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圏ガクの夏休み
帰還
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伝えてしまいたい気持ちが溢れそうになったが、その一歩は踏み出さず、誤魔化すみたいにアイスへ手を伸ばした。
そして、この夏にすっかり馴染んでしまった遠慮のなさを発揮して「いただきます」と声をかけ、ドライアイスでカチンコチンに凍ったアイスに歯を立て、危うく自分で自分の歯をへし折る所だった。
「ん、それで……何があったんだ? 食べながらでいいから話してくれないか」
囓るのは諦め大人しく冷たい甘さを文字通り舌で転がしていると、チラリと布団に視線をやりながら先輩が聞いてきた。
見ているだけで満足してしまいそうになる先輩の柔らかな表情は、心配やある種の覚悟のような真剣なモノへと変わってしまう。真剣な顔も好きだが、今はオレと同じ気持ちでいて欲しくて、適当な言い訳を探す。香月たちの事を馬鹿正直に話してしまうと、少なくとも楽しそうな顔はしてくれなくなるだろうからな。
「別に……大した事じゃないよ」
言い訳を探す時間稼ぎに、そう口にすると
「誰かが俺の使ってた布団で、これだけの血をまき散らしてるのにか?」
少し怒ったような呆れた顔で、先輩は問題のオレの鼻血が染み込んだ布団を摘まみ上げた。そうか! そうだ! 鼻血なんだ。オレの鼻血だと素直にそう言えばいい。
「それオレの鼻血なんだ」
オレがそう口にすると、一気に先輩の顔が辛そうな色に変わった。こんな顔をさせたくなかったんだと改めて思い、香月たちの事は内緒にしておこうと心に決めて続ける。
「由々式に、あ、オレの身内な。由々式に餞別だって貰ったエロマンガ読んでたら鼻血出た」
あからさまに疑いの目を向けてくる先輩。オレは証拠としてスポーツバッグから、無修正のエロマンガを取り出す。
「これ見たら先輩だって鼻血吹くよ。見てみろよ、すっげぇエロいから」
初日にパラパラ見ただけだが、確かにエロかった。先輩にも見せてやろうと、中身を物色し始めて、つい見入ってしまうくらい確かにエロかった。
「エロマンガ神の新作じゃないか。いいもの貰ったなぁ、セイシュン」
アイス咥えながら夢中でエロ本読み出したオレの頭をポンポン撫でながら、先輩は由々式を前にして小吉さんが言っていた妙な単語を口にした。
「エロマンガ神って何? そんな奴がいるの学校に」
オレの素朴な疑問に先輩は丁寧に答えてくれた。由々式がコソコソどころか大大的やり始めた起業について。
エロマンガを描いている奴が文字通りエロマンガ神と呼ばれているらしく、そいつの量産するマンガを流通させているのが由々式なのだとか。
「三年にも信者が多いみたいで、便宜をはかってるのかな? 誰にも作業を邪魔されないように三年の階にそいつらの作業場があるんだよ」
なんかそんな話も聞いた事があったような気もする。
「まあ、こう……自分でやる時に何かあった方がいいだろ? そういうのを調達出来るのって一部の特権階級だけだからなぁ。そこに目を付けたらしくて、かなり荒稼ぎしてるらしいぞ」
夜のオカズ販売で一儲けしている、と。そのせいで、由々式は二年から目を付けられてもいるらしい。まあ三年を取り込んでいる時点で、二年との対立は免れないか。
てか、オレなんにも聞かされてなかったんだが……ちょっと悲しくなったので、次に会ったらこの思いを拳に乗せてぶつけてみよう。
エロマンガを先輩に手渡すと、パラパラと流し見る程度ではなく本気で腰を据えて読み出したのが面白くなくて、オレは慌ててマンガを取り上げる。
「先輩こそ、どうしたんだよ。まだ八月にもなってないのに、学校帰って来るなんてさ。住み込みのバイトはいいのか」
ウトウトしている間に三週間が過ぎ去ったはずもなく、先輩との約束の日はまだ遠い。さっきまで何も考えず、先輩が帰ってきた嬉しさを全開にしていた訳だが、そんな自分がちょっとかっこ悪く思えて、努めて冷静を装い尋ねてみた。
「うん、いいんだ。ちょっと早めに帰らせて貰えるよう、お前とキャンプする約束があるって事情を話したら、最後の夏休みなんだし好きにしたらいいって言ってくれてな。お言葉に甘えて、早めに帰らせて貰ったんだ」
「きゃ、キャンプ、は、まだまだ、その、先じゃんか。こんな早く帰って来ても仕方無いだろ」
せっかく早く帰って来てくれたのに、なんだこの言い草。間違った冷静を装いすぎた、気まずい感じに目を逸らすオレに、先輩はいつもの調子で答えてくれる。
「俺もこんな早く帰る気はなかったんだ。去年も一昨年も同じ所で働かせて貰ってたから、八月も忙しいの知ってたし、最初はセイシュンと約束してた日に帰るのも申し訳ないなって思ってた」
キャンプだけでも先輩に無理させていたんだなと、自分の都合しか考えられないオレは今更思い知った。食べ終えたアイスの棒に染み込んだ甘さを吸い上げるべく、チューチューと棒に吸いつきながらも、胸中は反省が溢れ出す。
先輩が帰って来てくれて嬉しいって気持ちは歯止めなく大きくなるのに、一夏くらい大人しく待っていられない自分が情けなくもあった。キャンプは別に夏休みでなくても行ける。二学期に入ってから行ってもよかったんだ。
「……思ってたけど、好きにしたらいいって言われた時な、お前の顔が頭に浮かんで」
先輩の手が、勝手に一人でしょげている、オレの頭を優しく揺する。途切れた言葉の先が聞きたくて、恐る恐る先輩の方へ視線を向けると、見つけた照れ臭そうな表情に胸の中が熱くなった。
「一日でも早く帰りたい、最後の夏休みをセイシュンと一緒に過ごしたいって思ったんだ。だから、まあ、セイシュンの一人部屋暮らしも今日で終了だ。伸び伸びやってる所、わるいとは思うけどな……あんまり邪険にすんなよ」
荒れ果てた部屋を横目に苦笑する先輩は、照れ隠しなのか、小突くみたいにオレの頭から手を離す。先輩の言葉に頭の芯まで茹で上げられ、ぼんやり勢いに身を任せテントの方へ倒れ込むと、トドメとばかりに図書室で見せた破壊神としての所作を披露してしまった。
「うわっ! セイシュン、大丈夫か!」
しっかり解体してやったテントに埋もれながらも、先輩に飛びついてやれという気持ちを抑えられず、助け起こしてくれた先輩にまたもタックルを決めてしまった。
ガラクタに戻ったテントだったモノを片付け、先輩は「先生に挨拶してくる」と部屋を出て行ってしまう。一緒に行くつもりだったが、荷物の整理もしたいからと、留守番を言い渡されてしまったのだ。
一人ポツンと床で胡座を掻いていると、知らず知らず自分の顔がにやけているのが分かった。抑えようと手のひらでバシッと顔面を覆ってみるが、その酷さを手のひら越しに感じて、堪らず床を転げ回る。
「ヤバイ、稲っちの事、全く笑えない」
先輩がちょっと早めに帰って来てくれただけで、テンション高すぎだろオレ。女神を前にした稲っちの姿を思い出し、あぁはなるまいと心を戒めれば
『一日でも早く帰りたい、最後の夏休みをセイシュンと一緒に過ごしたいって思ったんだ』
先輩の声を思いだし、戒めも虚しく一人床で悶えまくった。
先輩もオレと同じ気持ちで、こうやって学校に戻って来てくれた。顔は異常に火照り、心臓は壊れんばかりにフル稼働している。
「オレと一緒にいたいって……コレ、告白みたいなもんじゃねーの? そうゆうつもりで帰って来たの……かな。先輩もオレの事を好きなのか? いや、好きじゃなくても嫌いじゃねぇよな」
自分が自分でなくなるような思考回路に歯止めをかけるべく、オレは机から紙とペンを取り出し「図書室に行ってくる」と先輩へ伝言を残して部屋を出た。
今のオレは壊れかけている。このまま先輩を一人で悶々と待っていれば、この気色悪い思考が飛躍しすぎて、全裸で待機とかやらかしそうで恐かったのだ。
そんな醜態を晒した日には、何も言わずに先輩は出て行ってしまうに違いない。そんなの考えただけで辛い。
そして、この夏にすっかり馴染んでしまった遠慮のなさを発揮して「いただきます」と声をかけ、ドライアイスでカチンコチンに凍ったアイスに歯を立て、危うく自分で自分の歯をへし折る所だった。
「ん、それで……何があったんだ? 食べながらでいいから話してくれないか」
囓るのは諦め大人しく冷たい甘さを文字通り舌で転がしていると、チラリと布団に視線をやりながら先輩が聞いてきた。
見ているだけで満足してしまいそうになる先輩の柔らかな表情は、心配やある種の覚悟のような真剣なモノへと変わってしまう。真剣な顔も好きだが、今はオレと同じ気持ちでいて欲しくて、適当な言い訳を探す。香月たちの事を馬鹿正直に話してしまうと、少なくとも楽しそうな顔はしてくれなくなるだろうからな。
「別に……大した事じゃないよ」
言い訳を探す時間稼ぎに、そう口にすると
「誰かが俺の使ってた布団で、これだけの血をまき散らしてるのにか?」
少し怒ったような呆れた顔で、先輩は問題のオレの鼻血が染み込んだ布団を摘まみ上げた。そうか! そうだ! 鼻血なんだ。オレの鼻血だと素直にそう言えばいい。
「それオレの鼻血なんだ」
オレがそう口にすると、一気に先輩の顔が辛そうな色に変わった。こんな顔をさせたくなかったんだと改めて思い、香月たちの事は内緒にしておこうと心に決めて続ける。
「由々式に、あ、オレの身内な。由々式に餞別だって貰ったエロマンガ読んでたら鼻血出た」
あからさまに疑いの目を向けてくる先輩。オレは証拠としてスポーツバッグから、無修正のエロマンガを取り出す。
「これ見たら先輩だって鼻血吹くよ。見てみろよ、すっげぇエロいから」
初日にパラパラ見ただけだが、確かにエロかった。先輩にも見せてやろうと、中身を物色し始めて、つい見入ってしまうくらい確かにエロかった。
「エロマンガ神の新作じゃないか。いいもの貰ったなぁ、セイシュン」
アイス咥えながら夢中でエロ本読み出したオレの頭をポンポン撫でながら、先輩は由々式を前にして小吉さんが言っていた妙な単語を口にした。
「エロマンガ神って何? そんな奴がいるの学校に」
オレの素朴な疑問に先輩は丁寧に答えてくれた。由々式がコソコソどころか大大的やり始めた起業について。
エロマンガを描いている奴が文字通りエロマンガ神と呼ばれているらしく、そいつの量産するマンガを流通させているのが由々式なのだとか。
「三年にも信者が多いみたいで、便宜をはかってるのかな? 誰にも作業を邪魔されないように三年の階にそいつらの作業場があるんだよ」
なんかそんな話も聞いた事があったような気もする。
「まあ、こう……自分でやる時に何かあった方がいいだろ? そういうのを調達出来るのって一部の特権階級だけだからなぁ。そこに目を付けたらしくて、かなり荒稼ぎしてるらしいぞ」
夜のオカズ販売で一儲けしている、と。そのせいで、由々式は二年から目を付けられてもいるらしい。まあ三年を取り込んでいる時点で、二年との対立は免れないか。
てか、オレなんにも聞かされてなかったんだが……ちょっと悲しくなったので、次に会ったらこの思いを拳に乗せてぶつけてみよう。
エロマンガを先輩に手渡すと、パラパラと流し見る程度ではなく本気で腰を据えて読み出したのが面白くなくて、オレは慌ててマンガを取り上げる。
「先輩こそ、どうしたんだよ。まだ八月にもなってないのに、学校帰って来るなんてさ。住み込みのバイトはいいのか」
ウトウトしている間に三週間が過ぎ去ったはずもなく、先輩との約束の日はまだ遠い。さっきまで何も考えず、先輩が帰ってきた嬉しさを全開にしていた訳だが、そんな自分がちょっとかっこ悪く思えて、努めて冷静を装い尋ねてみた。
「うん、いいんだ。ちょっと早めに帰らせて貰えるよう、お前とキャンプする約束があるって事情を話したら、最後の夏休みなんだし好きにしたらいいって言ってくれてな。お言葉に甘えて、早めに帰らせて貰ったんだ」
「きゃ、キャンプ、は、まだまだ、その、先じゃんか。こんな早く帰って来ても仕方無いだろ」
せっかく早く帰って来てくれたのに、なんだこの言い草。間違った冷静を装いすぎた、気まずい感じに目を逸らすオレに、先輩はいつもの調子で答えてくれる。
「俺もこんな早く帰る気はなかったんだ。去年も一昨年も同じ所で働かせて貰ってたから、八月も忙しいの知ってたし、最初はセイシュンと約束してた日に帰るのも申し訳ないなって思ってた」
キャンプだけでも先輩に無理させていたんだなと、自分の都合しか考えられないオレは今更思い知った。食べ終えたアイスの棒に染み込んだ甘さを吸い上げるべく、チューチューと棒に吸いつきながらも、胸中は反省が溢れ出す。
先輩が帰って来てくれて嬉しいって気持ちは歯止めなく大きくなるのに、一夏くらい大人しく待っていられない自分が情けなくもあった。キャンプは別に夏休みでなくても行ける。二学期に入ってから行ってもよかったんだ。
「……思ってたけど、好きにしたらいいって言われた時な、お前の顔が頭に浮かんで」
先輩の手が、勝手に一人でしょげている、オレの頭を優しく揺する。途切れた言葉の先が聞きたくて、恐る恐る先輩の方へ視線を向けると、見つけた照れ臭そうな表情に胸の中が熱くなった。
「一日でも早く帰りたい、最後の夏休みをセイシュンと一緒に過ごしたいって思ったんだ。だから、まあ、セイシュンの一人部屋暮らしも今日で終了だ。伸び伸びやってる所、わるいとは思うけどな……あんまり邪険にすんなよ」
荒れ果てた部屋を横目に苦笑する先輩は、照れ隠しなのか、小突くみたいにオレの頭から手を離す。先輩の言葉に頭の芯まで茹で上げられ、ぼんやり勢いに身を任せテントの方へ倒れ込むと、トドメとばかりに図書室で見せた破壊神としての所作を披露してしまった。
「うわっ! セイシュン、大丈夫か!」
しっかり解体してやったテントに埋もれながらも、先輩に飛びついてやれという気持ちを抑えられず、助け起こしてくれた先輩にまたもタックルを決めてしまった。
ガラクタに戻ったテントだったモノを片付け、先輩は「先生に挨拶してくる」と部屋を出て行ってしまう。一緒に行くつもりだったが、荷物の整理もしたいからと、留守番を言い渡されてしまったのだ。
一人ポツンと床で胡座を掻いていると、知らず知らず自分の顔がにやけているのが分かった。抑えようと手のひらでバシッと顔面を覆ってみるが、その酷さを手のひら越しに感じて、堪らず床を転げ回る。
「ヤバイ、稲っちの事、全く笑えない」
先輩がちょっと早めに帰って来てくれただけで、テンション高すぎだろオレ。女神を前にした稲っちの姿を思い出し、あぁはなるまいと心を戒めれば
『一日でも早く帰りたい、最後の夏休みをセイシュンと一緒に過ごしたいって思ったんだ』
先輩の声を思いだし、戒めも虚しく一人床で悶えまくった。
先輩もオレと同じ気持ちで、こうやって学校に戻って来てくれた。顔は異常に火照り、心臓は壊れんばかりにフル稼働している。
「オレと一緒にいたいって……コレ、告白みたいなもんじゃねーの? そうゆうつもりで帰って来たの……かな。先輩もオレの事を好きなのか? いや、好きじゃなくても嫌いじゃねぇよな」
自分が自分でなくなるような思考回路に歯止めをかけるべく、オレは机から紙とペンを取り出し「図書室に行ってくる」と先輩へ伝言を残して部屋を出た。
今のオレは壊れかけている。このまま先輩を一人で悶々と待っていれば、この気色悪い思考が飛躍しすぎて、全裸で待機とかやらかしそうで恐かったのだ。
そんな醜態を晒した日には、何も言わずに先輩は出て行ってしまうに違いない。そんなの考えただけで辛い。
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