い重い。小吉さんに怪訝な顔をさせてしまうくらいオレのテンションは低かった。先輩が当たり前みたいに小吉さんの頭を撫でたのが、自分でも驚く程にショックだったみたいだ。
「あ、あのな、別に、お前みたいに先輩と仲がいいって訳じゃないからな」
オレを元気付ける為で、他意はないと頭では分かっているのに、慌てる小吉さんの声に言い訳めいた響きを感じグッと視線が険しくなってしまう。小吉さんの目には見る見る内に涙が溜まり、オレが自分のやらかしている理不尽に気付く前に決壊する寸前にまでなってしまった。
「ばんちょーパーンチ」
山センの阿呆みたいな声と同時に、横っ面へ強烈な拳がめり込む。声は冗談みたいなノリなのに、本気で殴りに来やがった。両手で二人同時に殴ったらしく「んぎゃっ!」と悲鳴を上げて小吉さんは廊下に転がっている。
「いってぇーだろが! いきなり何すんだよ」
小吉さんを助け起こしながら、無駄とは分かっていても抗議をすると、偉そうに腕組みをしながらオレらを見下ろす山センは、誰の真似をしているのか「後輩の面倒みるんも、番長の仕事や」妙なイントネーションで一蹴し、得意げに笑って見せた。
「てかさ、早くひとっ風呂浴びようぜ。腹減ったー」
このクソ暑い中、オレらの間にすべり込んできた山センは、無理矢理肩を組んで後輩を引きずるようにグングンと歩く。勘違い番長(させたのはオレだが)からは単なる汗臭さとは違った妙に生々しい臭いがして、色々と想像をかき立てられたオレは一刻も早く湯を浴びたくなった。糸を引きそうな変に甘ったるい臭いが、自分に移りそうで嫌だったのだ。
連れて行かれるままに風呂に入り、一日の汗と汚れを洗い落とし食堂へ向かうと、担任との話しは終わったのか、先輩は大きな弁当箱を抱えて運んでいた。カウンターに置かれた弁当箱を見て、オレや稲継先輩の分はあっても、急に帰って来た先輩の分はないのではないかと不安になってしまった。
「大丈夫、矢野の分が一個余分にあるからヘーキなんだぞ」
先輩の分あるのかなと、小声で小吉さんに聞くとそんな答えが返って来た。
「矢野君、いつまで入院してるんだろ……そんなにヤバイ状態だったりするの?」
精力を搾り取られて力尽きたのだと思っていたので、数日安静にしていれば帰って来るだろうと高を括っていたのだが、ここまで長引くと心配にもなる。
「退院は今日のはずだったんだけどなぁ……なんか明日に延びたとか先生言ってたぞ」
小吉さんもオレと同じく心配そうな顔だ。矢野君の入院の原因を作ったであろう山センに視線をやると、オレらの話を聞いていたらしく「ああ、矢野なー」とヘラヘラ笑いながら状況を教えてくれた。
「ベロンヌが矢野の事を気に入ったらしくて、甲斐甲斐しく世話してんだよ。献身的な孫を見て、じいちゃんが入院長引かせてんじゃねーかな」
新種の妖怪のようなネーミングだな。愛称だろうが、どうにも人類外のような独特の雰囲気がある。矢野君の身が危険だ。
「ま、さすがに放置は出来んから、明日には回収してくるって。他の男に入れ上げる振りをしながら、オレの気を惹こうとするベロンヌの健気さを無視するなんて、男のやるこっちゃねぇーしな」
普通はソレを浮気と言う。断じて健気ではないが、そんなふうに思える山センの感性は、寝取りや寝取られといった、一般人における大事すら小事になってしまうようだ。そんな非常識な奴らの下半身事情に巻き込まれている矢野君が不憫でならない。
まあ、多少オレも背中を押しはしたが、基本的には本人の意思で巻き込まれに行ってる訳で、同情の余地はなく自業自得なんだけどな。
「番長代理! 番長代理なんだ! あの髭っじゃなくて、真山先輩から、直々に任されたんだよなっ! いやあ、あの番長から一目を置かれるなんて、やっぱりスゥーパァーイケメンにもなると他の二年とは格が違うなぁ」
オレの中にある山センのイメージを言語化している最中、どんどん表情をなくしていった番長代理に見え透いたお世辞を浴びせかける。
「いや、うん……別にシンシンに任されたとか、なんにもないし。『番長代理』って言葉が初耳なんだけども」
また小吉さんにテキトー言われてる! いや、オレが勝手に思い込んでただけか。まあ意味的には間違っていないから問題無いだろう。
残留二年を仕切っているのは稲っちでも矢野君でもなく(もちろん小吉さんでもなく)山センだ。一瞬ポカンとした山センだったが、番長という響きが気に入ったらしく一気にボルテージは上がり、ふんぞり返る勢いで先輩と対峙した。
「シンシンの右腕、いや、シンシンを泣く子も黙る圏ガクの番長に育て上げたのは、何を隠そう、このオレ山本千尋だ!」
髭の交友関係などオレはまるで知らないが、圏ガクの番長の隣に山センが立っている姿は想像すら出来なかった。下半身が無駄に逞しいと過剰すぎる自信から、恐いモノがなくなってしまうのかもしれない。この場に稲っちと矢野君が居合わせたなら、確実に屋上から逆さ吊りにされるだろうからな。
テキトーを言いまくる山センのせいで、また先輩を混乱させてしまったと思ったのだが、意外や意外、その表情はスッキリと晴れやかだ。
「思い出した。もう一人の方の山本だな。随分と見なかったが、刑期が終わって出所して来たのか?」
もう一人『山本』がいるのか。刑期に出所って刑務所か? いや少年院か……てか一体、山セン何をやらかしたんだ。
「仮にぶち込まれなきゃいけねー奴がいるとしたら、オレじゃなく山イチの方だからなッ! オレが姿を消していたのは愛の逃避行で忙しかったせいだ!」
十近い股ぐらと抜き差しやってる人間が言う『逃避行』って壮絶すぎて笑えない。刑務所うんぬんは先輩の誤解らしいが、山センの爛れた課外活動を思えば、それらが本当になってしまう日も遠からず来るのではないだろうか。山センに限らず、圏ガクに放り込まれてる連中は、そういう所でお世話になる可能性が高そうな奴らも多いけどな。
「あぁー金城先輩だ! 谷垣先生、金城先輩だ!」
山本違いをされた事にご立腹の山センが、先輩に文句を垂れまくっている中、玄関口から小吉さんの元気な声が聞こえ、疲れた顔をした担任と一緒に姿を現した。
「おぉ小吉か。お前も残ってたんだなぁ」
駆け寄ってくる小吉さんを見て、先輩は嬉しそうな顔をした。そして、あろう事か、小吉さんの頭を、オレにするみたいに、グリグリ撫で回して親しげに話しかけた。二人の口からオレの名前が何度も出ていたが、何一つ意味を拾い上げる事が出来なかった。もちろん、会話に参加する事も出来ず、情けないかな呆けていると
「金城、帰校はまだ先のはずだろうが……向こうで何かあったのか?」
担任が真面目くさった顔で二人に割って入った。
その場で事情を説明し始めた先輩だったが、担任は「話しは事務室で聞く」と言い、やや強引に先輩を連れて行ってしまった。二人を見送り、ぼんやりを続行していると、小吉さんがオレの肩を指で突っつき
「夷川、金城先輩は先に風呂に入ってから待とう。あのな、今日はな、お前と稲っちの分の弁当もあるんだぞ。図書室の片付け頑張ってるからって霧夜先生がお願いしてくれたんだ」
小声で吉報を伝えてくれる。久し振りの弁当を思うと、期待で腹が鳴き出したが、オレの口から出たのは、自分でも嫌になるくらい平坦な声だった。
「小吉さん……先輩と仲いいんだ」
オレの様子に首を傾げつつも小吉さんは「仲がいいって言うか」と困ったように笑って後ろ頭を掻く。
「おれも一年の時にすごい世話になってたってだけだぞ」
そうなんだ……頷く声が暗い重い。小吉さんに怪訝な顔をさせてしまうくらいオレのテンションは低かった。先輩が当たり前みたいに小吉さんの頭を撫でたのが、自分でも驚く程にショックだったみたいだ。
「あ、あのな、別に、お前みたいに先輩と仲がいいって訳じゃないからな」
オレを元気付ける為で、他意はないと頭では分かっているのに、慌てる小吉さんの声に言い訳めいた響きを感じグッと視線が険しくなってしまう。小吉さんの目には見る見る内に涙が溜まり、オレが自分のやらかしている理不尽に気付く前に決壊する寸前にまでなってしまった。
「ばんちょーパーンチ」
山センの阿呆みたいな声と同時に、横っ面へ強烈な拳がめり込む。声は冗談みたいなノリなのに、本気で殴りに来やがった。両手で二人同時に殴ったらしく「んぎゃっ!」と悲鳴を上げて小吉さんは廊下に転がっている。
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先輩の分あるのかなと、小声で小吉さんに聞くとそんな答えが返って来た。
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小吉さんもオレと同じく心配そうな顔だ。矢野君の入院の原因を作ったであろう山センに視線をやると、オレらの話を聞いていたらしく「ああ、矢野なー」とヘラヘラ笑いながら状況を教えてくれた。
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新種の妖怪のようなネーミングだな。愛称だろうが、どうにも人類外のような独特の雰囲気がある。矢野君の身が危険だ。
「ま、さすがに放置は出来んから、明日には回収してくるって。他の男に入れ上げる振りをしながら、オレの気を惹こうとするベロンヌの健気さを無視するなんて、男のやるこっちゃねぇーしな」
普通はソレを浮気と言う。断じて健気ではないが、そんなふうに思える山センの感性は、寝取りや寝取られといった、一般人における大事すら小事になってしまうようだ。そんな非常識な奴らの下半身事情に巻き込まれている矢野君が不憫でならない。
まあ、多少オレも背中を押しはしたが、基本的には本人の意思で巻き込まれに行ってる訳で、同情の余地はなく自業自得なんだけどな。
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