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蜜月
おせち対決
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おせちの説明書に載っていた完成図、それを更に派手にした物が重箱の中にあった。和洋折衷と言うには、洋風が勝ちすぎている中身は、食堂のおせち同様に名前も分からない品も多いが美味しそうな料理ばかりで、腹の減り具合さえバグる。
「これ、食べていいの?」
色々と規格外の状況なので、素直に尋ねてみると、待ってましたとばかりに山センが芝居がかった大袈裟な溜め息を吐いた。
「芸の一つでも披露したら食ってもいいって言おうと思ってたけどな、嬉しそうに残飯抱えてやって来た姿があまりに惨めったらしくて笑えたから、ただで食っていいぞ」
本当だったら、山センの物言いに苛つくところだが、大事なものが見当たらないのに気が付いた。
「あれ、先輩どこ行った?」
「部屋に帰ったよ」
置いて行かれたオレが面白いのか、山センは嬉しそうに答えやがった。山センとのやり取りに嫌気が差したのかもしれない。豪華な食い物には心惹かれるが、先輩を追いかけないという選択肢はなかった。オレも部屋を出ようとすると、山センは愉快そうに嗤いながらドキッとするような言葉を吐いた。
「お前、大丈夫か? もうすぐ金城いなくなるのに」
思わず振り返り「来月には卒業だろ」とニヤニヤした心底腹の立つ顔を視界に入れてしまう。
「別に……」
大丈夫だし、そう続けようとした時、廊下から誰かが扉を開けた。
「ストーブ持って来たぞ……ん、セイシュン、どうした?」
ストーブを抱えた先輩が怪訝な顔をする。
「なんで、泣きそうな顔してるんだ?」
頭が理解するより先に、カッと顔が熱くなった。
「泣く訳ないだろ! なんでストーブ持って来たの? この部屋、エアコンあるから必要ないじゃん」
恥ずかしさが込み上げてきて、誤魔化すように勢いよく喋る。
「山本がテレビ消したいならストーブ持って来いって言い出したんだよ」
えへへと人を小馬鹿にする声を上げながら、山センは早速ストーブを点け出した。
「僕、冬場のエアコンは苦手なんだよねー。なんかぁ頭がもわ~っとすんじゃん、手足は寒いのにさ。アレマジで駄目なの」
エアコンがフル稼働している夏場だけでなく、冬場も冷蔵庫と変わりない室温を保っているのはそのせいか。オレも生ぬるい空気は好きじゃあないが、真冬の寒さを我慢する事を思えば些細な事だ。
二年は当たり前みたいにエアコンは付けないから、故障でもしているのかと思っていたが、単なる山センのワガママだったらしい。
そのせいで、冷蔵庫に来ると必ずコタツの席取り合戦になってしまう。足を突っ込める場所は四つ、オレと先輩が来ると数が足りなくなるからな。
「んじゃあ、全員揃ったし、そろそろ始めるか」
ストーブを点けて戻ってきた山センは、オレが中途半端に出した重箱をコタツに置くと、パンと景気良く手を叩いた。
「ん、一人足らなくないか? 稲継が見当たらないぞ」
先輩が稲っちの不在を指摘したが、オレを含め誰も同意せず、先輩も先輩で「まあいいか」とそれ以上は口にしなかった。
オレは内心ホッとする。山センが呼び戻せとか面倒な事を言い出さなくてよかった。
冷蔵庫から箱を次々と持ち出し、机に無造作に置いていくと、感動を通り越して呆れるような光景が広がる。
どこの王様がいらっしゃるのかと皮肉の一つも言いたくなるような過剰に豪華な料理。冷蔵庫の奥に冷やされていたビールをはじめアルコールの数々。見てるだけで腹が膨れそうなご馳走を前に、山セン以外の四人は思わず顔を見合わせた。
「なんだよ、お前ら。食わないのか?」
そして、それを当たり前のように食い始める山セン。
「『いただきます』くらい言えよ。いや、一人めでたい格好してんだから、一言くらい挨拶とかねぇの?」
なんとなく言ってしまったのだが「え、先にした方がいい?」と、山センが懐から分厚い紙束を取り出したのを見て、行儀良く手を合わせ、飾りのいっぱいついた割り箸? いや、割る必要はないのか、使い捨ての箸に手を伸ばして黙って口を動かした。
同じおせちでも、こんなに違うのかという程、山センのおせちは見た目だけでなく味までド派手だった。
全力で金の匂いのする料理は当たり前のように美味しいのだが、三日三晩こんな食生活を続けていたら、草の入った粥だけ食ってバランスを取る日を作らないと体調を戻せないだろうなと、納得するような重さで、腹のバグはすぐにおさまった。
「金城先輩も一杯どうぞ」
常備してある缶のお茶をすすって口の中をリセットしていると、隣では先輩が矢野君にビールを勧められていた。
「いや、俺は遠慮しておく……もちろん、セイシュンもだぞ」
飲んでないとお茶缶を見せてアピールすると、何故か頭を撫でられた。もう二度と夏のような悲劇は生み出したくないのだ。好き好んで苦い炭酸を飲もうとは思わないしな。
「金城先輩! ストーブ借りてもいいですか!」
夢中でおせちを口いっぱいに頬張っていた小吉さんが、何かを思い出したように立ち上がった。
「これ、食べていいの?」
色々と規格外の状況なので、素直に尋ねてみると、待ってましたとばかりに山センが芝居がかった大袈裟な溜め息を吐いた。
「芸の一つでも披露したら食ってもいいって言おうと思ってたけどな、嬉しそうに残飯抱えてやって来た姿があまりに惨めったらしくて笑えたから、ただで食っていいぞ」
本当だったら、山センの物言いに苛つくところだが、大事なものが見当たらないのに気が付いた。
「あれ、先輩どこ行った?」
「部屋に帰ったよ」
置いて行かれたオレが面白いのか、山センは嬉しそうに答えやがった。山センとのやり取りに嫌気が差したのかもしれない。豪華な食い物には心惹かれるが、先輩を追いかけないという選択肢はなかった。オレも部屋を出ようとすると、山センは愉快そうに嗤いながらドキッとするような言葉を吐いた。
「お前、大丈夫か? もうすぐ金城いなくなるのに」
思わず振り返り「来月には卒業だろ」とニヤニヤした心底腹の立つ顔を視界に入れてしまう。
「別に……」
大丈夫だし、そう続けようとした時、廊下から誰かが扉を開けた。
「ストーブ持って来たぞ……ん、セイシュン、どうした?」
ストーブを抱えた先輩が怪訝な顔をする。
「なんで、泣きそうな顔してるんだ?」
頭が理解するより先に、カッと顔が熱くなった。
「泣く訳ないだろ! なんでストーブ持って来たの? この部屋、エアコンあるから必要ないじゃん」
恥ずかしさが込み上げてきて、誤魔化すように勢いよく喋る。
「山本がテレビ消したいならストーブ持って来いって言い出したんだよ」
えへへと人を小馬鹿にする声を上げながら、山センは早速ストーブを点け出した。
「僕、冬場のエアコンは苦手なんだよねー。なんかぁ頭がもわ~っとすんじゃん、手足は寒いのにさ。アレマジで駄目なの」
エアコンがフル稼働している夏場だけでなく、冬場も冷蔵庫と変わりない室温を保っているのはそのせいか。オレも生ぬるい空気は好きじゃあないが、真冬の寒さを我慢する事を思えば些細な事だ。
二年は当たり前みたいにエアコンは付けないから、故障でもしているのかと思っていたが、単なる山センのワガママだったらしい。
そのせいで、冷蔵庫に来ると必ずコタツの席取り合戦になってしまう。足を突っ込める場所は四つ、オレと先輩が来ると数が足りなくなるからな。
「んじゃあ、全員揃ったし、そろそろ始めるか」
ストーブを点けて戻ってきた山センは、オレが中途半端に出した重箱をコタツに置くと、パンと景気良く手を叩いた。
「ん、一人足らなくないか? 稲継が見当たらないぞ」
先輩が稲っちの不在を指摘したが、オレを含め誰も同意せず、先輩も先輩で「まあいいか」とそれ以上は口にしなかった。
オレは内心ホッとする。山センが呼び戻せとか面倒な事を言い出さなくてよかった。
冷蔵庫から箱を次々と持ち出し、机に無造作に置いていくと、感動を通り越して呆れるような光景が広がる。
どこの王様がいらっしゃるのかと皮肉の一つも言いたくなるような過剰に豪華な料理。冷蔵庫の奥に冷やされていたビールをはじめアルコールの数々。見てるだけで腹が膨れそうなご馳走を前に、山セン以外の四人は思わず顔を見合わせた。
「なんだよ、お前ら。食わないのか?」
そして、それを当たり前のように食い始める山セン。
「『いただきます』くらい言えよ。いや、一人めでたい格好してんだから、一言くらい挨拶とかねぇの?」
なんとなく言ってしまったのだが「え、先にした方がいい?」と、山センが懐から分厚い紙束を取り出したのを見て、行儀良く手を合わせ、飾りのいっぱいついた割り箸? いや、割る必要はないのか、使い捨ての箸に手を伸ばして黙って口を動かした。
同じおせちでも、こんなに違うのかという程、山センのおせちは見た目だけでなく味までド派手だった。
全力で金の匂いのする料理は当たり前のように美味しいのだが、三日三晩こんな食生活を続けていたら、草の入った粥だけ食ってバランスを取る日を作らないと体調を戻せないだろうなと、納得するような重さで、腹のバグはすぐにおさまった。
「金城先輩も一杯どうぞ」
常備してある缶のお茶をすすって口の中をリセットしていると、隣では先輩が矢野君にビールを勧められていた。
「いや、俺は遠慮しておく……もちろん、セイシュンもだぞ」
飲んでないとお茶缶を見せてアピールすると、何故か頭を撫でられた。もう二度と夏のような悲劇は生み出したくないのだ。好き好んで苦い炭酸を飲もうとは思わないしな。
「金城先輩! ストーブ借りてもいいですか!」
夢中でおせちを口いっぱいに頬張っていた小吉さんが、何かを思い出したように立ち上がった。
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